アイスランドの先鋭的な芸術祭をリポート! 生態系の破壊による「見えない」脅威に向き合う
アイスランドと聞いて、ビエンナーレや大規模なアートコミッションを連想する人は少ないかもしれない。だが、首都レイキャビクを中心に行われるアートフェスティバル「シークエンセス(Sequences)」の先端的な取り組みは世界的注目に値する。現在開催中の同イベントをリポートする。
アイスランドで2年に1度開催されるアートフェスティバル「シークエンセス(Sequences)」の第11回目が、グローバルに活躍する45人のアーティストを迎えて10月に開幕した。クリング&バング、アイスランディック・アート・センター、リビング・アート・ミュージアムによって2003年に始まったこのフェスティバルは、今や多くの来場者を集め、企画もますます意欲的なものになっている。
今回のフェスティバルでキュレーションを担当したのは、エストニアの首都タリンにあるエストニア現代美術センターの運営に携わっているマリカ・アグ、マリア・アルソー、カーリン・キヴィラク、ステン・オヤヴェーだ。アイスランドで開かれるフェスティバルのキュレーターに、4人のエストニア人を起用するのはなぜかと疑問に思うかもしれないが、これには理由がある。シークエンセスは、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)とアイスランドのつながりに光を当てることを開催目的の1つに掲げているのだ。今回の展示は、説得力を持ってそれを実現している。
「Can't see(見えない)」と題された今年のフェスティバルが取り上げたテーマは、生態系の破壊による脅威の高まりだ。展示は、「土」「地下」「水」「形而上学的領域」という、人間の目で見ることが困難な空間を掘り下げた4つの章で構成され、ノルディック・ハウス、リビング・アート・ミュージアム、ナショナル・ギャラリー・オブ・アイスランド、クリング&バングの4つのアートスペースをメイン会場としている。
各会場では、今回のフェスティバルのために制作されたサイトスペシフィックなインスタレーションと、常設展示作品や外部の美術館から借り受けた作品との間で新旧の対話が生み出されている。歴史ある作品の代表的なものは、アイスランドの国民的画家ヨハネス・スヴェインソン・キャルヴァル(1885-1972)の絵画だ。
キュレーターの1人であるアルソーは、企画意図をこう語る。
「展示作品を選ぶ際には、過去にも視野を広げることが重要だと考えました。この地域の歴史に目を向ける必要性を感じましたし、時代を超えて人々に訴えかける作品を生み出したアーティストを、特定の時代に閉じ込めたくないと思ったのです」
以下、11月26日まで開催されているシークエンセスの展示の中から、必見の5作品を紹介する。
1. ビャルキ・ブラガソン
クリング&バングの2階で展示されている「土」の章のオープニングを飾るのが、ビャルキ・ブラガソン(1974年生まれ)の作品だ。レイキャビクを拠点に活動するブラガソンは、2年前にブレイザメルクルヨークル氷河の中から取り出した3000年前の丸太を、子ども時代に祖父母の家の庭に植えたナナカマドの木の写真と対峙させている。2009年に祖父母が他界した後、その家は売却された。しかし、ブラガソンはその後もたびたびそこを訪れ、庭の植物の様子を記録し、土地の変化を観察し続けた。
古い家を取り壊してアパートを建てる予定の新しい所有者は、解体工事で出た廃材などをブラガソンに引き渡すことを約束してくれたという。彼は、引き抜かれた植物や廃材を近くの公園に持って行き、それを再構築して複数の層からなる巨大な彫刻を作る計画を立てている。瓦礫の層の上に土を盛り、その上に木々などを積み上げ、一番上にはケーキにアイシングを施すように氷河期の礫岩を乗せる。
「何年か経てば、表面には植物が芽生えてくるでしょう」とブラガソンは言う。「この作品は祖父母に捧げる記念碑ではありません。スケールの大きな自然環境に思いを馳せ、人間の営みの小ささを実感してもらうための鏡なのです」
彼の思い出が詰まった庭は、幾層にも積み重なる地質学的時間のほんの一部分にすぎないのだ。
2. モニカ・チジク
クリング&バングの1階に降りていくと、第2章が始まる。地上階の展示ではあるものの、このセクションで表現されているのは地面の下に広がる世界、暖かく光りに満ち、生命にあふれた地下世界だ。
モニカ・チジク(1989年生まれ)は、メインとなる展示室の片側の窓を粘土で塗り込め、そこに絵を描いた。《Drawing While Driving (Carvings In A Whale's Tooth)》と題されたこの作品は、透明なステンドグラスとは違い、さまざまなトーンのアースカラーが渦を巻いて自然光の侵入を阻んでいる。そして、うっすらと差し込む光線は、オレンジ色のカボチャのような8本脚のキャラクターが山を思わせる背景の前で笑顔を浮かべている様子など、ところどころに何らかの形状を浮かび上がらせている。
実は、この作品には彼女の個人史との結びつきがある。窓に塗られた粘土には、彼女が生まれたポーランド、現在住んでいるデンマーク、そして制作のために招かれたアイスランドで採取した顔料が混ぜられているのだ。
