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リヒター作品が52億円で落札されるも、最低価格を下回るロット続出。フィリップスのオークションまとめ

11月14日、ニューヨークフィリップスで20世紀美術と現代アートの二部構成イブニング・セールが行われた。オークションの幕開けは期待と活気にあふれ、スタッフが会場に椅子を追加するほどの盛況だったものの、中盤から雲行きがあやしくなり、冴えない結果に終わった作品も少なくなかった。

ゲルハルト・リヒターの絵画《Abstraktes Bild (636)》(1987)は手数料込みで3480万ドル(約52億2000万円)の値が付いた。Photo: Alan Shaffer/Courtesy Phillips

大物アーティストの作品が軒並み予想落札額を下回る

この日は56のロットが出品されたが、23番目の競りが始まった頃には明らかに会場の雰囲気が変わり、45番目には空席が目立つようになっていた。事前に取り下げになった作品は4ロットで、トリトン・コレクション財団から出品された30作品を含む39作品は保証付き(*1)だった。それでも、総落札額は1億2800万ドル(約192億円)、手数料込み1億5460万ドル(約232億円)と、フィリップスによる予想落札額合計の最低ライン1億3000万ドル(約195億円)を若干下回るところまで漕ぎ着けている。


*1 作品を出品してもらいやすくするため、オークションハウスが一定の金額で購入することを事前に出品者に保証すること。

最低予想落札額を下回る価格で落札された20のロットは、ほとんどがオークションの前半に登場した作品で、その中にはアレクサンダー・カルダーエドガー・ドガジョアン・ミッチェルポール・ゴーギャンのほか、予想落札額が1500万〜2000万ドル(約22億5000万~30億円)だったパブロ・ピカソの絵画が含まれている。

特に、ジョアン・ミッチェルには注目が集まっていた。直前に行われたクリスティーズのオークションで、ミッチェルの絵画作品が2920万ドル(約43億8000万円)で落札され、彼女の最高落札額を塗り替えていたからだ。一方、フィリップスに出品された1953年の無題の作品は、予想の800万〜1200万ドル(約12億~18億円)に対し、落札額は650万ドル(約9億7500万円)、手数料込みで790万ドル弱(約11億8000万円弱)に終わった。

ジョアン・ミッチェル《Untitled》(1953) Photo: Courtesy Phillips

ルーチョ・フォンタナの《Consetto spaziale, Attese》も、150万〜200万ドル(約2億2500万~3億円)の予想に届かず、落札額は120万ドル(1億8000万円)、手数料込み150万ドル(約2億2500万円)にとどまった。

低調だったのはミッチェルとフォンタナの作品だけではなく、この日の落札額上位20ロットの全てが最高予想額を下回る結果になった。落札額トップはゲルハルト・リヒターの二連画《Abstraktes Bild(636)》(1987)で、ほぼ予想通りの3000万ドル(約45億円)。手数料込みでは3480万ドル(約52億2000万円)だった。これは、リヒター作品のオークション落札額としては史上5位までに入る金額だ。

「世界情勢を考えれば、市場の回復力は十分」

オークション結果が今ひとつだったことに、会場の出席者からも「こんなに静かなオークションは初めてだ」という声が聞かれた。とはいえ、フィリップスのオークション売上高としては過去2番目の成績で、昨年11月のニューヨークの近現代アートオークションを11%上回っている。

オークション終了直後の記者会見で、フィリップスの副会長で20世紀美術・現代アートの全地域担当共同責任者であるロバート・マンリーは、今回のオークション結果にばらつきが目立ったことについて、このところ他のオークションハウスでも似たような結果が出ていることに触れ、こう述べた。

「今日だけではなく、過去数カ月は同じような状況が続いています。確かに入札の数は少なかったものの、ほとんどの作品が落札されました。今、世界中でさまざまなことが起きている状況を考えれば、市場には強い回復力があると言えます。困難な時代にこそ、多くの人がアートを求めるのでしょう」

