反逆者としての自分を解き放て!テートで開催された子ども向けワークショップ【エンパワーするアート Vol.4】

これまでとは異なる物事の見方を教えてくれるアートの力を借り、社会をより良い方向に進めようとする取り組みが生まれている。ロンドン在住の清水玲奈が伝える連載「エンパワーするアート」。第四回は、テート・モダン美術館で開催された子ども向けのワークショップ、「エンパワー・ホリデー・メイク・スタジオ」をレポート。

Photo: Reina Shimizu

ロンドンのテート・モダンでは、子どもやファミリー向けのワークショップが頻繁に開かれている。6月には「エンパワー・ホリデー・メイク・スタジオ」と題したワークショップが1週間にわたって開催された。

オーストラリアの先住民出身の活動家兼アーティスト、リチャード・ベルのインスタレーション《Embassy》(2013)の展示にあわせてベル本人が企画したというこのワークショップは、子どもたちに自由にバナー(横断幕)を作ってもらうという内容。テートは「反逆者としての自分を解き放とう!」と呼びかけ、こんなメッセージを掲げた。

「あなたは世界をどんなふうに変えたいですか? 誰を、あるいは何を、助け、救い、愛したいですか? それを私たちに教えてください! 大胆なスローガンと、鮮やかなイメージを作りましょう。切ったり、貼ったり、飾ったりして、大きく、美しく、印象的な作品に仕上げるように工夫しましょう」

ワークショップは、好きな時に参加できるドロップイン方式。入口に立つスタッフの説明は、「どんな内容でもいいので、みんなに広く訴えたいことを考えて、それを伝えるためのバナーを作ってみて」という短い指示のみだ。小中学生を中心とした参加者たちは、どの子もすぐに作業テーブルに散らばり、布のはぎれやシール、紙、テープ、チョークなどを使って思い思いの作品作りに取りかかった。

このワークショップについてベルは「人種や民族、文化が多様な子どもたちを招いたイベントを開きたいと要請しました」と語る。「テートのキュレーターがロンドンの地元コミュニティに働きかけ、普段は美術館に足を運ばないようなアラブ系やアフリカ系も含む多数の家族づれに参加してもらうことができました。できあがった作品は本当に見事で、私も勇気づけられました」

環境保護を象徴する色である緑色の布に、アルファベットのシールで文字を、切ったフェルトの貼り絵をあしらった。大好きなペンギンのかわいらしさを表現し、動物が暮らす環境を守るよう訴える。Photo: Reina Shimizu
縫製工場から寄せられたはぎれを生かして、動物の足跡や毛皮、鳥の羽を思わせるモチーフを散りばめた。中央に「動物たちを守ろう」というスローガンをラメのシールと光るテープで目立つように掲げている。Photo: Reina Shimizu
黒布にチョークで描かれたクジラの絵がポイント。さわやかな海を思わせる青のテープで「海を守ろう」というシンプルな標語をはっきりと打ち出している。Photo: Reina Shimizu
「環境を大切にしよう/すべての女性たちにガールパワーを」と訴えるバナー。ムラ染めの布地を背景に、アルファベットのシールやテープ、チョークを使い、文字の書き方でインパクトのある表現を試みた。Photo: Reina Shimizu

先住民の権利を訴え続けてきたベル

ベルは1953年、オーストラリアのクイーンズランド州シャーレビル生まれ。先住民コミュニティのメンバーであり、アボリジニの活動家兼アーティストとして現在はブリスベンを拠点に制作と発表を続けている。絵画からインスタレーション、パフォーマンス、映像作品までそのアウトプットは多彩だが、常に西洋による植民地支配と先住民の政治における複雑な問題を探求してきた。

代表作である彼のインスタレーション《Embassy》は、1972年に4人の若い活動家によってキャンベラの国会議事堂の敷地内に建てられた「アボリジニ・テント・エンバシー」(アボリジニを代表する大使館としてのテントを基地にしてメッセージを訴えた活動)に着想を得た作品だ。「アボリジニ・テント・エンバシー」は、アボリジニとトレス海峡諸島民の土地所有を妨げる政府の新政策への反対を訴え、オーストラリア全土はもとより国際的にも注目を集めた。その結果、オーストラリア政府も動き出し、先住民の土地の権利や保健、住宅の問題に取り組むことになったのだ。

ベルの《Embassy》は、アートを通じてオーストラリアにおけるアボリジニの権利を求める闘いを継続させる試みであり、「アボリジニ・テント・エンバシー」のいわば巡回版として運営されている。「私たちアボリジニは、植民地の権力構造に今も抑圧されています。《Embassy》は私たちにとっては抵抗の象徴なのです」とベルは作品の意図を語る。

ベルはこの《Embassy》が「さまざまな意味がある作品」であることを強調し、テントという可動性を活かして各地を移動しながら、ゲスト・スピーカーや一般の人たちを招いた公開イベントを通じて「活性化」されるべき作品なのだと説明する。

これまでにジャカルタやニューヨーク、モスクワ、カッセルなど各国の都市で展示され、不正や抑圧を経験したすべてのコミュニティに対する連帯の場として機能してきた《Embassy》。ヨーロッパの侵略と植民地主義の遺産を批判し、社会正義や住民の権利の問題を探求するとともに、来場者もそれぞれの体験談や経験を分かち合うことが奨励される。すべての会話は記録され、国境を越えた活動のアーカイブとなる。テートでの展示でも地元の様々な活動家が集まり、ベルを囲んで情報のシェアやディスカッションを行った。

キャンバス地のテントと周りを囲む抗議メッセージからなるリチャード・ベルの作品《Embassy》。ゲスト・スピーカーを招いたトークセッションなども開催される。Richard Bell, Embassy, 2013-ongoing, © Tate (Jordan Anderson); All rights strictly reserved. Image courtesy of the artist, Tate Modern and Milani Gallery, Meeanjin / Brisbane.

