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メディア・アーティストを支えるテクニカル・ディレクターとは?──イトウユウヤの仕事術【アートなキャリアストーリー#5】

アートにかかわる仕事を深堀りする連載「アートなキャリアストーリー」。第5回は、毛利悠子などのメディア・アーティストたちを技術面で支援するテクニカル・ディレクター、イトウユウヤに、これまでの活動から業界の課題、今後目指す場所などを取材した。

アーティストを技術面で支える

──まず、テクニカル・スタッフ、テクニカル・ディレクターの仕事について教えてください。

テクニカル・スタッフは、メディア・テクノロジーを用いてアーティストの制作や展示をサポートする職業です。アーティストが作品を展示するにあたって、どのような技術的手段が適切かを助言したり、展示期間中に作品に不具合が起こらないよう維持したりメンテナンスすることも重要な仕事の一部です。

美術館などでメディア・アートの作品を展示している期間中に技術的な問題が発生した際には、アーティストに代わって外部のテクニカル・スタッフ等がメンテナンスを行うことが多いんです。NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)や山口情報芸術センター(以下YCAM)など、メディア・アート専門の施設にはテクニカル・スタッフが常駐しており、2022年10月に設立したシビック・クリエイティブ・ベース東京(以下CCBT)も技術的サポートを充実させています。

CCBTは、美術史の文脈に則って作品を所蔵・展示したり保存修復を担う通常の美術館とは異なり、創造性を社会に発信するための活動拠点という位置付けで、ラボ、スタジオ等のスペースを備え、展示以外にもワークショップなどの活動を行っています。以前ここで展示をした明和電機の土佐信道さんからは、「デジタル公民館」と呼ばれていますね。

イトウユウヤがテクニカル・ディレクターを務めるシビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)は、アーティストが制作に集中できるよう、豊富な機材を取り揃えている。またこの実験室では、一般の人へ向けたワークショップなども行われている。

──具体的には、どのようにアーティストの手助けをするのでしょうか?

例えば、何度かお仕事をご一緒させていただいたサウンド・アーティストの細井美裕さんの場合は、サウンド自体は作家自身がメインで制作していますが、それを再生するための専用の音声再生デバイスが必要となった時に、電子工作に詳しいデバイス系のエンジニアに声をかけて、一緒に開発をしています。

分かりやすい例が、私もテクニカル・ディレクターとして関わった細井さんとスズキユウリさんの共作《Crowd Cloud》(2021)です。まずスズキさんと細井さんの間で役割分担が先にあり、スズキさんはビジュアルオブジェクト自体のデザイン、そして細井さんは、そこから発生される音づくりを担当することになっていました。二人の制作が進むなかで、100個近くのホーン型のオブジェクトから細井さんの様々な声が再生されるという非常に壮大な作品へと発展していったんですが、これを実現するためには多数の技術的な課題を乗り越える必要があったんです。そこで、何人もの技術者を集めてまとめるテクニカル面の統括者として、私に声がかかったんです。

そこでデバイスに強い堀尾寛太さんやエンジニアを集めて、彼らと一緒に音を再生する機材を設計し、音の出力に適した形状を考えていきました。最終的には、作家とともに塗装を手がける職人のもとを訪れ、どんな技術的なハードルがあるか等の課題についても調査しました。

細井美裕 & スズキユウリ《Crowd Cloud》(2021) スズキがデザインした専用の音声再生デバイスとともに、細井の声を使ったアートワークを羽田空港に展示した。

──イトウさんは、近畿大学 文芸学部 芸術学科 演劇芸能専攻在学中にカンパニーを立ち上げ、演劇活動を始めていますね。子どもの頃から演劇やアートに興味があったのですか?

両親の趣味もあり、小さい頃からよく演劇や舞台を鑑賞していたので、表現することや鑑賞することに自然と興味をもちました。その後、10代後半になると、いわゆる観劇という行為をこれまでのように楽しめなくなっていきました。たとえ演目は違っても体験としてはあまり差異を感じなくなったんです。 

そんな時期に出合ったのが、松本雄吉さんが主宰する維新派の野外劇や、ダムタイプのパフォーマンス・アートでした。演劇の枠組みを拡張していけば、飽きずにいろんなことができることを知り、メディア・アートの世界に踏み込みました。

以後、様々なパフォーマンスや作品を見るときに、演劇を拡張するにはどういったことが有効なのかを評価する軸が自分の中に生まれていきました。そうした評価軸で物事を見ていると、作品の技術的な問題点を発見した時に「このテクノロジーを使えばこういった舞台ができるかもしれない」というアイデアやインスピレーションが湧いてくるんです。それが今、テクニカル・ディレクターとしての仕事の一番の原動力と言えるかもしれません。

──テクニカル・ディレクターは、常に新しい技術を追求し実現しなければならない職業です。そのためのモチベーションはどのように生まれるのですか?

最大のモチベーションは、作家の目指すビジョンを同じレベルで共有し、それを実現するためにサポートすること。面白い作品を一番最初に見ることができるので、技術や知識を勉強するのは全然苦ではないですね。

アーティストの毛利悠子さんとよく仕事させていただくのですが、毛利さんの現場は、最も鍛えられます。すごく勉強して実験している実感があります。新作の展示に関わることが多いので、2週間ぐらい現場に入って毛利さんが提案する様々なアイデアを試します。その場で一気にインプットして、一気にアウトプットする感じです。

作家の意図を理解し、実験の幅を広げる

──これまでで最も記憶に残っている現場は?

