名建築の裏に「名構造」あり──芸術と自然科学をつなぐ構造デザインの魅力
ゆらめくチューブが支える地上7階建ての構造物に、うねるような木組みの建築、吊り構造の競技場──。人を魅了したり圧倒したりする建築物の裏には、物理法則に反しているように思えるデザインを成立させる「構造」の力がある。そんな構造デザインの魅力を、現在WHAT MUSEUMで開催中の「感覚する構造 - 力の流れをデザインする建築構造の世界 -」展の企画担当者に聞いた。
生成AIがほんの数秒で建築物の画像をつくりだし、ゲームや3DCGの中で物理法則や技術の限界を無視した建物を生み出せる現代。わたしたちの周りは、あっと驚くような建造物のビジュアルで溢れている。
しかし、それはあくまでデジタル世界の話だ。物理世界に建物をつくるとなれば、その建物を使う人たちのことや周りの環境のこと、そして何より、倒れずその場にしっかり建っていられるかが重要になる。
「デジタル空間と異なり、地球上には重力はじめ様々な力がはたらいています。そこに建つには力学を考慮した構造が必要になるのです」。そう語るのは、WHAT MUSEUMの建築倉庫ディレクターで、同館で開催中の「感覚する構造 - 力の流れをデザインする建築構造の世界」展の企画を務める近藤以久恵だ。
「感覚する構造」展は、その名の通り建築の骨格たる「構造」に焦点をあてた展覧会。国内の有名建築家が手がけた建築物から現在開発中の月面構造物まで、さまざまな建造物がもつ構造の妙を模型を通じて紹介している。
「構造デザインというとニッチな領域に聞こえるかもしれませんが、芸術と自然科学の世界をつなぐ普遍的な創造行為だと考えています」
人が美や驚異を感じる建造物の裏には、構造上の優位性が隠れていると語る近藤に、「感覚する構造」展に並ぶ模型の見どころを教えてもらった。
1. せんだいメディアテーク
近藤が「20世紀の建築の集大成」と語るせんだいメディアテークは、7枚の床とそれを支える13本のチューブからなっている。伊東豊雄が設計を手がけ、構造家の佐々木睦朗が構造デザインを担った。
「建築家は建築の方向性を掲げ、全体を指揮者のように率いていく役割。対して構造デザインを担う構造家はスペシャリストとして、建築家がイメージする建築をどう構造的に実現するかを考えます。構造家の名前が表に出ることは少ないですが、日本の主な現代建築は必ず建築家と構造家のコラボレーションによって成り立っています」
見どころ:極薄のスラブ(床版)
「この建物に対してこの薄さ!」と近藤が強調したのは、床板の厚みだ。50分の1のスケールでつくられている模型からは、その薄さがよくわかる。「格子状の骨格を2枚の鉄板で挟むサンドイッチ構造が採用されています。造船や航空機で使われる構造で、せんだいメディアテークの現場には溶接の際に造船技術者の方も入っています」
見どころ:画期的なチューブ構造
せんだいメディアテークの設計にあたり、建築家の伊東が構想したのは揺らぐ海藻のイメージ。佐々木はそれをチューブ構造によって表現した。「地震がある日本の柱は、上から下への鉛直力だけでなく、横からの水平方向の力にも耐えなくてはなりません。せんだいメディアテークは四隅の柱が横からの力を、ほかの柱が上からの力を支えています」
この柱にはこんな裏話も。「当初、伊東さんはもっと繊細な構造を思い描いていたそうで、最初はフレームがしっかりしたチューブ構造を受け入れられなかったといいます。けれども、チューブのシンボル性が市民の支えになったこと、そして東日本大震災でも建物をしっかり支える役割を果たしたことで、伊東さんの建築観も大きく変わったそうです」
2. フィレンツェ新駅(コンペ案)
2002年のフィレンツェ新駅のコンペで提出された磯崎新のコンペ案。せんだいメディアテークと同じく、佐々木睦朗が構造デザインを手がけた。バスターミナルや電車の駅などが集約され、400メートルの屋根はヘリポートの機能も備えている。
「ガウディが教会を設計する際に、紐に錘を下げてできる曲線から、重力のある地球上において構造的に合理的なかたちを10年かけて探究したことは有名です。ガウディの場合は砂袋を用いた模型実験でしたが、磯崎さんたちはそれをコンピューターで探究しました。それがフィレンツェ新駅のコンペ案です」
見どころ:コンピュータ・アルゴリズム
まるで木のような柱は、植物が重力に逆らって枝を伸ばしていく様子を自動生成のアルゴリズムで再現してつくられたもの。「このコンペ案は20年以上前のものですが、人間が想定した形状を超えたかたちを探し出すためにコンピューターが使われた創造行為の例だと言えます」
見どころ:3Dプリンタの革新性
2002年当時も光造形の3Dプリンタを使ってつくられたというフィレンツェ新駅の模型。今回展示されている模型は、設計データをもとに当時と同じ模型制作会社が光造形3Dプリンタで復元したものだ。「2002年の時点で3Dプリンタを用いて模型がつくられており、建築模型という観点からもかなり先駆的な試みです。20年経っても正確に再現できるのは、デジタルならではのメリットです」
3. 月面構造物
「構造デザインの哲学と知識は、地球を離れても応用できるものです」。その例として展示されているのが、東京大学大学院新領域創成科学研究科の佐藤淳准教授らとJAXAが共同で開発している月面構造物だ。
