「制作コストの心配なく新しい挑戦に集中できた」──冨安由真【TERRADA ART AWARDファイナリスト・インタビュー】

現在、寺田倉庫 G3-6Fで開催中の「TERRADA ART AWARD 2023」ファイナリスト展では、5人のファイナリストが新作を発表している。アワード受賞は彼らにとってどんな意味を持つのか。それぞれに、そこから得た気づきや新たな挑戦について話を聞いた。

Artwork: Yuma Tomiyasu, Photo: Yusuke Suzuki (USKfoto)

──日本には様々なアートアワードがあると思いますが、「前例は、あなたが創る」というテーマを掲げ るTerrada Art Awardに応募された理由を教えていただけますか? 

一番大きな理由は、賞金300万円が大賞だけでなく、ファイナリスト全員に一律に与えられる点と、その賞金を使って制作した新作を発表できる機会が与えられることです。私のような、ミッドキャリアの作家にとって、展示をする際の制作費や設営費をどう捻出するかは常に課題です。美術館などで展示をする際も潤沢に予算があることは稀なので、助成金や協賛を探す必要があります。制作コストがネックとなって実現できないアイデアも少なくない中、今回はその心配をせずに制作に集中できることが最大の利点でした。また、TERRADA ART AWARDは前回のファイナリストの方々のラインナップからも、今後、日本において最も重要な現代アートのアワードになっていくと感じていたので、私も挑戦したいと思いました。実際、今回も素晴らしいアーティストの方々が選ばれていたので、彼らと一緒にファイナリストになれたことをとても光栄に思います。 

──今回発表されている作品のテーマやコンセプトについて教えてください。 

私は元々、心霊現象や超能力、夢など、科学的に解明されていないことや真偽の境界が曖昧なことに関心がありました。そうした現象や事象に着想を得て、五感ないし六感で体感させるような作品を制作してきたのですが、ここ最近はその中でも特に「次元」という概念に関心があり、次元の重なりやズレといった感覚を作品を通じて考察できないか、模索しています。今回はその延長として、「視点の転換/重なり」を重要なテーマに据えました。

「視点」と聞くと、「自己の視点」「他者の視点」など、特定の座標から見ることを想像しがちですが、本来、視点というものは同時に複数存在し得るし、重なり合うことも可能なのではないか、と考えています。例えば、夢の中では一人称の視点と俯瞰的な目線が自由に切り替わりますよね。また、デジャヴュという体験は、過去の視線と現在の視線が重なった結果と言えるかもしれません。

今回の作品では、展示室内にマジックミラーで作られたキューブ状の大きな構造物があり、構造物の外の照明と中の照明が切り替わることで、物理的に「見えるもの」が切り替わります。構造物の中にはモニタリングカメラが設置されており、構造物内のモニターにその映像がライブで映し出されています。カメラは構造物の中と、その外に広がる空間(すなわち鑑賞者のいる空間)を映しているのですが、マジックミラーの構造上、鑑賞者がモニターを見られるタイミング=構造物の中が明るくなったタイミングでは、鑑賞者自身はカメラに映ることができません。逆に、鑑賞者がモニターを見られないタイミング=構造物の外が明るくなったタイミングでは、鑑賞者の姿はマジックミラーの壁越しにモニターに映し出されています。鑑賞者はモニターを見られない代わりに、鏡に映った自分の姿を見ることになります。そういった 「視点の転換/重なり」がテーマになっています。 

──今回のアワードへの応募を通じて、挑戦したかったことを教えてください。またその挑戦は、ご自身 のアーティストとしての成長・ブレイクスルー・キャリアパスにおいて、なぜ重要だったのでしょうか? 