十和田市現代美術館で開催された毛利さんの個展「ただし抵抗はあるものとする」の時は特にハードでした。この個展の数カ月前にも、毛利さんのパレ・ド・トーキョーでの新作発表をサポートしたのですが、その時は設営準備がギリギリで、とにかく大変な現場だったんです。

パレ・ド・トーキョーで展示された毛利悠子《You Locked Me Up in a Grave, You Owe Me at Least the Peace of a Grave》(2018年)

それと同じ作品を十和田市現代美術館でも展示するということになり、私の中ではリベンジマッチだと思って取り組みました。毛利さんから出されるだろう様々な希望やアイデアを可能な限り自分の中でシミュレーションし、パリで感じた課題点などを全て解決する意気込みで現場に入りました。幸い無事にそれらを実現することができたので、とても印象深い仕事になりました。こういった状況では、できる限り事前に作家の意図を十分に理解し、様々な状況を予測する想像力が重要になってきます。

──どういった予測が働くのですか?

例えば、「あるモーターを1分間に5回転させる」という作品の指示があった場合、私たちテクニカルスタッフは「5回転できるもの」を用意するわけですが、現場で作家と実験を重ねていく中で、空間よっては5回転ではマッチしないと判明する事があります。

なので、あらかじめ5回転と決めつけずに、極端に言えば100回転でも可能なモーターまで一応準備しておきます。そうすれば、現場での実験の幅を広げることができますから。もちろん、予測がうまく的中することもあれば、作家の想像力がはるかにこちらの予想を超えてくるケースもあります(笑)。

これからのメディア・アート界へ向けて

──現在のアート業界に、イトウさんのようなテクニカル・スタッフは足りているのでしょうか?

難しい質問ですね。10年ほど前はメディア・アートを学んだ人材自体、今ほど多くなかったと思います。教育機関も岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(現・情報科学芸術大学院大学、以下IAMAS)があるくらいで、当時のYCAMのインターラボのスタッフもほとんどIAMAS出身者でした。

ただ今は、慶應義塾大学や多摩美術大学、東京藝術大学など、様々な教育機関でメディア・テクノロジーとその表現を学ぶことができます。最先端テクノロジーへのアクセスも以前よりも随分とよくなり、身近に体験できるようになりました。そういった流れの中で、私たちのようなテクニカルスタッフも増えてはいるはず。一方、そうした人材がアートの世界で仕事を続けられているかというと、その限りではないというのが自分の印象です。

通常の美術館にはメディア・アートをメンテナンスするスタッフが常駐していないため、展示作品が一度壊れると、そのままになっているというケースもあります。そういった意味では人材不足だと言えるかもしれません。とはいえ、一般の美術館にはメディア・アートを専門にみるテクニカル・スタッフの雇用枠がないため、なんとも歯がゆいところです。

──その歯がゆさが、元YCAMインターラボの岩田拓朗さんとアートマネジメントの山田ちほさんと立ち上げられた「arsaffix Inc.」につながったんですか?

そうですね。施設のニーズや現状の日本の現代アート界の課題に答えることが、arsaffix Inc.のミッションです。arsaffix Inc.は、テクニカル・ディレクターやマネジメント・スタッフのプロフェッショナル集団で、我々3人に加えて、現在10人ほどのエンジニアやテクニカル・スタッフと業務提携しています。テクノロジーと向き合うアーティストが増えていく中で、彼らの想像力を具現化し、芸術作品の魅力を最大限に引き出すサポートができれば嬉しいですね。

──今後さらに挑戦してみたいことはありますか?

3つあります。1つ目は、メディア・アートの現場で学んだことを演劇にも活かしていきたい。コロナ禍が明けてから、演劇カンパニーのチェルフィッチュさんやヌトミックさんと仕事をする機会に恵まれましたが、こういった形で、今まで培ってきたメディア・テクノロジーの技術を演劇に活用していきたいですね。

イトウさんが関わったヌトミックの舞台『波のような人』の制作風景

2つ目は、日本と他のアジア諸国をつなぐメディア・アートのネットワークづくりです。作家や施設、そしてテクニカル・スタッフまでを含めた国際的なネットワークを形成することができれば、国境を越えてアーティストの活動をサポートすることができるからです。アジアの作家はすごく面白い。技術の差は国によって様々ですが、それぞれ身近にある技術を駆使して作品を作っていて、着眼点がユニークで興味深いですね。

また、海外でメディア・アートの展示をするには種々の技術的ハードルがあります。我々スタッフが国際間でネットワークを結んでおけば、アーティスト目線でも海外展開しやすくなるはずです。

3つ目に、メディア・アート界とエンターテインメント界の橋渡しをしたいと考えています。私自身は、それらの間に明確な境界はないと考えていますが、お互いの世界をリスペクトし合っている人々がいる一方で、異なるものとして相容れないと感じている人々もいます。しかし、どちらの世界に属する作品でも良いものは良い。ルーツを辿るとお互いに影響しあっていたりもします。

イトウユウヤがテクニカルディレクションを担当した、MPLUSPLUS「Embodiment++」展の様子。

なので、エンターテインメントを中心に活躍されてる方を、メディア・アートのフィールドでも紹介していきたいんです。今回、CCBTでテクニカルディレクションを担当したMPLUSPLUSの展示はその第一歩です。MPLUSPLUSは、EXILEやAKB48等のLEDを用いたステージ演出や、「アメリカズ・ゴット・タレント」でのパフォーマンス等、ジャンルを横断して活躍しているクリエイティブ・テクノロジスト集団です。今回は、MPLUSPLUSがこれまで開発してきたプロダクトを総合的に紹介するとともに、ロボットによるパフォーマンス作品も展示しています。私自身、この展示ができてすごく嬉しいし、こういった活動は継続してやっていきたいと考えています。

MPLUSPLUS「Embodiment++」
日程:開催中〜11月19日(日)まで
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT) 

Photos: Yuri Manabe

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