語り合う場としての作品

テートでの展示では《Embassy》に加え、ベルのデジタルスクリーンの作品《Pay the Rent》もタービンホールの一角に展示された。1788年に第一艦隊がオーストラリア大陸に到着し、1901年にオーストラリア政府が連邦化されるまで、イギリス政府がアボリジニに支払うべきだった家賃を計算した数字が表示されるという作品だ。

テートはベルの作品展示に際して「オーストラリア全土の伝統的な土地所有者に敬意を表し、土地、水、コミュニティとの継続的なつながりを認識します。私たちはこれらの土地の長老たちに敬意を表し、アボリジニおよびトレス海峡諸島民の文化的、精神的、教育的慣習の継続を認めます」とするステートメントを出している。

ベル自身も「ディスカッションではありとあらゆるトピックが出てきました。ロンドンでもいろいろな社会運動が活発に行われてきたことを来場者に教えてもらったんです」と語る。

例えば1970年代から、イギリス各地で黒人の権利運動が活発に行われてきたこと。貧困家庭の母親たちの草の根グループが、まだ住宅価格が安かった70年代からの長年の取り組みにより、南ロンドンの貧しい地区に住居を確保する活動を続け、1本の通りの住宅を全て購入するに至ったこと。そうした事例について、当事者から話を聞くことができたとベルは語る。また、バングラデシュ出身の若い女性からは、インドでのファシズム政権によるイスラム教信者迫害の実態を教えてもらったという。「ナチスがユダヤ人を迫害したような政策が行われていたことを知って驚きました」

《Embassy(大使館、外交使節団)》というタイトルには、多様なコミュニティが交流する場にしたいという願いを込めているという。

「地元の幅広いオーディエンスにアウトリーチしたいというのが、アーティスト・活動家としての私の願いです。一般の人たちにスペースを提供し、ストーリーを語ってもらう参加型のアートは、そのための最高の方法なのです」とベルは語る。「特にテート・モダンのような美術館は、人々が汗を流して労働して収めた税金によって成り立っているのですから、そうした人々の意見を表明できる場にする努力はとても大切です」

リチャード・ベル。 1980年代にオーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州でアボリジナル・リーガル・サービスのコミュニティワーカーとして活動したのち、専業のアーティストとなり、1990年にアボリジナル・アート・コレクティブ「キャンプファイヤー・グループ」、2004年に「プロッパ・ナウ」を共同設立した。Richard Bell, 2022. Photo by Rhett Hammerton. Image courtesy of the artist and Milani Gallery, Meeanjin / Brisbane.

子どもたちの声を聞き、エンパワーする

さらに、今回の子ども向けのワークショップにはとりわけ思い入れがあったとベルは語る。子どもたちはニュースを見ているし、イギリスでは学校でも時事問題についての授業を毎週受けている。ベルによれば「だから、言いたいことはたくさんあるのですが、社会で意見を言う場はほとんど与えられていません。子どもたちは大人の話をよく聞いているのに、私たちは子どもたちの言うことをあまり聞いていないのです」。この不公平な状況を打開することが、今回のワークショップの大きな狙いだった。

ベルは常に「できるだけ幅広い人たちに自分のアートを届けたい」という思いで制作し、民族や人種だけではなく、年齢も多様な見学者にアートを届けることを重視している。そこには子どもたちも含まれる。さらに、子どもを対象とすることは、アーティストとして、また活動家として、社会に大きなインパクトをもたらすためにも有効な手段だととらえている。

「私の作品を鑑賞したことを大人は忘れてしまっても、子どもたちはワークショップのことを、そして自分の作品がテートのタービンホールを飾ったことを、一生覚えていてくれるかもしれません」とベルは語る。

テートのワークショップでは活動家としての観点からも力強い作品ができあがったと感じた。子どもたちに積極的な社会参加を促すために、参加型のアートは大きな役割を果たすのだ。「子どもは社会で見過ごされがちな存在で、意見を聞いてもらうチャンスが与えられていない。その意味で、グローバルサウスに属するマイノリティの人たちと同じような立場にあります。だから、子どもたちの声に耳を傾ける努力は大切なのです」と、ベルは子どもたちとの連帯についての思いを語った。

参加者たちは、フェミニズムから気候変動対策まで、自分が主張したい内容に合わせてさまざまなスローガンをあしらったバナーを制作した。UNIQLO Tate Play: Empower Holiday Make Studio at Tate Modern 2023 Photo © Tate (Madeleine Buddo).

テートで1週間にわたって毎日開かれたワークショップでは、色とりどりのパワフルなバナーができ上がった。それらをパッチワーク状にコラージュした大きな共同作品はタービンホールの大空間に展示され、テートのホームページやインスタグラムに写真が掲載されている。

特に環境問題や気候変動についてのメッセージを訴える作品が多く、大人としては身につまされる思いがする。また、人種差別やフェミニズムについての作品からは、学校などでの日々の体験から社会問題への意識を育んでいることがわかり、未来の世代への希望も感じられた。

昨今は先住民アーティストの作品を世界各地の美術館が積極的に展示するようになり、私たちのアートの見方や世界観を広げてくれている。その1人であるリチャード・ベルが語ってくれたように、子どもたちがアートを通して自分を表現するチャンスを広げれば、子どもの自己効力感を育てるだけではなく、大人が子どもの声に耳を傾けるきっかけにもなるだろう。そんな機会がもっと増えたら、本当に社会が変わっていくに違いない。

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