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アート市場の2022年以降の減速を、オークションの数字で検証。経済環境の変化も逆風に

ロンドンとパリのオークションシーズンが終わり、秋のアート市場最後の試金石となるニューヨークでのイブニングセールに注目が集っている。このところパッとしないオークションの現状を見ていこう。

2023年6月、クリスティーズ・ロンドンで開催されたイブニング・セールでルシアン・フロイト《男の肖像》を手にするスタッフ。Photo: Wiktor Szymanowicz/Future Publishing via Getty Images

活況の2021年から一転、市場は「調整局面」に

ニューヨークの秋のオークションシーズンは、11月7日に行われるクリスティーズの21世紀美術イブニングセールで幕を開ける。このセールには、予想落札価格が1800万〜2500万ドル(現在の為替レートで約27億〜37億円、以下同)にのぼるサイ・トゥオンブリー作品《Untitled (Bacchus 1st Version II)》などが出品される予定だが、オークション市場の状況や、それを取り巻く経済環境は昨年から激変している。

多少なりともアート市場の動きに触れている人は「市場の調整局面」という言葉を耳にしているだろう。特に今春のニューヨークのオークションシーズン以降、頻繁に聞かれるようになったが、5月にサザビーズがコンテンポラリー・イブニングセールにかけられる予定だった5ロットの出品を取りやめたのは象徴的な出来事だったと言える。

春以来、シリコンバレー銀行やクレディ・スイスなど金融機関の経営破綻が相次ぎ、低金利時代の終焉がささやかれると、一部の関係者はアート市場の最高価格帯で調整が起きると予測。また、白熱していた「ウルトラコンテンポラリー」と呼ばれる作品群への需要が明らかに冷え込んでいることを指摘する声もあった。

その頃から、コロナ後のアート市場の回復基調に陰りが見え始めたという声が出始めた。他のオルタナティブ資産(*1)同様、2021年のアート市場はコロナ禍で落ち込んだ反動でおおむね活況で、アートバーゼルとUBSの「グローバル・アート・マーケット・レポート2022」によると、2021年のオークション売り上げは前年比47%増の263億ドル(約3兆9200億円)を記録。一方、2023年版の同レポートでは、2022年のオークション会社の総取引高(オークションとプライベートセールスの合計)は、前年比2%減となっている。


*1 従来の株式や債券とは異なる「代替的(オルタナティブ)」な資産のこと。主なものにヘッジファンド、プライベートエクイティファンド、コモディティ、不動産・REIT、デリバティブなどがある。

オークション業界は、こうした状況への対応を水面下で始めているようだ。この5月、ニューヨークのオークション会社のある幹部はUS版ARTnewsに対し、大手各社がオークション出品の見込める顧客との交渉で「かなり積極的」な姿勢を見せ、価値の高い作品をオークション市場に引き込もうとしていると明かしている。

5月17日にニューヨークで開催されたオークションの様子。Photo: Alexi Rosenfeld/Getty Images

各所に見られる減速を示す兆候

オークション市場は、故人などの大規模コレクションが出品されるかどうかで大きく左右されるため、年ごとの単純な比較は難しい。たとえば2022年には、ハリー・マックローとリンダ・マックロー元夫妻のコレクションが、離婚調停の結果出された法廷命令によってオークションにかけられ、市場に大きなインパクトを与えた。このときの落札総額は9億2220万ドル(約1370億円)で、単独オーナーによるオークションの史上最高額を記録している。

しかしこの記録は、同年11月に故ポール・アレンのコレクションの売却総額が15億ドル(約2240億円)に達したことであっけなく破られた。さらにこの年、クリスティーズでラリー・ガゴシアンが1億9500万ドル(約290億円)で落札したアンディ・ウォーホルの《Shot Sage Blue Marilyn(ショット・セイジ・ブルー・マリリン)》は、オークションで落札された20世紀のアーティストの作品として史上最高額を樹立した。

今秋も、ニューヨークの慈善家として知られた故エミリー・フィッシャー・ランドーの、貴重なピカソ作品を含むコレクションがサザビーズに出品されるなど、大型セールがいくつか予定されている。とはいえ、世界的なオークション市場においては、マックロー元夫妻やポール・アレンのコレクションと比べると小粒であることは否めない。

バンク・オブ・アメリカ・プライベート・バンクのアートサービス部門責任者、ドリュー・ワトソンによると、ニュースになるような高額のオークション結果の裏では、入札者の動向に明らかな変化が起きているという。

「派手な売り上げの裏で、昨年秋のイブニングセール、特にデーセールの結果を見ると、以前に比べて入札がかなり限定的だったことがわかります。販売率はまだ問題ないレベルにありますが、多くの作品が低く設定されたリザーブ価格(*2)で売られていたのです」


*2 リザーブ価格(最低売却価格)とは、ある一定の価格に達しなかったら作品を売らないという取り決め。事前に出品者が設定する。

市場の勢いが落ちている兆候は、ほかにもある。今年のフリーズ・ロンドン開催期間に行われたイブニングセールでは、「中間的な価格帯の販売に安定感があった」前年と比べ、主要オークションハウス3社の売り上げは2割減。出品されたうち実際に売れた作品は8割にとどまった。

6月にロンドンのクリスティーズで行われた20世紀・21世紀美術イブニングセールを前に、印象派・モダンアート部門責任者のキース・ギルは同社の戦略を、「適切な作品を適切な見積り額で提供すること」だと説明していた。それにもかかわらず、ほとんどの作品の落札額は、予想価格帯の下限ぎりぎりか予想を下回るという状況だった。

2022年夏にクリスティーズ・ロンドンで行われた3部構成のイブニングセールでは、有名な《睡蓮》シリーズの1点を含むモネの絵画2点が出品され、記録的な結果とまではいかなかったものの、2億390万ポンド(約370億円)を売り上げた。これに対し、今年ロンドンで行われた同じイブニングセールの売上総額は、6380万ポンド(約95億円)という結果に終わっている。

市場は下落と反発を繰り返す

アート市場がコロナ禍後の特需による活況から本当に「調整」されつつあるのか、現段階ではなんとも言えない。今年アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)は、インフレ抑制のために1980年代以降で最も積極的な利上げを実施した。利上げは超富裕層にはほとんど影響しないと主張する人もいるが、ベンチャーキャピタルやハイテク産業などに壊滅的な影響が及んでいることから、アートコレクターもこうした状況と無縁でいられるはずはない。実際、金利が史上最低を記録した2021年に、アート市場は爆発的な伸びを示している。マクロ経済を無視していたら、美術品に何百万ドルも費やせるほど裕福になれる人はいないだろう。

過去を振り返っても、市場は変動し続け、その変動は時に劇的なものであるというのが現実だ。アートバーゼルUBSの「グローバル・アート・マーケット・レポート2017」によると、2016年のオークション市場規模は2015年から26%下落したものの、翌年は27%跳ね上がった。また、2019年は前年比17%減、2020年は同30%減となったが、2021年には前述のように47%もの大幅上昇を見せ、ほぼ元の規模に戻っている。

アートアドバイザーとして活動している ジョシュ・ベアが、最近ポッドキャスト「BaerFaxt」で指摘したように、市場は暴落と反発を繰り返す。ベアは「参入者もいれば、離脱者もいて、常に新しいグループが市場を支えている。これまでと同じことだ」と語る。確かにアートコレクターにとって本当に重要なのは、結局のところ「自分が収集している作品の相場がどうなっているか」だ。(翻訳:清水玲奈)

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