アート・バーゼル初日は売れ行き好調。アート関係者に安堵広がる

アート市場の今後を占う指標とされるスイスのアートフェア、アート・バーゼルが今年も開幕した(6月16日まで)。ビッグコレクターが集まるアート・バーゼルのプレビュー初日の結果をリポートする。

アート・バーゼル会場前の広場に展示されたアメリカ人アーティスト、アグネス・ディーンズのインスタレーション《Honouring, Wheatfield - A Confrontation》(2024)の前で自撮りする来場者(2024年6月11日撮影)。Photo: Valentin Flauraud via Getty Images

フェアに訪れて購入する「人間的なペース」が回復

アート・バーゼルVIPプレビュー初日の6月11日、会場のアートディーラーたちからは、市場が明らかに減速している、あるいは「調整局面」にある中で、この日の売れ行きがどうなるか気が気でなかったという声が聞かれた。

ペース・ギャラリーのサマンテ・ルベル社長はUS版ARTnewsの取材ににこう答えた。

「みんな気を揉んでいました。私たちが注意深く見守ってた最近のオークションの結果は悪くありませんでしたが、フェアがどうなるか、確信が持てなかったのです」

アート・バーゼルのCEOであるノア・ホロウィッツも、プレスカンファレンスでアート市場の「調整局面」や業界に漂う警戒感に言及しつつ、VIPプレビュー初日の熱気は「市場は健在で、非常に力強い」ことを示していると強調していた。

ホロウィッツの見立ては大きく外れていなかったようで、プレビュー初日が終わる頃には、最悪の事態を免れただけでなく、この日が成功のうちに終わったと考えるのに十分な数の作品が売れたことが明らかになった。ディーラーたちの話では、例年とは異なり、PDF資料による先行予約販売よりも会場で購入するケースが多かったという。そこから窺えるのは、実際にアート作品を見て、フェアとその雰囲気を楽しみたいという人々の願望だ。

市場の回復力について、おそらく最も直接的でパンチの利いたメッセージを発信したのは、ハウザー&ワースの共同設立者イワン・ワースだろう。彼は声明で次のように述べている。

「今のアートメディアの情報や人々の噂話は、お先真っ暗な『終末ポルノ』ばかりですが、私たちはアート市場の回復力を強く信じています。プレビュー初日はその見方を裏付ける結果となりました。市場がより人間的なペースに戻っていることにはメリットもあります。それは、最も目の肥えた国際的なコレクターたちが、今この場で最高の作品にコミットできるということです」

確かに、彼が言う「より人間的なペース」の市場、つまりお買い得な時期を逃すまいと、多くのコレクターたちがフェアを訪れていた。その1人がメガコレクターのスティーブ・コーエンで、2020年に買収した野球チーム、ニューヨーク・メッツのグッズを身に着けた同伴者とともに会場を回っていた。膨大なコレクションを所有するコーエンだが、彼がアート・バーゼルに姿を見せることは稀だ。

高揚感に包まれていたのはワースだけではない。その日の午後には、デヴィッド・ツヴィルナージョアン・ミッチェルによる2連の絵画《Sunflowers(ひまわり)》(1990-91)を2000万ドル(約31億4000万円)で売ったというニュースが混雑した会場を駆け巡った。ちなみに、US版ARTnewsが確かな筋から得た情報によると、実際の売値は1800万ドル(約28億3000万円)ほどだったという。

ツヴィルナーはUS版ARTnewsに対し、「フェアは非常に好調だと言えるでしょう」と述べ、ブースに並んだ作品を1つ1つ指差しながら「売約済み」という言葉を繰り返した。

「今日この場で売れたというのは本当です。人々は作品を実際に見て体験し、それについて話したいと思っているのでしょう。去年に比べ、今年はブースで売れるケースがずっと多くなっています」

ジョアン・ミッチェル《Sunflowers》(1990-91) Photo: Chase Barnes/Courtesy of David Zwirner

好調の裏で、販売の「鈍化」も

ツヴィルナーによると、世界各地のコレクターの代理として会場に来たアートアドバイザーが、ビデオ通話やメッセージアプリを使って取引を成立させるケースもあるという。

「アート市場は低調だと言われていますが、私たちが順調なら、ほかのギャラリーも同じように良い結果を出すと思います。今回のフェアは、ギャラリーにとって実りあるものになるのではないでしょうか。オークションは低迷しているかもしれませんが、この会場で見る限り市場は好調です」

ツヴィルナーでは、ゲルハルト・リヒターが2016年に制作した《Abstraktes Bild》が600万ドル(約9億4000万円)で売れ、大規模作品が並ぶ「アンリミテッド」セクションに出品した草間彌生の《Aspiring to Pumpkin's Love, the Love in My Heart》(2023)には、500万ドル(約7億8500万円)で買い手がついた。

