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トトロからピカソ、工芸、リチャード・ホーキンスまで。ロエベの世界観を一望する大規模展が上海で開幕

180年近い歴史を持つスペインのラグジュアリーブランド、ロエベによる初の大規模展覧会が、3月22日に上海で開幕した。ブランドの変革と快進撃を支えるクリエイティブ・ディレクター、ジョナサン・アンダーソンのキュレーションによる同展が提示する世界観とは?

上海で開催中の「Crafted World」展。ロエベを正しく発音する映像を流すスクリーンが並ぶ階段。Photo: Courtesy of Loewe and OMA

ロエベとアーティストのコラボレーション

これまでの10年、ジョナサン・アンダーソンは多忙を極めていた。現在39歳の彼は、2013年にロエベのクリエイティブ・ディレクターに就任。以来、スペイン発のこのブランドを見事に再活性化し、年間6億5000万ドル(直近の為替レートで約980億円、以下同)を超える収益を生むLVMHの有力ブランドへと変貌させた。

その推進力となったのは、ハイファッションとアートの融合だ。アンダーソンは、ジュリアン・グエンリンダ・ベングリスリチャード・ホーキンスといった幅広いアーティストと組み、創意に富むコラボレーションをいくつも実現。シャープかつユーモラスなビジュアルアートの引用がふんだんに盛り込まれたコレクションは、型破りでありながらも抵抗なく着られるものに仕上がっている。

そんなアンダーソンのロエベでの仕事を一望できるのが、現在、上海展覧中心(Shanghai Exhibition Centre)で開催されている「Crafted World」展だ(5月5日まで。その後世界各地を巡回予定)。同ブランド初となるこの展覧会は、19世紀にマドリードで皮革製品工房として誕生し、1996年にLVMHの傘下に入ってから現在に至るまで、ロエベの178年の歴史を振り返っている。しかし、中心となるのはアンダーソンの足跡だ。

3月21日に行われたプレス向け内覧会で、アンダーソンはアーティストとの関係構築についてこう振り返った。

「最初のうちは、ファッションブランドと協働してくれるアーティストを探すのにとても苦労しました。ファッションブランドというのは童話に出てくる悪いオオカミのようなもので、一方のアーティストは島のような孤高の存在だという認識が一般的だったからです。そんな中で何年も努力を積み重ね、アーティストの心情に注意を払いながら、彼らが露出過剰を心配しなくてもよいコラボレーションの形を探ってきました。今では、アーティストが安心してブランドとコラボレーションできる環境が整ったと思います」

「Crafted World」展は、ロエベの長年にわたるアーティストとの協力関係を中心に展開する。冒頭ではブランドの初期の歴史をたどる展示があり、ロエベの正しい発音を実演するコミカルな映像が流れる階段を上がると、木の幹が並ぶ展示室に出る。そこには、パブロ・ピカソの陶器作品、レブリージョと呼ばれるスペインの伝統的な陶器のボウルがあり、ロエベのバスケットバッグやバケットバッグが吊るされている。これらの陶器はロエベ・アートコレクションの所蔵品で、普段は旗艦店「カサロエベ」で商品とともに展示されている。

約150点のアートが並ぶこの展覧会では、アイルランド人彫刻家シボーン・ハパスカによる《Repressed Apple》のようなロエベ・アートコレクションの作品のほか、イギリス人アーティスト、アンシア・ハミルトンの《Giant Pumpkin No.6》のように、同ブランドとのコラボレーションから生まれた作品を見ることができる。さらには、独創的な工芸作品に対し、毎年5万ユーロ(約800万円)の賞金とともに授与されるロエベ財団クラフトプライズの受賞作品が並ぶ展示室もある。

上海で開催中の「Crafted World」展に並ぶ、ロエベ財団クラフトプライズの受賞作品。Photo: Courtesy of Loewe and OMA

アンダーソンは展示作品についてこう語る。

「(ここに展示されている)アーティストの作品には、何かしらひねりの効いたところがあります。たとえば、ピカソの陶芸作品はキッチュと言ってもよさそうなものですが、どこかユーモラスです。私は、ピカソの最高傑作のいくつかは陶器で作られたものだと思います。彼の陶器作品は、装飾的なものと絵画的なものをつなぐ、興味深い架け橋になっているのです」

展覧会のハイライトは没入型展示

数々のコラボを実施してきたアンダーソンのキュレーションによる「Crafted World」展が、ロエベとアーティストとのつながりに焦点を当てているのはごく自然なことだろう。同展には、約100人のスタッフからなるブランド内のチームに加え、オランダのスター建築家、レム・コールハースとエリア・ゼンゲリスがロンドンに設立した建築事務所のオフィス・フォー・メトロポリタン・アーキテクチャー(OMA)が関わっている。アンダーソンがロエベのチームと展覧会の企画に着手し、テーマや内容をまとめたのは約2年前のことで、昨年の夏にOMAが加わり、1600平方メートル近い展示スペースのデザインが練り上げられた。

OMAは、プロジェクトに参加した最初の段階でロエベのアーカイブを調査し、展覧会が語るべきストーリーを「より明確に」把握しようと努めたという。今回のプロジェクトリーダーを務めたOMAのエレン・ヴァン・ルーンはこう語る。

