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アート・バーゼル香港が開幕! ギャラリストたちが語るVIPデーの売れ行きとアジアのアート市場のいま

2024年3月26日から30日まで開催されている

アート・バーゼル香港。今年は、昨年に比べて約40%増となる243ギャラリーが参加した。今回の傾向や売れ行きなどをUS版ARTnewsの記者がギャラリストたちに取材した。

フィリップ・ガストンが1978年に制作した作品《The Desire》はおよそ13億円でハウザー&ワースのブースから売却された。 Photo: ©The Estate of Philip Guston/Photo: Genevieve Hanson/Courtesy The Estate and Hauser & Wirth

参加ギャラリーは約40%増。昨年よりも売れ行きは好調

アート・バーゼル香港に参加する243ギャラリーが、香港コンベンション&エキシビション・センターに集結した。3月26日から30日まで開催されているこのアートフェアは、新型コロナウイルスのパンデミック前の規模に4年ぶりに戻り、参加ギャラリーの数は2023年と比べて37%増加。また、そのうちおよそ10%が今回初めて出展するという。

とはいえ、反体制活動を禁じる法律、国家安全条例(通称23条)が3月23日に施行されたこともあり、今回のフェアや西九龍文化地区周辺で行われている催しの熱気は少し落ち着いて見えた。専門家たちは、新たに施行された法律の曖昧な表現に懸念を示しており、中国本土で見られるような法制度に近いものが将来的に生まれるのではないかと主張する人も多い。

だが、3月26日に開催されたアート・バーゼル香港のVIPデーで行われた取引には23条は影響を及ぼさなかったようで、ディーラーたちは早い段階から作品が売れたと語っている。ハウザー&ワースの広報担当者は、予想外に好調な売れ行きだったとUS版ARTnewsに語っている。

2024年1月に香港の中心業務地区の一等地にギャラリーを移転したばかりのハウザー&ワースの共同社長を務めるマーク・ペイヨによると、中国における動きは鈍いようだ。しかし、今回の移転は、香港市内に活発な購買層がなければ実現しなかっただろう。

同ギャラリーが3月26日の夕方までに販売した16作品のうちの10点は、アジアのコレクターに渡った。「ハウザー&ワースはアジアをとても重要視しています。私たちは新しくギャラリーを香港にオープンしたばかりなので、今年のフェアにおける売り上げは大きな元手となるでしょう」と、ペイヨは語る。

例年と同じく、絵画の売れ行きは特に好調だった。マーク・ブラッドフォードの作品《May the Lord be the first one in the car.. and the last out》(2023)、エド・クラークが手がけた《Homage to the Sands of Springtime》(2009)は、それぞれ350万ドル(約5億3000万円)と110万ドル(約1億7000万円)で販売された。これでも十分な売り上げは立っており、クラークの販売額にしてみれば、彼の作品の最高落札記録をわずかに上回っている。しかしその後、900万ドル(約13億6500万円)のウィレム・デ・クーニングの作品と、850万ドル(約12億9000万円)のフィリップ・ガストンの絵画が売れた。ハウザー&ワースが2023年に最も高値で販売した作品は、475万ドル(約7億2050万円)のジョージ・コンドのペインティングで、売れ行きが好調であることは一目瞭然だ。

とはいえ、ほかのギャラリーの売れ行きはハウザー&ワースと比べると落ち着いている。ブリュッセルに拠点を置くギャラリー、グザヴィエ・ハフケンスが販売しているミルトン・エイブリーのペインティングに入札があったという。だが、160万ドルで販売されているこの作品は、26日の時点で買い手がついていない。

アート・バーゼル香港を訪れた人々の様子。 Photo: Sebastian Ng/Sopa Images/Lightrocket via Getty Images

ニューヨークに拠点を置くギャラリー、レビー・ゴービー・ダヤンの創業者であるブレット・ゴービーによると、フェアが開幕したと同時に50万ドル(約7600万円)以下の作品を5点販売したという(作家の内訳は明かしていない)。同ギャラリーのブースには、草間彌生による赤いドットがあしらわれた大規模な絵画が中心に置かれていた。この作品には480万ドル(約7億3000万円)の値がついているが、今のところ買い手は見つかっていないとゴービーは語る。

