ストリートに見る都市とアートの蜜月【アートと社会の方程式 #2】

いま、アートは社会とどのようにつながっているのだろうか? 世界中のイノベーション・リサーチを起点に企業のブランド開発を手がけるHengeのファウンダー、廣田周作がアートと社会の“方程式”を解き明かす本連載、第2回のテーマは「ストリートアートと都市」。世界各国でストリートアートと都市がどのような関係を結んでいるのか考えていく。

MediaNews Group/St. Paul Pioneer Press via Getty Images

本連載「アートと社会の方程式」は、これからのアートが社会とどのように関わり、どのような価値をもたらしうるのか考えていくもの。第2回は、ストリートアートと社会の関わりについて考えていきたいと思います。

ひとくちに「ストリートアート」と言ってもさまざまな表現がありますが、今回注目するのはミューラルアートやウォールアートと呼ばれるものです。ストリートアートは公共空間でゲリラ的に描かれるグラフィティから発展しており、しばしば景観破壊として批判されることもありますが、近年は合法的に描かれるケースも増えています。

合法的な環境でなにかに“活用”される表現は、ある意味グラフィティを源流とするストリートアートの流れからは外れるかもしれませんが、しかし世界各国の取り組みを見てみると、地域ごとに異なったかたちで社会とのつながりが生まれていることに気付かされるはずです。

デトロイトはコロナ禍でアーティストと連帯

まず最初に注目したいのは、アメリカ・デトロイトの事例です。

デトロイトは1900年代以降自動車産業で栄えた街として知られていましたが、1970年代から日本車の台頭により景気が悪化していきました。とくに2013年には財政破綻が発表され、産業の衰退とともに人口も減り、浮浪者や廃墟が増えるなど、治安の悪化が問題視されていました。

都市再生に向けてデトロイト都市計画局は安定した住宅政策やスモールビジネスの推進などいくつかの戦略を策定したのですが、そのなかのひとつに「アートと文化活動の促進」も盛り込まれていたのです。

そんななかで、1913年頃に建てられた街のシンボルとなる建物を取り壊すことが検討されていたらしいのですが、取り壊すのではなく街を活気づけるために「Blight to Beauty」というプロジェクトが実施されました。ただ、ちょうどその時期はコロナ禍と被ってもいた。なかなか取り組みが進まないなかで、デトロイトで働いていたロシェル・ライリー氏がコロナで亡くなってしまった人のメモリアルアート・インスタレーションを提案したことが話題となりました。とくにデトロイトは貧富の格差が大きくなっていたので、コロナ禍初期は死亡者数もかなり多かったことで知られています。

もともとデトロイトはストリートアートが盛んで、違法のグラフィティは問題にもなっていたのですが、Detroit Mural Projectとして街に住む若いアーティストを招致し、廃墟のビルをキャンバスとして開放することになったんです。さらにデトロイト市はそんな廃墟をマップとして公開することで、誰もが気軽にウォールアートを鑑賞できるような機会をつくったんですね。

2023年のSXSW(South by Southwest)でロシェル・ライリー氏の講演を聴く機会があったのですが、ビジネスは街に人を呼び込むのに対し、アートは街に人を根づかせると仰っていたのが印象的でした。デトロイトは人と街のエンゲージメントを増やすために、ウォールアートが活用されたわけです。

もちろん音楽やスポーツ、あるいは宗教なども街に人を定着させるかもしれませんが、アートの場合は作品の考察なども含めて対話の機会を生みだせるところが面白い点かもしれません。作品そのものは怒りや批判のメッセージがこもったものであっても、単に怒りを連鎖させるのではなく、時間をかけて対話の場をつくっていける。単なるコンテンツの消費とは異なる形で、社会とのつながりを生み出せるわけです。

まちづくりは行政主導で行われることも多いとは思うものの、ミューラルアートは街の人を呼び込んだりときにはマイノリティの方々の表現の場を生み出せる点も重要なポイントと言えそうです。とくにデトロイトの場合はコロナ禍によって多くの方々の命が失われてしまってもいたので、アートを通じてその悲しみをメモリアルな空間へとつなげられたことが大きなポイントかもしれません。

アーティストに対してもフィーが支払われているので、アーティスト支援にもつながっていますし、そのことがアーティストの街に対する帰属意識を高めることにもつながっているとも言えるでしょう。

