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TikTokで大人気の画家デヴォン・ロドリゲスが、本格的にアート界進出へ

ニューヨークの地下鉄で向かいに座る乗客のポートレートを描き、それを本人に渡したときの反応を撮影したTikTok(ティックトック)動画で一躍有名になったデヴォン・ロドリゲス。彼は大手エージェンシーのUTAと組み、アート界に打って出ようとしている。

ニューヨーク地下鉄の車内で乗客のポートレートを描くデヴォン・ロドリゲス。Photo: Courtesy Devon Rodriguez

TikTokのフォロワー急増でエージェンシーと契約

デヴォン・ロドリゲスが、スケッチをする自分の手を映した動画を初めてTikTok(ティックトック)に投稿したのは2020年のことだった。ニューヨークの地下鉄で向かいに座る乗客のリアルなポートレートを描く手と、それを本人に渡したときの反応を撮影したこの動画は、再生回数500万回を記録。その日、ロドリゲスのフォロワーは1000人から10万人に膨れ上がった。さらに、翌日投稿した2本目の動画の再生回数は2100万回に達し、さらに20万人の新しいフォロワーを獲得した。

2本目の動画を投稿したその日、ロドリゲスは、当時ニューヨークのサウスブロンクスのアパートで同居していた祖母に「自分の人生が変わりつつあるのを感じる」と話したという。そして実際に、彼の人生は一変した。

わずか1年後、ロドリゲスはハリウッドの4大タレントエージェンシーの1つ、UTA(ユナイテッド・タレント・エージェンシー)と契約。ギャラリーに所属せず担当ディーラーもいないロドリゲスだが、今年9月、マンハッタンのチェルシー地区にあるUTAアーティスト・スペースのポップアップギャラリーで初の個展を開催予定だ。

メディアやエンターテインメント界の大物と数多くの代理人契約を結んでいるUTAの顧客リストには、俳優のハリソン・フォードやクリス・プラット、ニュースキャスターのアンダーソン・クーパーらが名を連ねる。そのUTAが近年注力しているのは、映画・テレビ以外の分野で活躍する才能の発掘だ。これは競合する大手タレントエージェンシーのクリエイティブ・アーティスツや、世界的なアートフェア、フリーズの主要株主となったエンデヴァーも同様で、新たな分野への進出、より正確には分野の垣根を取り払うようなビジネス開拓に取り組んでいる。

2016年にUTAは、ロサンゼルスギャラリーシーンに参入する足がかりとすべく、ファインアート部門の「UTAアーティスト・スペース」を創設。すぐに展示スペースを開いて、アイ・ウェイウェイ(艾未未)やフェラーリ・シェパードといったアーティストの展覧会を開催しはじめた。そして2022年には、2軒目となるアーティスト・スペース・ギャラリーをアトランタにオープンした。

UTAは、ロドリゲスのようなアーティストたちのエージェントとしてファインアートの世界に進出すると同時に、ソーシャルメディアが芸術家の才能を育む「正当な」場となり、彼らの才能を開花させるステップにもなりうると考えている。もちろん、名門美術学校の出身で一流ギャラリーに所属するアーティストたちがこれをどう考えるか、あるいはこうした道筋でアーティストが世に出ることをどう評価するかは、別の問題だ。

TikTokだけで3000万人を超えるフォロワーを持つロドリゲスは、リアルの世界でも有名人になった。フォロワー数だけで考えれば、世界で最も知名度の高いアーティストと言える彼は、今や街で呼び止められたり、タクシーの運転手から作品が好きだと言われたりする人気者だ。しかし、トライベッカやチェルシーといったアートの中心地では、彼の存在を知る人は少ない。

Photo: Images courtesy of the artist. Photography by Christian Nguyen

ポッドキャストやYouTubeで学んだ成功ノウハウ

ロドリゲスは8歳のときにグラフィティを描き始めた。ニューヨークのハイスクール・オブ・アート・アンド・デザインを卒業後は、ポートレートの制作を実質的な本業として、1日8時間、週5日描き続けている。ニューヨーク・タイムズ紙のスタイルマガジンによるインタビューでは、絵を描く以外のことはほとんどしていないと話し、「友だちは5人くらいしかいない」という。

ロドリゲスは2019年、ワシントンD.C.のナショナル・ポートレート・ギャラリーによるアウトウィン・ブーチェバー肖像画コンテストの最終選考に残った。応募作品は、友人であり師匠でもある彫刻家のジョン・エーハーンが、手を組み、眉間にしわを寄せた表情で遠くを見ている様子を描いたハイパーリアルな肖像画。2人はその数年前、ロドリゲスがブロンクス・アートスペースで個展を開いたときに知り合い、以来、親交を深めてきたという。

そして2020年、アイビーリーグのような名門校の芸術学部出身でもなく、アート界にコネもない自分には、TikTokが成功への道になるかもしれないと思い立つ。そこで、絵を描いていないときはソーシャルメディアに関するポッドキャストを聴き、自称「TikTokの達人」たちによるユーチューブ動画を見ることに没頭した。そうするうちに、いつかは何百万もの再生回数を達成し、高額のポートレートの依頼につながるだけの実力が自分にはあると確信するようになっていった。

しかし、成功はすぐには舞い込まなかった。初期の動画の再生回数は300回から400回にすぎず、自分でも納得のいかない状態が続いた。

あれこれ研究してみると、再生数の多い動画に共通しているのは一般大衆にアピールする何かがあるということだった。そこで、自分の好きなラッパーのカニエ・ウェスト(Ye)やタイラー・ザ・クリエイターのポートレートを描き始めると再生回数は増えたが、それでも達成したいと思っていた目標にはほど遠い。