10分の1の模型で再現されているのは、JAXAの春山純一が世界で初めて発見した巨大な縦穴と、その中に建設されることを想定した月面構造物。縦穴の上にはソーラーパネルを設置して居住者たちが使う電力を供給する。ちなみに、縦穴の模型は東京大学の佐藤淳研究室の学生たちが1カ月かけて制作した力作だ。
見どころ:花柄のディンプル(窪み)
月面構造物の外壁についた花柄はただの模様ではない。「花柄のディンプル(窪み)をつけると、飛び移り現象が起こりやすくなるんです」
飛び移り現象とは凹凸のある面で裏返りが生じること。髪を留めるスリーピン(パッチン留め)の動きを想像するとわかりやすい。荷物の輸送に莫大な資金がかかる宇宙において、構造物は折り畳めたほうが有利。この飛び移り現象の力は、折り畳んだ構造物を展開するときに使えるのだ。
見どころ:実はアナログな模型づくり
展示室には、月面構造物を設計する際の試行錯誤がわかるモックアップも多く展示されている。宇宙の構造物を設計すると聞くと、複雑な計算やデジタル上のシミュレーションばかりを想像してしまうが、実際はアナログで地道な作業も含まれる。「月面における滞在ユニットの外皮の折り畳み方を検討する際にも佐藤さんは紙をくしゃくしゃにしてその折れ線を観察することから始めたと言います」
計算を尽くした完璧に思える構造も、現実でつくるときには誤差や想像できなかった事態が発生しうる。「あらゆることが3Dでシミュレーションされていると思ってしまいがちですが、実際にモックアップや模型をつくることで発見することや共有できる感覚が多くあるんです」
4. 三灯小径
うねるようにカーブした屋根も、理路整然とした格子状の構築物も、使われているのは竹だ。滋賀県立大学教授で構造家の陶器浩一の発案でつくられた。屋根は自然の竹が使用され、格子状の構築物には優れた強度をもつ竹の集成材が採用されている。組み立てもシンプルだ。
「今回の展示の前にワークショップを開催しました。陶器浩一研究室の皆さんにレクチャーを受けながら、一般の小学生からご年配の方まで約50人が参加し、この場で組んだものです」と近藤は語る。
見どころ:不均質な素材の使い道
構造を考えるとき、コンクリートや鉄は素材が均質で使いやすいというメリットがある。一方、竹のような自然素材は一本一本厚さも長さも異なり、一律では扱いづらい。
「不均質なものはいままで避けられてきましたが、これからの構造物の可能性はそうした素材にあるのではないかと思うんです。例えば、デジタル技術を活用することで、性質の異なる素材をうまく組み合わせながら使うことも可能になっていくのではと考えます」
見どころ:メンテナンスと構造
当然ながら、建築物には維持管理が必要だ。しかし、こと日本においては、建築物は一度建てたら建てっぱなしで、寿命が来たら建て替えるという考え方が主流と言えるだろう。
「例えばここにある竹の構造物はどこか一本にダメージがあった場合でも、その部分だけを交換して使い続けることができるような組み方でつくられています。そうしたメンテナンス行為をくみ込んだ建築のあり方がこれからの時代には求められてくるのではないかと思うんです」
5. 国立代々木競技場
丹下健三が設計した国立代々木競技場。国立競技場の設計を手がけた隈研吾を筆頭に、この建物を見て建築家を志したという人も多い。構造デザインを担ったのは、丹下と多くのプロジェクトを手がけた坪井善勝だ。「日本の現代建築において、建築家と構造家のコラボレーションの金字塔とも言える建築物です」
見どころ:合理性を超えた吊り構造
120メートル以上離れた2本の支柱の間を2本のメインケーブル(写真の黒いケーブル)でつなぎ、屋根を支える吊り構造が採用された国立代々木競技場。
「屋根の曲面が秀逸なんです。メインケーブルから単純にケーブルを吊りさげてできた曲面ではないのです。できるだけ連続的に変化する滑らで「自然な」屋根の曲面を生み出すために、坪井研究室で代々木の構造を担当していた川口衞は、曲げ剛性のある鉄骨を吊り材にすることを発想し、あの美しい曲面が実現しているのです」
「重力を始めとする物理世界の制約は、パルテノン神殿の時代から変わっていません。さまざまな個性をもつ多様な建築を構造という視点でひもとくと、歴史的な連続性を感じることができます」と近藤は語る。
しかし、同じ構造家が手がけた作品にも各建築家の個性が現れていることからもわかるように、構造デザインにはただ物理法則に呼応すればいいものではない。
「もちろん、力学的な合理性は重要です。しかし、優れた構造デザインが提示しているのは、構造家の坪井善勝が語ったように、合理性の近傍にある美しさなんです」
会期:前期 2023年9月30日(土)~2024年2月25日(日)
※後期 「感覚する構造 - 法隆寺から宇宙まで -」は2024年春より開催予定
会場:WHAT MUSEUM 1階
〒140-0002 東京都品川区東品川 2-6-10 寺田倉庫G号
開館時間:火〜日 11時〜18時(最終入場 17時)
休館日:月曜(祝日の場合、翌火曜休館)、年末年始
入場料:一般 1,500 円、大学生/専門学生 800 円、高校生以下 無料