香港で15年以上営業を続けているペース・ギャラリーは、アダム・ペンドルトン、カイリー・マニング、メイシャ・モハメディを含む作家の作品15点を販売したという。フェアで展示された作品のうち、10万ドル(約1500万円)を超える価格で販売されていたのはわずか4点しかない。そのうち《Black Dada (D)》(2023)と題されたペンドルトンの作品には、27万5000ドル(約4200万円)の値がつけられていた。

ロサンゼルスを拠点とするディーラー、デヴィッド・コダンスキーは、初日に合計17点の作品を販売したという。うち5点はジョエル・メスラーやシャーラ・ヒューズの作品で、10万ドル(約1500万円)以上の価格だった。

購入に慎重傾向な香港のコレクターたち

初日に大きな売り上げを記録できるか否かは別として、VIPデーには様々なコレクターが訪れ、その多くが積極的に購入する意欲を見せていた。ベルギー人のコレクターで、北京でアート・アドバイザーとして活動するファビアン・フラインズは、今回のフェアに先立って取材に応じ、アート・バーゼル香港では「新たな作家の発掘に専念したい」と語っており、キャリアを始めたばかりのフレッシュなアーティストが手がけた作品を探し求めるようだ。2023年のアート・バーゼル香港では特に若い来場者の割合が多かったとフラインズは指摘しており、これは彼が開催したプライベートセールでも同じような傾向があったと語る。現代アートを積極的に集めているフラインズのアジア人クライアントは、ほとんどが30歳以下だという。これは、アジアに拠点を置くコレクターが50代半ばの傾向にあった2000年代半ばとはまったく異なる状況だ。

ここ数カ月の間、香港における商業活動は著しく減速しており、この変化が起業家たちを自粛状態に追い込んでいるとフラインズは分析する。「富裕層は休眠状態に入っており、お金を使うことを控えています」

香港には若いコレクターと年配のコレクターが混在していて、それは良いことだと語るのは、レビー・ゴービー・ダヤンの創業者であるゴービーだ。ゆえに香港は、バーゼルやパリなどのアート・バーゼルが毎年開催されている都市とは様子が異なると彼は語る。「新しい血が入っているように感じます」と、フェアの初日を終えてゴービーは言う。

ソン・ヌン・キョン《Hand》(1976年)。Photo: Courtesy of the artist and Lehmann Maupin

若年層の入場者数が多くても、売り上げにつながるとは限らない。というのも、熟練のコレクターは年齢層が高い傾向にあるからだ。実績のあるコレクターは急いで購入に踏み切ることはない。「コレクターたちは注意深くなっていますし、時間をかけて意思決定をするようになっています」と、香港に拠点を置き、リーマン・モーピンのディレクターを務めるシャーシャ・ティットマンは指摘する。

「コレクターたちは購入を決める際に、非常に慎重になっています」と、ヨーロッパのブルーチップギャラリー、タデウス・ロパックでアジアの代表を務めるドーン・チョウは語る。しかし、チョウによると初日の売れ行きは好調の兆しを見せており、ギャラリーが販売した作品の最高価格はマーサ・ユングヴィルトが手がけた《Untitled》(2023)で、48万7000ドル(約7400万円)で取引されたという。タデウス・ロパックはアジアにおける販路拡大に注力しており、2021年にはソウルでギャラリーをオープンしている。同ギャラリーは、アート界で香港と競合する都市として位置づけられることの多いソウルに基盤を築こうとしているようだ。

また、地元の香港を拠点とする老舗ギャラリーは、著名なアーティストの作品を売却している。2001年に香港で創業された10 シャンセリー・レーン・ギャラリーを運営するケイティ・デ・ティリーによると、フェアが開幕した直後にベトナム人アーティスト、ディン・Q・レの作品をヨーロッパ在住のコレクターに6万5000ドル(約986万円)で売却した。欧米人にはあまり知られていないが、深圳のような場所では活発に取引が行われており、アジアにおける商業活動が鈍化しているという裏付けに乏しい情報にデ・ティリーは反論している。

デ・ティリーは、地元で大きな支持を得ている若い中国人アーティストが大勢活動していると主張する。これはつまり、ヨーロッパのアートフェアに出展して露出を図らなければならないというプレッシャーがはるかに少ないということだ。しかし、こうしたアーティストは今回のような大規模なフェアには出展していないことから、発見することが難しくなっていると彼女は語っており、こう続ける。

「2023年前半の売れ行きは文字通り低調で、観客も多くはありませんでした。でも、状況は徐々に回復しつつあります」(翻訳:編集部)

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