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NBAがバスケットボール選手にアートの資産価値を伝えるプロジェクトを始動! その意義や目的とは?

この7月、NBAの新人選手歓迎パーティで、スペインのアーティスト、ラファ・マカロンの大きな版画が今年のドラフト上位3人に贈呈された。なぜアート作品が贈られたのか、その背景を取材した。

NBAのスター選手、ジェイレン・ブラウン(右)とセット・フリー・リチャードソン(左)。ブルックリンのレッドフックにあるリチャードソンの広告会社、ザ・コンパウンドのオフィスにて。Photo: Courtesy, Set Free Richardson

NBA選手の金融リテラシー向上活動の一部にアートを位置づける

ラスベガスのパームス・カジノ・リゾートで行われた歓迎パーティ「ルーキー・ワン・コート」での贈り物は、ボストン・セルティックスのスター選手、ジェイレン・ブラウンとクリエイティブ・ディレクターのセット・フリー・リチャードソンが始めた新たな取り組みの第一弾だ。リチャードソンは、90年代後半から2000年代初頭にかけて制作されたストリートボール(屋外バスケ)の映像シリーズ、『AND1 Mixtape』(*1)を制作した人物でもある。


*1 スポーツブランドAND1のプロモーションのために制作・無料配布されたVHSビデオとしてスタート。選手たちの独創的なプレイスタイルが人気を呼び、アメリカ各都市を回るツアーの記録としてシリーズ化された。

2人は、プロのバスケットボール選手たちにアートへの関心を促すことで、ただ鑑賞するだけではなく、価値の上昇が期待できる資産としての側面があることを知ってもらおうとしている。リチャードソンはこう語る。

「多くのプロスポーツ選手にとって、アートの世界について知る機会はなかなかありません。子どもの頃から絵を見てきた人はいるかもしれませんが、経済的な観点からアートに関われると教わることは、まずないのです」

新人選手の歓迎パーティを主催したThink450は、NBA選手の労働組合であるナショナル・バスケットボール・プレイヤーズ・アソシエーション(NBPA)傘下のライセンス会社だ。NBA選手の総数にちなむ社名を持つThink450は、組合員の肖像権や知的財産権などを管理するとともに、選手やファンに向けた金融教育に長年取り組んでいる。

Think450の代表であるクェ・ガスキンスはその意義をこう説明する。

「私たちが選手に教えようとしていることの1つは、車のように価値が目減りするものよりも、将来的に価値の上昇が見込める資産を所有することのメリットです」

貧しい地域に生まれ育ち、血の滲むような努力の末にプロになった選手も多い。彼らの中にアートへの関心を呼び起こすことは、金融リテラシーを身につけてもらうための一歩だとガスキンスは言う。

「私たちは、選手たちに知識を持ってほしいと考えています。これまで知らなかった世界に触れ、親しみを持つようになれば、その良さが分かるはず。子や孫の代まで残せる富を築くための機会や方法があるということを、彼らに示そうとしているのです」

スポーツ選手にはアートコレクションの世界に馴染む素地がある

スター選手として活躍するブラウンも、この考え方に深く賛同している。NBPAの副委員長を務める彼は、公正な社会の実現を熱心に訴え続けてきており、ボストンの黒人コミュニティへの支援者としても有名だ。

ブラウンは今年7月、所属チームのボストン・セルティックスと5年間で3億400万ドル(約428億円)というNBA史上最高額で契約を延長。この記録を打ち立てた直後、彼はボストンにおける経済格差の是正に貢献したいと語り、「黒人のウォール街(Black Wall Street)」(*2)を誕生させるためのプロジェクトの立ち上げや、マイノリティが多い地域の高校での科学技術教育推進などに取り組む計画を明かした。


*2 20世紀初頭にオクラホマ州タルサで繁栄した裕福な黒人のコミュニティ。1921年に白人暴徒によって大勢の住人が虐殺された

ブラウンにとって、リチャードソンは理想的なパートナーだ。広告会社のザ・コンパウンドを10年以上前から経営し、高い評価を得てきたリチャードソンは、ブロンクスの旧社屋にあったアートギャラリーを、現在の本拠地であるブルックリンのレッドフックで近々再開しようとしている。また、これまでにケビン・デュラントやマルコム・ブログドンなど、アートの世界に関心を持つNBA選手のアートアドバイザーを務めたこともある。