9月にフェスティバルへの参加を打診された彼女は、10月初旬にレイキャビク入りし、街の西部で粘土を採取した。それを洗浄した上で細かく擦り潰し、天然素材の溶剤と混ぜ合わせたものを窓に塗っているが、全ての工程を終えるのに15日間かかったという。チジクが手がける映像作品と同様、ステンドグラスを思わせるこの絵は、抽象でも具象でもない。彼女はそのモチーフをこう説明した。
「背中が曲がった岩や、毛むくじゃらの木々など、私の目の前で自然が作り出した生き物をそのまま描いただけです」
3. イーディス・カールソン
それは一見、人魚のように見える。しかし、胸部だけでなく頭と尾も魚なので、そうではないらしい。この彫刻を制作したアーティスト、イーディス・カールソン(1983年生まれ)は、自分の作品を型にはめることを嫌う。
300キロ近い重さがある生き物のような作品は、コンクリートでできている。この素材は、最初は液状だが時間が経つにつれて固まり、強くなっていく。まるで、それで作られた女性たちのように。展示されている女性像には2人の姉妹がいるが、そのうちの1人はまだ仕上がっていない。完成した3点の彫刻は、カールソンがエストニア代表を務める来年のヴェネチア・ビエンナーレで発表される予定だが、そこには親しい友人への敬意が込められている。ちなみに、今回レイキャビクで展示されている像は、このフェスティバルのキュレーターの1人、マリア・アルソーがモデルだ。
カールソンは、エストニアのヒーウマー島に住んでいる。普段海に取り囲まれて暮らしている彼女が、ノルディック・ハウスで展示されている「水」の章で作品を発表しているのは納得がいく。環境保護に熱心な彼女は、嵐が去った後は海岸に行きゴミ拾いをするのを習慣にしている。
「ゴミだらけの海を見ると悲しくなるんです」。カールソンはそう嘆きつつも、浜辺で宝物を見つけると「アドレナリンが出る」と明かす。「たとえば、メッセージ入りの瓶を見つけることなんてないだろうと思っていましたが、すでに3つも拾っています」。メッセージはそれぞれ、ドイツ、スウェーデン、リトアニアからのもので、彼女は送り主たちと文通しているという。
4. プレシャス・オコヨモン&ドジー・カヌ
レイキャビクに隣接するセルトヤルナルネスの街では、600個のベルが括り付けられた糸が浜辺から伸び、高くそびえ立つ灯台の上まで続いている。この灯台は、潮が引く特定の時間帯にしか行くことができない。外では風が吹くたびにベルが鳴り、灯台の中でも糸が張られた階段を来場者が登るたびに音が響きわたる。
糸を使ったこの作品は、2022年のヴェネチア・ビエンナーレに出展したナイジェリア系アメリカ人の詩人で、シェフでもあるプレシャス・オコヨモン(1993年生まれ)と、ポルトガルを拠点とし、ファウンドオブジェ(*1)を使った作品で知られるドジー・カヌ(1993年生まれ)によって共同制作された。チューリッヒのLUMAヴェストバウで一緒に展覧会を開いたことのある2人が今回作り上げたのは、騒々しい天国への階段とも解釈できる作品だ。
*1 自然にある物や日常生活で使われる人工物。また、それらをその物自体として作品に取り込むアート。
各フロアの壁には、紫色のネオンが縦横に設置されている。「この色は、私が育ったテキサス州ヒューストンで、苦痛を紛らわせるために飲まれていたコデインカクテル(咳止めシロップを炭酸飲料で割ったもの)と関係しています。私にとっては、ペースを落としてリラックスせよ、という意味があるのです」と、カヌは言う。
当初彼が発案したのは、来場者が近づくとセンサー付きのゲートが自動で開くアッサンブラージュ(*2)の作品だった。しかし、自然環境を謙虚に受け入れることの大切さを感じた2人は、最終的にもっとローテクなインスタレーションを作ることにした。ただし、風雨に立ち向かうことを演出するため、灯台の最上階では嵐の音がループ再生されている。
*2 雑多な物体(日用品、工業製品、廃品など)を寄せ集めて作られた作品やその手法。
5. ダリア・メルニコワ
ナショナル・ギャラリー・オブ・アイスランドのハウス・オブ・コレクションでは、廊下の突き当たりの短い階段を降りた先に、ダリア・メルニコワ(1994年生まれ)の風変わりなインスタレーション《Meet Mr. Jazzy Sunday》がある。家具の断片を組み合わせ、ところどころに市松模様が配された立体作品には2つの丸い目がついており、擬人化されたものであることを示している。壁の鏡に映る 歪んだ市松模様は、偶然にもこの美術館の大理石の床と同じ模様だ。
「人々の食べ方や歩き方、振る舞い方など、周りの環境を作品に取り込むことが好きなんです」と、メルニコワは語る。ラトビアの首都リガを拠点に活動する彼女は、日常生活のルーティンや習慣、ありがちな表現などを突き詰めた作品を制作している。
このシュールなアッサンブラージュは、仕事やToDoリスト、こなすべき用事が一切ない休日をイメージしている。何の心配もせず、明日のことなど考えずに気ままに行動できたらどんなにいいだろう? そんな自由さを感じさせてくれる作品だ。(翻訳:野澤朋代)
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