とはいえ、セカンダリー市場(*1)での値付けは例年より控えめだと感じられた。ガゴシアンのブースでは、昨年5月にサザビーズで210万ドル(約3億3000万円)で落札されたエド・ルシェの絵画《Radio 1(ラジオ1)》が280万ドル(約4億4000万円)で出品され、2017年にサザビーズで550万ドル(約8億6000万円)で落札されたアンディ・ウォーホルの《Hammer & Sickle(鎌と鎚)》(1976)には850万ドル(約13億3000万円)の値が付けられていた。


*1 アート市場における「プライマリー」とは作品が初めて市場に出る時のことで、主にギャラリーやアートフェアでの販売。「セカンダリー」は作品がオークションなどで再び売りに出される時のことを指す。

オンライン・アートプラットフォームのArtsyでギャラリー・フェア部門のバイスプレジデントを務めるアレックス・フォーブスは、コロナ禍前の最後のフェアと比べながらこう語った。

「概観すると、ほとんどのギャラリーは2019年よりも今の方が儲かっています。重要なのは、その年だけを見るのではなく、長期的なトレンドに目を向けることです。S&P500など株式市場の動きに比べて、アート市場は特に不確実性に敏感に反応する傾向があると思います」

6月6日 、欧州中央銀行(ECB)は利下げを決定したが、これは市場参加者が必要としていた安心材料の1つとなるだろうとフォーブスは言う。

「長期的な展望については楽観視していますし、インフレが暴走するのではという不安が最高潮に達した時期からは脱しつつあると思います」

しかし、こうした好調さの反面、フェアでの販売が「鈍化」していると漏らすディーラーも少なくない。彼らによると、取引が成立するまで以前より長い時間がかかり、作品を売るためには「これまでより積極的に」顧客に売り込まなければならなくなっているという。

ニューヨークを拠点とする匿名のアートアドバイザーは、市場の低迷と、彼女が「悲惨」と形容するオークション状況のおかげで、数年前には手の届かなかった優れた作品を検討対象にできるようになったと話す。

「今はギャラリーの方から電話をくれますが、以前なら、毎日何十件もかかってくる問い合わせへの対応に追われる彼らにそんな暇はありませんでした。彼らはアート界では珍しく、口だけでなく行動が伴う人たちですし、以前にも増して精力的に働いています」

このアドバイザーに、プライマリーセールでの価格が高くなりすぎたとの懸念の声が聞かれることについて聞くと、ほかのアドバイザーたちと同様、実際には変わっていないか、むしろ下がっている場合もあるとの答えだった。

また、ハウザー&ワースの社長で共同経営者のマーク・ペイヨはUS版ARTnewsの取材に対し、今年のアート・バーゼルでは売るのに時間がかかるとしながらも、こう答えている。

「私たちはベストを尽くしています。マーケットの動きが少ないときこそ、既存顧客との関係をより密にし、強化するチャンスなのです」

チューリッヒに本社のあるハウザー&ワースにとって、バーゼルはいわばホームグラウンドだ。今回のアート・バーゼルでは、女性アーティストによる作品が多数を占め、有色人種のアーティスト2人の作品を出展するなど、インパクトのあるプレゼンテーションを行っている。

「市場が冷え込み気味のときでも、わが社はいつもうまく乗り越えてきました」とペイヨは自信を見せる。ペースがゆっくりな分、クライアントやアーティストとの「関係構築」に時間をかけることができるからだ。実際、6月11日には2023年のアート・バーゼル初日よりも多くの作品が売れたという。

アルシール・ゴーリキー《Untitled (Gray Drawing (Pastoral))》(1946-1947) Photo: Courtesy of Hauser & Wirth

「ほとんど全ての作品が会場で売れた」

ハウザー&ワースで売れた作品で最も高額なのは、アルシール・ゴーリキーの大作《Untitled (Gray Drawing (Pastoral))》(1946-47)の1600万ドル(25億1000万円)。また、ジェニー・ホルツァーの赤い花崗岩のベンチをアジアの美術館が購入したほか(価格非公開)、ブリンキー・パレルモの《Ohne Titel》(1975)が400万ドル(約6億3000万円)、ルイーズ・ブルジョワの大理石の彫刻《Woman with Packages》(1987-93)が350万ドル(約5億5000万円)で売れた。

バーゼルにできたハウザー&ワースの新しいギャラリースペースでは、デンマークの画家、ヴィルヘルム・ハマスホイの大規模展が開かれているが、これに合わせてフェアに出品されたハマスホイの1906年の作品にも買い手がついた(価格非公開)。また、6月12日には、フィリップ・ガストンの大作《Orders》が1000万ドル(約15億7000万円)で、ジョージア・オキーフが白い月を描いた静謐な風景画《Sky with Moon》が1350万ドルで(約21億2000万円)売れたことが報告されている。ちなみに、後者の価格は2018年にクリスティーズで落札されたときの350万ドル(約5億5000万円)を大きく上回る。

一方、ペース・ギャラリー社長のルベルは、「ほとんど全ての作品が会場で売れた」と述べ、プレビュー初日は「すばらしい」結果だったと評した。

「例年は事前にかなりの買い注文があったのですが、今回は新しい顧客を惹きつけられるように努めました。その結果は上々で、会場ではいい手応えを感じています。フェアにはかなり活気があります」