「全体像を把握してみると、興味深い発見がありました。ロエベでは、ブランドの設立当初からアーティストとのコラボレーションが行われていました。アートに対する関心は、ロエベが生まれたときからずっと続いてきたものなのです」

白い壁に解説パネルが添えられている展示室など、細心に準備された美術館の展覧会のように見える部分も多いが、最もスリリングなのは「Unexpected Dialogues(予期せぬ対話)」というセクションにある9つの没入型展示だ。各展示室はそれぞれ、特定のアーティストやコラボレーターの作品と、彼らとの関係から生まれたコレクションに焦点を当て、そのアーティストのスタイルが際立つようデザインされている。

日本の陶芸ユニット、スナ・フジタの作品を展示するスペースにはいくつもの円が切り抜かれた壁があり、来場者はそこを覗き込むようにして陶器の花瓶やティーポットに描かれた楽しいディテールや、スナ・フジタの作業風景を捉えた映像を見るよう誘われる。テキスタイルアーティストのジョン・アレンの展示室は床から天井まで絨毯で埋め尽くされ、彫刻家ケン・プライスの展示室はニューメキシコのスタジオを再現したもの。さらに、ニューヨークを拠点に活躍したジョー・ブレイナードの作品に着想を得た「動くコラージュ」のある部屋では、ハンドルを手で回すと作品が動き出す仕掛けになっている。

2015年のサマーカプセルコレクションでロエベとコラボレーションしたテキスタイルアーティスト、ジョン・アレンの展示室。Photo: Courtesy of Loewe and OMA

アンダーソンはコラボレーションをするアーティストについて、単に作品が素晴らしいからというだけでなく、独自の世界観を創造している作家や彼自身のアイデアを補強してくれる作家、あるいは対照的なアイデアを持つ作家を選んでいると語る。たとえば、2024年の秋冬メンズコレクションのランウェイショーは、リチャード・ホーキンスの絵画とデジタルコラージュで彩られていた。ホーキンスは、クィア的な欲望を表現した作品で知られるロサンゼルスのアーティストだ。

遊び心に溢れるセクシーなメンズウェアのコレクションでホーキンスと協働したことについて、アンダーソンはこう振り返る。

「しっくりくると感じたのです。ロエベはホーキンスの作品をいろいろ収集していますし、彼の作品はコレクションのアンチテーゼとしてぴったりでした。その効果のおかげで、コレクションを一段上のレベルに引き上げることができました」

この展覧会に並んでいる600点以上のオブジェや製品の中には、見るだけでなく、触れることのできるものもたくさんある。たとえば、レザーのハンドバッグで作られた高さ2メートル近いハウルの動く城の彫刻や、上に寝そべることができる等身大のトトロ、カラーレザーを集めた虹色のライブラリー、ウィリアム・ド・モーガン(*1)のタイル、ロエベの有名なパズルバッグを分解したピースなどだ。


*1 19世紀から20世紀初頭にかけて活躍したイギリスのデザイナー・陶芸家。アーツ・アンド・クラフツ運動に参加した。

実のところ、この展覧会にはガラスで隔てられた展示品はほとんどない。クラフトプライズ受賞者の繊細で複雑な作りの作品も、アンダーソンがロエベで初めて手がけたコレクションから最新のものまで69点の服をグリッド状に並べた展示も、直接見ることができる。これもアンダーソンの判断によるものだが、以前から彼は、彫刻を完全に理解するにはそれに触れる必要があると主張したイギリスのモダニズム彫刻家、バーバラ・ヘップワースに親近感を抱いていたという。その考え方をアンダーソンはこう説明する。

「ガラスの向こうに置いたとたん、衣服に対するアプローチは変わってしまいます。服が持つ触感が失われるだけでなく、視覚的にも台無しになってしまう気がします。私にはそれが剥製のように感じられるのです」

パブロ・ピカソの陶芸作品とロエベのバッグ、そしてスペインの伝統的な陶器のボウルが並ぶ展示室。Photo: Courtesy of Loewe and OMA

ファッションとは「アイデアを紹介すること」

「Crafted World」展は、アートファンにとっては新鮮な驚きだけでなく親近感を覚える部分もありそうだ。アーツ・アンド・クラフツ運動を率いたデザイナーで、長くロエベの指針となってきたウィリアム・モリスに焦点を当てた展示室もその1つ。ここではモリスの仕事に着想を得た2017年のカプセルコレクションが、自然をモチーフにした華麗なモリス柄と組み合わされているが、その模様はうねるような没入型映像として床一面に脈動している。

同じくアーツ・アンド・クラフツ運動のデザイナー、チャールズ・フランシス・アンズリー・ヴォイジーにインスパイアされた2021年コレクションは、鏡張りの部屋に展示されている。また、スタジオジブリとのコラボに焦点を当てた展示室の1つには、天井までそびえる6メートルほどのスクリーンがあり、『ハウルの動く城』など愛すべき映画から抜粋した壮麗な映像が流されている。

かつてアンダーソンは、『The Cut』誌の批評家キャシー・ホリンに、ファッションの仕事は商品を売ることだけでなく、「アイデアを紹介すること」でもあると語っていた。この展覧会はまさに、楽しく壮大なアンダーソンとロエベの脳内探検と言えそうだ。(翻訳:野澤朋代)

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