それでも諦めなかったロドリゲスは、動画で成功しているユーチューバーやティックトッカーの投稿を見続け、人々を惹きつけるのは何よりもストーリー性があることだと気づいた。それが彼にとって大きな転機になった。「起承転結がうまくできていて、最後まで見たいと思わせるような動機付けがあることが必要」だとロドリゲスは説明する。

Photo: Images courtesy of the artist. Photography by Christian Nguyen

新しいエコシステムとタレントエージェンシー

ロドリゲスは、1コマ1コマ、1秒1秒、きめ細かく映像の流れを練り始めた。動画制作のプロセスを語る彼は、まるで新製品を開発中の技術者のようだ。

「アルゴリズムによって、再生回数が多い動画は上位に表示されるようになり、視聴者は画面をスクロールすれば面白い動画を見ることができます。私が工夫すべきことは、人々をアプリに惹きつけ、自分の動画がエンタテインメントとして成立するようにすることだけでした」

2年の間、ロドリゲスは絵筆を置いて地下鉄での似顔絵スケッチと動画制作に集中し、TikTokとの広告契約によって生活費を稼いだ。現在、彼のフォロワーは3190万人に達し、ジョー・バイデン、ロバート・デ・ニーロ、スティーブ・コーエン(MLBニューヨーク・メッツのオーナー)といった著名人に実際に会って似顔絵を描く機会にも恵まれた。

地下鉄でスケッチをするとき、ロドリゲスは描きたい人物に事前に話しかけるという。「でも、撮影するまで絵は見せないんです。だから、(自分の絵を見た人の)反応は、やらせではありません」。なお、9月の個展で展示される油絵は、事前に撮った写真を参考資料としてスタジオで制作したものになるという。

もちろん、これだけの名声を得ても、ロドリゲスが伝統的なアート界に受け入れられる保証はなく、大手ギャラリーと契約が結べるとは限らない。しかし、そうすることが昔ほど重要だろうか。

プロフェッショナル・アート・アドバイザー協会のアレックス・グラウバー会長は、こう説明する。

「アート作品には内在価値がないため、アーティストの発掘や評価はコンセンサスに依存する。これまでこうしたコンセンサスは、作家とその活動に象徴的な価値を与えることのできる人々、つまり美術館関係者、キュレーター、評論家などによって形成されてきた。しかし、特定のアーティストについて、作品を見る人が従来とは異なる指標で成功を評価するのであれば──たとえばヴェネチア・ビエンナーレへの出展よりもTikTokのフォロワー数を重視するのなら──アートのエコシステムも今までとは違うものになる。それは、伝統的なギャラリーよりタレント・エージェンシーに向いているだろう」

ロドリゲスとUTAとの契約はアートに限ったものではなく、全分野をカバーするものだ。彼は、複数の分野でマルチに活躍できるアーティストの力に対するUTAの信念を体現する存在だとも言える。

Photo: Images courtesy of the artist. Photography by Christian Nguyen

TikTokでの成功はアート界に通用するのか

UTAファインアーツのクリエイティブディレクター、アーサー・ルイスはこう話す。

「私たちは通常、これまでと同じやり方で、才能があり尊敬されるべきアーティストかどうかを評価します。しかしロドリゲスは、そんな慣習をことごとく無用のものにしてきました。彼のように生来の能力を持ちながら自分の仕事に対して謙虚で、正直で、同時にとてつもない才能を持つ人物に出会ったとき、それを無視することはできません」

US版ARTnewsのトップ200コレクターに選ばれたこともあるルイスは、複雑なアートの世界にもロドリゲスを積極的に紹介している。ルイスはロドリゲスと一緒にアート・バーゼルに参加したり、シカゴ、ロサンゼルス、ニューヨークでの展覧会オープニングに出席したりして、彼を大物コレクターにも引き合わせているという。とはいえ、誰と会い、誰が作品を買ったのかについては、二人とも明言を避けた。

「私はアート界にロドリゲスのことを知らせたいし、彼にもこの世界について知ってもらいたい。アート界には特殊な部分がありますから」とルイスは言う。「ロドリゲスにアート界がどんなふうに回っているのかを理解してもらいながら、彼の最も得意とすること、つまりTikTokでファンを楽しませることも続けてほしいと考えています」

チェルシーにあるUTAアーティスト・スペースのポップアップギャラリーでは、9月6日からロドリゲスの個展「Underground」が開催される。展示が予定されているのは、TikTokで彼を人気者にした作品の延長線上にあるもので、ニューヨークの地下鉄に加え、ロンドン、バルセロナ、パリの地下鉄も題材になっている。会場デザインを手がけるのはクリエイティブ・エージェンシーのプレイラボで、ニューヨークの地下鉄をイメージした抽象的な車両やLEDを用いた列車が疾走するようなセッティングになるという。

エンタテインメントのあらゆる分野を1つの大きな傘の下に集めようというUTAの計画がどれだけ成功するか、この展覧会はそのバロメーターとなるだろう。ルイスはその意図についてこう語る。

「UTAアーティスト・スペースは設立当初から、何らかの形で複数の分野をクロスオーバーさせることを目指してきました。さまざまな分野で何かを探求している人たちが、活動を広げるときの1つの魅力的な選択肢としてファインアートに手を伸ばしてもいいということを示す試みなのです」(翻訳:清水玲奈)

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