ラファ・マカロン《Untitled》(2023)

異なる分野のクリエイティビティを組み合わせることで、これまでにない面白いものが生まれると信じるリチャードソンは、広告の仕事と同じアプローチでアドバイザーの仕事に取り組んできた。コレクションという行為はオリジナリティ溢れるプレイと同様、バスケットボール選手のDNAに刻まれていると彼は言う。たとえば、若手アスリートの多くはスポーツのトレーディングカードやコミックを収集しており、ウェアやトロフィーのコレクションにも手を拡げる傾向がある。

また、NBAのスター選手たちが使用したアイテムは、高値で取引される。その一例が、2023年4月にサザビーズが開催した、スポーツグッズに特化したオークションだ。このとき、シカゴ・ブルズのマイケル・ジョーダンが引退前最後のシーズンである1997-98年に使用したサイン入りスニーカーが出品され、スニーカーとしては史上最高額の220万ドル(約3億円)で落札された。

「私たちの世界ではスニーカーをコレクターズアイテムとして捉える文化があるので、アート作品の収集にも、すぐにピンとくるものあるはずです」とガスキンスは言う。また、アートコレクションに対する関心の高まりは、ヒップホップ界の影響も大きいと付け加えた。

「ユニークなコレクターズアイテムとして、そして投資対象としてのアートの力を人々に知らしめるのに、ジェイ・Zが果たした役割は非常に大きいと思います」

大物ラッパーの影響で有名アスリートが続々とコレクターに

ジェイ・Zとビヨンセは、2018年に制作した「エイプシット」のミュージックビデオにルーブル美術館が所蔵する10点以上の有名作品を登場させている。その5年前にもジェイ・Zは、「ピカソ・ベイビー」のミュージックビデオで、パフォーマンス・アーティストのマリーナ・アブラモヴィッチと共演。さらに、2021年のティファニーの広告では、ジェイ・Zとビヨンセが、長らく個人コレクションに入っていて公開される機会のなかったバスキア作品《Equals Pi》(1982)の前でポーズを取った。カリフォルニア州マリブにある約2800平方メートルの敷地に立つ2人の自宅には、充実したアートコレクションが飾られているという。

ほかにも、カニエ・ウェストドレイクなどの大物スターたちが、近年アートを自らの作品に取り入れたり、有名な現代アーティストとコラボレーションをしたりしている。たとえば、ケンドリック・ラマーは、8月に開かれた野外フェス、ロラパルーザなどのステージで、ヘンリー・テイラーによる絵画作品の巨大な複製を背景幕に使っていた。

ピップホップ界のスターの影響で、著名アスリートたちもインスピレーションやアイデンティティ、そしてもちろん投資対象を求めてアートの世界に注目するようになっている。女子テニス元世界ランク1位のセリーナ・ウィリアムズは、フロリダの自宅にKAWSやラドクリフ・ベイリー、タイタス・カファーなど一級のアートコレクションを保有。妹のヴィーナスは最近、メガギャラリーのオーナー、ラリー・ガゴシアンとの交際報道で一躍アート界の寵児になった画家、アンナ・ワヤントの絵のモデルになった。

NBAオールスターゲームに6度出場したアマレ・スタウダマイアーはバスキア作品を収集しており、同じくオールスターゲームに10度選出されたカーメロ・アンソニーもバンクシーやシェパード・フェアリーといった有名アーティストの作品をコレクションしている。

ブラウンも、リチャードソンの導きでアートに対する関心を深め、コレクションを始めた。ルーキー・ワン・パーティで新人選手たちに贈られたラファ・マカロンによる限定版の版画は、リチャードソンの師匠で、最近トライベッカのホワイト・ストリート60番地に新しいギャラリーをオープンさせたアートディーラーのリオ・マルカから購入したものだ。リチャードソンの影響で、ブラウンはアートを単なる投資対象ではなく、自分自身の延長にあるような、パーソナルなものとして捉えるようになったという。

「自分が成長し、成熟するにつれて、アートや文化に対する好みも変わってきたと感じています。こうした知識を新人に伝えれば、彼らも影響力がピークにある時期にこの世界に関われるようになるでしょう。これからは若い人たちの時代です。僕らが贈ったアート作品が新人たちに刺激を与え、その刺激を人生観を広げることにつなげてもらえればと思っています」(翻訳:野澤朋代)

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