同様の取り組みは、ポートランドのような都市でも進んでいます。「自分たちの住む街は、自分たちでつくっていく」という意識が強いポートランドでは、住民一人ひとりが街づくりへと参画するなかで、ストリートアートやグラフィティを受け入れるフリーウォールの導入も進んでいきました。

たとえば「Portland Street Art Alliance(PSAA)」という非営利団体はポートランド市から壁画許可証を取得し、不動産の所有者からの寄付で得た場所をアーティストの創作の練習の場として与えています。また、助成金でアーティストを支援するとともに、ストリートアートツアーを観光客向けに行っています。結果として、アーティストが活動しやすいコミュニティが形成されていると言われています。

住民と都市をつなぐためのストリートアート

もちろん、アメリカだけでなくヨーロッパでもさまざまな取り組みが行われてきました。

たとえばベルリンでは東西を分断する壁があったころからグラフィティが盛んでもあり、とくに政治的な自由や分断に対するメッセージとしてストリートアートが機能していました。現在でもドイツは文化への投資が活発だと言われます。2020年時点で文化支出額の予算は日本の2倍あり、2023年7月には、なんと9億4,700万ユーロ(約1,558億1,900万円)が市の2024年分の文化振興予算として割り当てられることが発表されました。

ウォールアートに目を向けてみると、2023年7月にはベルリンで新たな「世代平等壁画(Generation Equality Mural)」が完成しています。このプロジェクトは国連女性機関とStreet Art for Mankindが主導したもので、女性の経済エンパワーメントを目指す「世代平等イニシアティブ」の一環として、ケア経済の変革を促進することを目的としたもの。この壁画シリーズは世界中の都市に設置されており、女性アーティストが女性支援のコンセプトを表現しています。

同様に民間の動きも進んでおり、ベルリンのスタートアップ「Book a Street Artist」は、ストリートアーティストと企業や個人をマッチングするオンラインプラットフォームを開発しています。行政機関だけではなく、スタートアップもアーティストたちに新たな機会を提供しているわけです。

スマートシティのようにテクノロジーを活用し利便性の高い街をつくる取り組みも世界中で進んでいますが、それと同時に、アートや文化の重要性が再び注目されているように思います。こうした動きは、これまで美術館やギャラリーの中だけで体験するものだと思われていたアートを街に開いていくことでもあるでしょう。

社会の分断はますます深刻な問題となっていますが、ストリートアートは社会をつなぎなおすための場を生み出しているとも言えます。とくにアメリカでは政府への信頼が下がっていくなかで、政治に自分の意見が反映されていないと感じる人も増えていますが、社会への関与を増やす上で、アートはひとつの手段となるのかもしれません。

もちろん、ときにはこうしたプロジェクトが本来のストリートアートの文脈を無視していたり資本主義のなかでコンテンツとしてアートを消費することにつながったりしてしまう危険性もありますが、きちんと機能していることも無視してはいけないでしょう。

異文化をつなぎ祝祭性を高めるための場

欧米では社会課題を解消したり政治的メッセージを発信したりするとともに街づくりへの市民参画を促すものとしてストリートアートが活用されている一方で、アジア圏では「伝統」や「観光」といった領域とのつながりが強いように感じられます。

たとえばシンガポールのストリートアートは、欧米的な文脈だけでなく、書道など伝統的なアートとの結びつきも見られます。シンガポールはマレー系や華僑系、インド系など複数の文化が共存しており、それらを統合するのではなくお互いの文化や慣習をリスペクトしあうような仕組みづくりが進められいるため、ストリートアートの中にも伝統文化や地域性を映し出した作品が多く見受けられます。

シンガポールは法律が厳しいのでグラフィティへの規制も強かったのですが、パブリックスペースを開放することで表現の場をつくろうとしているようです。なかでも独特な取り組みと言えるのが、「Singapore Street Festival」でしょうか。

シンガポールのNational Art Councilが主催しているこのフェスティバルは、それぞれの文化圏の歴史を尊重するための取り組みとしてストリートアートが取り上げられています。すでに20年以上続いているこのフェスティバルのなかでは、ベリーダンスやパフォーミングアーツ、なかには「J-POP」や「けん玉」など多くのカテゴリが設定されており、さまざまなパフォーマンスが行われていることがその特徴と言えるでしょう。

デトロイトやポートランドの事例のようなシリアスさは薄いものかもしれませんが、未来の文化の形成のためにストリートアートが採用されているような印象を受けます。とくにシンガポールの場合は祝祭性が強く意識されていると感じました。フェスティバルを設立したアニー・ペク氏も社会的なコミュニティプロジェクトを意識しているそうで、ストリートアートを起点としてコミュニティをつくっていく意志を感じました。