このオークションで目を引いたのが、イタリア未来派の画家ジーノ・セヴェリーニの《Mare = Ballerina》(1913–14)だ。このロットの予想落札額は8万〜12万ドル(約1200万~1800万円)だったが、4分46秒にわたる競り合いの末、その約3倍もの35万ドル(約5250万円)で決着。手数料込みで44万4500ドル(約6700万円)となった。ただし、セヴェリーニのオークション記録である2960万ドル(約44億4000万円)には遠く及ばない。

ジーノ・セヴェリーニ《Mare = Ballerina》(1913-14) Photo: Courtesy Phillips

盛り上がりに欠ける中、気を吐いた新進アーティストたち

また、一部の新進アーティストの作品も健闘を見せた。オークション後半の冒頭に登場したアンベラ・ウェルマンの絵画《Ritz》(2018)は、予想落札額4万〜6万ドル(約600万~900万円)を大きく上回る10万5000ドル(約1600万円)で落札。手数料込みで13万3350ドル(約2000万円)。ルーシー・ブルの《Dark companion》(2020)も予想落札額40~60万ドル(約6000万~9000万円)を超え、82万ドル(約1億2300万円)で落札。手数料込みで100万ドル(1億5000万円)あまりとなり、ブル作品のオークションでの高額記録に並ぶ高値となった。

夜中の森の風景を描いたベン・スレッドセンスの《A second nice break》(2017)は、ロバート・マンリーとの電話でオークションに参加した入札者と、香港とカタールからオンラインで参加した入札者との間で三つ巴の競争となった。白熱した競り合いの末、予想落札額12万〜18万ドル(約1800万~2700万円)のところ、落札額は22万ドル(約3300万円)、手数料込み27万9400ドル(約4200万円)で決着している。

さらに、2022年のヴェネチア・ビエンナーレに参加したロンドン在住の若手アーティスト、ジャデ・ファドジュティミの《Quirk my mannerism》(2021)も、5分を超える競り合いを経て、予想落札額60万~80万ドル(約9000万~1億2000万円)を大きく超える155万ドル(約2億3250万円)で落札。手数料込み194万ドル(約2億9100万円)で、彼女のオークション新記録となった。

ジャデ・ファドジュティミ《Quirk my mannerism》(2021) Photo: Courtesy Phillips

色彩豊かな抽象画で知られる新進アーティストのファドジュティミは、2022年にガゴシアンの所属になったことが発表されるなど、大きな注目を集めている。2021年10月には、ロンドンのサザビーズとフィリップスで行われたオークションで、2日連続で落札価格の記録を更新するという快挙を成し遂げた。今回のオークションで出た新記録について、フィリップスのマンリーは、「1年半前に達成したところまで戻しました。しかるべきところに戻ったということです」と評価し、こう付け加えた。

「若手アーティストの作品価格が異様に吊り上がるケースが減っているのは当然のことです。価格は堅調に推移していて、法外に高騰することはくなりました。数年前の状況は、持続不可能なものだったのです。持続可能な価格と成長のペースを維持することによって、市場の健全性が保たれます」

なお、11月13日にサザビーズで行われたモダンアートのオークションは、総売上高2億2400万ドル(約336億円)という低調な結果だった。一方、やはりサザビーズで8日に行われた故エミリー・フィッシャー・ランドーの所蔵品オークションは、出品された31作品が全て落札されるホワイト・グローブ・セール(*2)となり、総売上高は4億600万ドル(約609億円)となった。さらに、9日にクリスティーズで行われた20世紀美術オークションの総売上高は6億4000万ドル(約960億円)に達し、複数のアーティストがオークション落札額の記録を更新している。(翻訳:清水玲奈)


*2 オークションで全てのロットが売れたことをホワイト・グローブ・セールと言う。ホワイト・グローブとは、オークション会場で作品を扱う際に使用される白い手袋のこと。

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