ペース・ギャラリーのブース入り口で来場者を迎えるのは、《Banc-Salon》と題されたジャン・デュビュッフェの作品だ。床に置かれたベンチとその上から吊り下げられた凧のような部分からなるこの作品は、ギャルリー・ルロンとの共同エディションによる6点のうち、3点が初日の昼過ぎまでに各80万ユーロ(約1億3600万円)で売れている。

ペースでは、アグネス・マーティンの《Untitled #20》(1974)にも買い手がついた。この作品は、最後に売買が行われた2012年のオークションで243万ドル(約3億8000万円)の値が付いている。今回の販売価格は非公開だが、ある情報筋によれば1400万ドル(約22億円)だったという。ちなみに、2021年に行われたオークションでは、類似作品が1700万ドル(約26億7000万円)で落札されている。

また、同ギャラリーが最近取り扱いを始めたアボリジニのアーティスト、エミリー・カーメ・ウングワレーの作品2点が、25万ドル(約3900万円)と22万ドル(約3500万円)で売れた。ウングワレーは、昨年末から今年春にかけて本国のオーストラリア国立美術館(キャンベラ)で回顧展が開催されたほか、2025年の夏にはロンドンのテート・モダンで展覧会が予定されている。

タデウス・ロパックは例年通り、今年もプレセールを行わなかったが、フェアが開幕すると同時に速いペースで作品が次々と売れるなどブースは活気に溢れていた。広報担当者は「まるで昔のようだ」と喜びを隠しきれない様子だった。タデウス・ロパックでは、1985年に制作されたロバート・ラウシェンバーグの大型作品が385万ドル(約6億円)で売れたほか、ゲオルク・バゼリッツのブロンズ彫刻のエディション数点がそれぞれ200万ユーロ(約3億4000万円)で、その他の作品が120万〜180万ユーロ(約2億〜3億円)で販売された。

ホワイト・キューブでは、ジュリー・メレツの1999年の作品が675万ドル(約10億6000万円)、マーク・ブラッドフォードの大型絵画《Clowns Travel Through Wires》(2013)が450万ドル(約7億円)、ジェフ・ウォールの《The Storyteller》(1986)が285万ドル(約4億5000万円)で売れたほか、デイヴィッド・ハモンズトレイシー・エミンガブリエル・オロスコアントニー・ゴームリー、ハワルデナ・ピンデルらの作品にも買い手がついた。一方、この記事を書いている時点では、175万ドル(約2億7000万円)のリチャード・ハントの彫刻と135万ドル(約2億1000万円)のフランク・ボウリングの絵画については、まだ売れたという報告はない。

ジュリー・メレツ《Untitled #2》(1999)。Photo: Theo Christelis/Courtesy of White Cube

誰よりも早く作品を見て買いたいコレクター心理

ベルギーのコレクター、アラン・セルヴェは、事前販売が拡大し、フェアの商業化が進んだことでフェアの重要性は薄れたと語る。

「この世の終わりでもなく、単なる投機熱でもないといったところです。熱気(あるいはニュース性)は低下し、おかげでかつての過熱状態は収まりました。それでも作品は売れています。今では、バーゼルに行く理由の80%はネットワーキングのためです」

これとは異なる見方もある。セルヴェの友人で、マドリード在住のアートアドバイザー兼キュレーター、エヴァ・ルイスは、事前販売のモデルに期待するのは「ノスタルジー」にすぎないと切り捨てた。フェアの開幕直後に来場者が見たり話したりしたことをシェアして盛り上がる様子を見ると、自分もワクワクするという彼女はこう語る。

「コレクターたちは、事前にPDFの作品リストを見ていたとしても、初日に現場に来ることで高揚感を感じているようです。やはり、誰よりも早く作品を見て、そして買いたいという気持ちがあるのです」

近い将来、アート・バーゼル・パリがスイスのアート・バーゼルに取って代わる日が来ると思うかとルイスに尋ねると、一般のアートフェアの影響力が開催地周辺に限定されている中で、バーゼルだけは例外だという答えが返ってきた。一方で、たとえばアメリカ人なら、アート・バーゼル・パリのために秋に再びヨーロッパを訪れたいと思うだろうという見方も示している。

中小のギャラリーがブースを構える上階で人気を集めていたのは、ニューヨークのカナダ・ギャラリーが出展したジョーン・スナイダーの色彩豊かな抽象画で、18万ドル(約2800万円)と19万ドル(約3000万円)で販売・リザーブされていた。80代のスナイダーは近年になってようやく評価されるようになり、オークションに出品された作品が予想を大きく超える価格で落札されている。また、11月には初の個展がタデウス・ロパックで開かれる。カナダ・ギャラリーではまた、ジョー・ブラッドリーの2013年の絵画にも買い手がついた(価格は非公開)。同ギャラリーの共同設立者フィル・グラウアーによると、コレクターは慎重で、検討に時間をかけているという。

「時間はあるので急ぐ必要はありません。でも、コレクターからは購入欲や関心、熱意が感じられます」

(翻訳:野澤朋代、清水玲奈)

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