とくにアジア圏は若年層が多いとも言われますし、若者のエネルギーを爆発させて自分のスキルや才能を表現する場所、若者のためのプラットフォームとしてストリートアートが使われているとも言えそうです。

観光は「絵葉書」から「テーマパーク」へ

他方で、韓国では一種の観光コンテンツとして積極的にストリートアートが採用されていると言えそうです。

近年は日本の美術館でもSNS映えを意識し展示空間で写真を撮ることも鑑賞行為の一部として捉えられるケースが増えていますが、韓国でも2010年代からSNSでの広がりを前提とした空間づくりが進んでいたように思います。

その背景には、「観光」という行為の変容が関わっていると感じます。昔は『地球の歩き方』のようなガイドブックを読んで観光地を巡ることが一般的だったかもしれませんが、いまはスマホでさまざまなコンテンツを参照しながらブラブラと街を歩く人がほとんどでしょう。

誰もが知るお決まりの観光スポットを巡るだけではなく、一人ひとりが街のあちこちに楽しみを見出していくことが重要になっていった。以前はエッフェル塔のように有名な場所へ行って写真を撮る「絵葉書」的な体験がこれまでの観光だったとすれば、これからの観光は街全体をフィールドとして楽しむ「テーマパーク」的体験がこれからの観光になっていくのかもしれません。

Photo: Sungjin Kim/Getty Images

たとえばソウルの梨花洞壁画村は160の劇場がひしめき合うエリアの郊外に位置しており、2006年に同エリアが都市芸術キャンペーンのひとつに選ばれたことからストリートアートが増えていきました。当時のプロジェクトは「つなぐ、混ぜる、一緒に暮らす」という言葉を念頭に置いており、にぎやかな若者の街とその隣の古い村をつなぐために「壁画村」として生まれ変わったそうです。韓流ブームの影響やインバウンドの増加もあいまって、多くの観光客が訪れるようになりました。

もっとも、すべてがうまくいったわけではありません。オーバーツーリズムにより騒音やゴミの問題も増え、さらに住民が参画していたわけではなかったこともあり、地域への経済的な還元も行われませんでした。その結果、梨花洞壁画村は観光客の激減に悩まされることとなります。

一方で、釜山のトンピラン壁画村は異なる発展を遂げました。この地域では老朽化した村が解体されようとしていたのですが、解体に反発した住民や市民団体が2007年から路地の壁にストリートアートを取り入れるようになり、観光名所として復活していったのです。韓国ではこのエリアの成功がベンチマークとなって、全国的に壁画通りが増えていったと言われています。

このプロジェクトが面白いのは、住民にも利益が分配される点です。ストリートアートを都市の資産として扱っており、2年ごとに壁画をアップデートしながら定期的にフェスティバルも開催しています。どうしても壁画は劣化したり汚れてしまったりするものなので、積極的にフェスティバルを開催することで新陳代謝を促しているわけです。

Photo: BERK OZDEMIR/Getty Images

アーティストだけでなく住民も巻き込んでいく

こうした世界各国の事例を振り返ってみると、ひとくちにストリートアートといっても、さまざまな形で社会とつながっていることがわかるでしょう。デトロイトが貧富の格差に対して行われたものだとすれば、ベルリンは政治的なオピニオンと結びついている。他方でシンガポールは祝祭のために使われており、韓国では観光の中に位置づけられています。すべてに共通しているのは、参加型のアートとしてストリートアートが取り入れられていることでしょうか。

今回ご紹介した事例はキース・ヘリングやバンクシーなど著名なアーティストの作品が登場するわけではありませんし、なかには一般的に知られていないアーティストの方々も多くいるでしょう。「ストリートアート」や「グラフィティ」の文脈から見れば、論じられる機会は少ないものだと言えるかもしれません。しかし、アートと社会のつながりを考えていくうえでは、無視できないものでもあるように思います。

従来のアートが鑑賞して終わりだったとすれば、ストリートアートは街の人々も関与できる領域が非常に大きいものです。対話や市民参画の重要性はアートに限られず近年ますます言及される機会が増えていますが、ストリートアートはこうしたアートのあり方を考える上でも、ひとつ注目すべきものなのかもしれません。

Edit & Text: Shunta Ishigami

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