これは今回の作品に限ったことではありませんが、常に新しい可能性を模索して挑戦するという制作姿勢は、私自身が自分の人生をより良く生きるために必要なことだと考えています。今回の応募は、キャリアアップのためというよりか、制作費が与えられ、新作を発表できるということに、より価値を感じて挑戦しました。

マジックミラーを用いた構造物を作ること、また、展示室自体を自分で設計・造作し、消防法をクリアした形で実現することは、今まで挑戦したくてもできなかったことなので、今回の経験は、今後においても大きな財産になったと思います。

また、賞の獲得それ自体を重要視していなかったとはいえ、審査員の方々や他のアーティストの方々と接点を持つことができたことは、私にとって重要な糧になったと思います。特に、他のアーティストの方々の制作スタイルに触れることができたことは、とても勉強になりました。グループ展という座組みの中で、全体の展示構成を意識しながら、音の干渉をはじめ、他の作品との影響を考えながらいかに自分の作品を成立させるかなど、個展では気付けなかったことを学ぶ機会にもなりました。

Artwork: Yuma Tomiyasu, Photo: Yusuke Suzuki (USKfoto)

──作品を発表する上で空間は非常に重要な要素であると思いますが、その意味で、寺田倉庫のこの 空間は、今回の挑戦においてどんなふうに作用しましたか? 

今回の作品のプランは、かねてから温めていたアイデアを元にしていますが、寺田倉庫という無機質な空間に面白みを感じ、この空間に合ったアイデアに落とし込みました。また、この作品は「静寂」が作品の要素となっているのですが、倉庫空間は音の反響が強いこと、そして音を使うファイナリストが多かったことから、どうすれば他の作品の干渉を受けずに「静寂」を実現できるかには苦慮しました。結果、倉庫の中に完全に遮蔽された空間を制作することでクリアしたものの、消防法や換気の観点から、空間内に新たに誘導灯や煙探知機、非常用照明や換気扇を設置する必要があることがわかりました。しかし、それ自体が倉庫内にすでに存在するオブジェクトだったので、積極的に作品の一要素として取り入れようと考え、空間の中に展示した絵画の中にこれらオブジェクトを描いたり、照明のプログラミングで「暗転」のシーンを作って誘導灯の明かりを際立たせたりしました。結果的に、これらのオブジェクトが良い働きをしたと思います。

──今回発表される作品を実現していくにあたり、ご自身がもっとも達成感を得られたこと、成功した と思われることを教えてください。逆に、困難や今後の課題であると感じた点でも結構です。 

マジックミラーを用いた大きなキューブ状の構造物を作るという試みは、私にとっても初めてのことであり、ほかの誰かがやっているのを見たこともありませんでした。なので、実際に明かりの切り替えがうまく作用するか、不安ではありました。結果的に、施工の方々の素晴らしい技術のおかげで、かなりの精度で実現できたと自負しています。課題と感じたのは、機材類の安定性です。今回、展示の公開直前に機材の不具合が発生し、急遽入れ替えしなければならなくなりました。しかし構造的にメンテナンスを考慮した設計になっていなかったので、事前に最悪のケースを想定して機材の選定をすべきだったと反省しました。

──「前例のないことをやる」という行為/態度は、アーティストであり続ける上で、どれくらい重要で しょうか? 「前例のないことをやる」ために、日々、どんなことを訓練したり実践したりしていますか?

私自身、「見たことのない、見てみたいもの」を実際に見るために作っています。そういった意味で、「前例がないこと」は必須条件であると言えます。その「見たいもの」に気づく瞬間は、普段の生活の中にあることが多いんです。例えば、見知らぬ町の住宅街の初めて通る道を歩いている時、なぜか既視感を感じることがあります。もしかすると、単にほかの町に似ていただけなのかもしれませんが、その瞬間を見逃さないために、そして、その時に感じた奇妙さや心地の悪さを忘れないように、かなり意識的に心に留めるようにしています。

──今回の受賞を機に、さらに挑戦してみたいことや展望があれば教えてください。 

今回はじめて、これまでのアンティーク家具などを使用した温かみのある生活空間や廃墟を舞台とした作品ではなく、無機質で真新しい空間をモチーフとした作品を制作してみて、一つ可能性が広がったように感じています。また、サウンドを同期させたプログラミングにも初挑戦したのですが、今後、サウンドを積極的に取り入れた作品展開も試してみたいです。過去の自分の作品の焼き直しではなく、また、メディアの選択や組み合わせにとらわれることなく、より柔軟に、新しい体験の創造をしていきたいです。

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