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  • 2023.10.03

米中の貿易戦争に巻き込まれたクリスティーズが、アメリカ政府を提訴。政治がアートに与える影響

US版ARTnewsが最近入手した裁判文書によると、大手オークションハウスのクリスティーズが、2020年にアメリカ政府に対する訴訟を起こしていたことが分かった。その背景となっている政治的問題を解説する。

クリスティーズ香港のセールスルーム。Photo: Keith Tsuji/Getty Images for Stephen Silver

米中貿易戦争による関税引き上げは「不当」

クリスティーズの主張は、米中の貿易戦争における関税の引き上げ合戦の中で、輸入品に不法な関税を課されたというものだ。しかし、クリスティーズの訴えは氷山の一角にすぎない。アメリカに拠点を置く数千の企業が同様の訴訟を起こし、中国との貿易コストを引き上げたアメリカ政府への反発を強めている。

未解決のまま3年が経過しようとしているクリスティーズの訴訟は、アート業界が地政学的・経済的な対立に巻き込まれがちであることを如実に示す事例でもある。

同社が提訴を行った当時、中国とアメリカはすでに2年以上にわたって貿易戦争を繰り広げていた。2017年半ばにアメリカ合衆国通商代表部(USTR)は、トランプ大統領(当時)に任命されたロバート・ライトハイザー前USTR代表の指揮の下、1974年の通商法に基づいて中国による「不公正な貿易慣行」の調査を開始した。

2018年3月にUSTRは調査結果を発表。中国政府の貿易慣行は、「不合理あるいは差別的であり、アメリカの通商に対する負担または制限となっている」と報告書で指摘した。アメリカは中国に対して一連の関税を課すことで対抗し、中国も報復措置として新たな関税を導入した。

2020年秋には、多くのアメリカ企業がこうした関税への反発を露わにしはじめた。皮切りとなったのは、同年9月上旬にタイル輸入業者3社がアメリカ国際貿易裁判所(USCIT)に対して起こした共同提訴で、ライトハイザー前USTR代表による調査に詳述されている中国製品の輸入に関し、課税を実施したUSTRの権限範囲への異議を唱えている。

その後、堰を切ったように他の輸入業者もこの動きに続き、数千件の訴訟が起こった。クリスティーズによる訴訟もその一例で、中国からの輸入品に数回にわたって関税が課されたことに異議を申し立てている。US版ARTnewsが確認した文書によると、クリスティーズは訴訟の目的を「アメリカの税関・国境警備局が原告の輸入商品に対して行った関税賦課について争う」としている。同社はまた、他の多くのアメリカ企業と同様、関税の払い戻しを求めている。

消費者に巨額の損害をもたらす関税の報復合戦

中道右派のシンクタンクであるアメリカン・アクション・フォーラムのエコノミストが2023年1月に発表した調査では、2021年の時点でアメリカの消費者は貿易摩擦によって480億ドル(現在の為替レートで約7兆1000億円)の損害を受けており、生産工程で中国からの輸入品を使用している企業にとりわけ大きな負担がのしかかっていると報告されている。バイデン大統領が就任してからも、トランプ前大統領時代に課された関税の撤廃や大幅変更は行われていない。

クリスティーズの訴状で言及されている輸入品が、オークションで取引される美術品や高級品であるのか、そうした美術品の取り扱いや輸送のための資材など同社の業務に関わる品目なのかは不明だ。クリスティーズは、アメリカの政府機関が2つのカテゴリーの輸入品に「報復」のための関税を違法に課したため、不法な関税の支払いを要求された同社は、「悪影響を被り苦境に陥った」としている。なお、この関税支払いの請求は、2018年9月から2019年8月の間に発生している。

2021年11月7日、中国の上海で開催された第4回中国国際輸入博覧会(CIIE)でクリスティーズのブースを訪れた人々。Photo: 新華社/Aflo

訴状はさらに、この関税は「違法で、拘束力がなく、無効」であり、「実質的にも手続き的にも(1974年の)通商法の要件に反する」とし、輸入規制品のリスト第2弾に含まれていた輸入品に関税を課したことで、政府は「その権限を超えた」と主張。第2弾での関税負担の増加は、中国からの「報復」に対するアメリカ政府の「反撃」であり、課税の根拠とされた2018年の調査結果とは「何の関係もない」と申し立てている。

なお、クリスティーズの代理人は、US版ARTnewsからの複数回のコメント要請に応えていない。

クリスティーズは他社の訴訟と同様に、アメリカ政府は中国からの輸入品に追加課税を実施することで、連邦行政手続法(連邦政府の行政機関が規制を発する方法を規定した法律)に違反した、と法廷への提出書類で訴えている。さらに訴状では、「通商法の定める権限を逸脱しているため、法に則るものではない」とし、USTRの調査結果については、「終わりのない貿易戦争に利用できる手段を拡大する根拠とは見なされない」としている。

美術品・高級品市場で増す中国やロシアの存在感

クリスティーズが米中貿易摩擦に巻き込まれていたという意外なニュースを受けて思い起こされるのが、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の余波で、同社をはじめとするオークションハウスが大きな影響を受けたことだ。今年2月には、ウクライナ侵攻によって制裁を受けたロシア人ビジネスマンに関連する記録を提出するよう、アメリカ当局が各オークションハウスに命じている。しかしこれは、制裁を受けたロシア人(多くは大物コレクター)が所有する資産を調査するための国際タスクフォースが2022年に結成されたことを受けての措置だった。当時、クリスティーズ、サザビーズ、フィリップスは調査に応じ、いかなる制裁にも従うと述べている。

美術品部門や美術品を含む高級品全般にとって、近年、中国とロシアは主要な成長市場となっている。今回のクリスティーズによる訴訟は、ロシアへの制裁に関わる状況と同様、これらの国との関係における地政学的な変化が、美術品・高級品分野に深刻な状況をもたらすものであることを明らかにした。

会計監査などのサービスを提供するプライスウォーターハウスクーパースが今年2月に発表した調査結果によれば、中国はすでに世界の高級品市場の20%を占めるまでになっており、2025年には高級品の最大の購入国になるという。一方、アートバーゼルとUBSによる「グローバル・アート・マーケット・リポート2023」では、2022年の中国の売上高シェアは世界のアート市場の17%となり、2021年の20%からやや減少したと報告されている。

関税をめぐるクリスティーズの訴訟は、他の同様の訴訟とともに、米国際貿易裁判所の管轄下にある3人の裁判官で構成される法廷と原告運営委員会が監督を行っている。判決はまだ出ておらず、法廷での抗争は今後も続くと見られている。(翻訳:清水玲奈)

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