マウリツィオ・カテランの代表作は別人が制作!? フランス人彫刻家が提訴
物議を醸す題材や人目を引くポーズの彫刻が、世界中の話題をさらってきたマウリツィオ・カテラン。フランスでは今、その作品が新たな理由で注目の的になっている。作品のオーサーシップ(著作者が誰であるか)が、5月上旬にパリの裁判所で始まる訴訟の争点になっているからだ。
フランス人彫刻家のダニエル・ドルエは訴状の中で、マウリツィオ・カテランの名でクレジットされている9点の作品の作者は自分だと主張。その中には、床にひざまずいて懺悔するアドルフ・ヒトラーをモチーフにした、2001年の有名な作品《Him(彼)》も含まれる。
ル・モンド紙によると、ドルエがこの9点の「独占的な著作者」と認められるかが訴訟の争点だという。また、カテランの代理人を務めるギャラリーのペロタンと、16年にカテランの回顧展を開催したパリ造幣局博物館に対して、500万ユーロ(約525万ドル)の支払いが要求されている。
さらに、ドルエは著作者としての権利をカテランに侵害されたと主張しているが、ペロタンの弁護士はこれを否定している。審理は、知的財産権訴訟を専門に扱うパリの法廷で5月13日から開始予定とされている。
ペロタンはARTNewsへの声明の中で、この件は今後コンセプチュアル・アートが法律によってどう扱われるのかを決定づける可能性があると述べた。
ペロタンの代理人を務めるピエール=オリビエ・シュール弁護士は「現在、芸術作品のオーサーシップの判断基準となっているのは100年も前の判例法だが、これはコンセプチュアル・アートには適さない」と言及し、「判例法が進化しなければ、アート関係者に深刻な影響が及ぶかもしれない」と付け加えた。
ドルエは、フランスの著名人のろう人形を制作する作家だ。パリのろう人形館、グレヴァン美術館の有名な人物像にも彼が作ったものがある。そのうちミュージシャンのセルジュ・ゲンスブールは、ドルエのために自らモデルになっている。
彼の言い分によると、1990年代後半にカテランからコンタクトがあり、十数点の彫刻制作を依頼されたという。ペロタンも、カテランとドルエとの間の取り決めが不明確だったという点を認めているようだ。ドルエは、この取引の条件は曖昧なものだったとル・モンド紙に述べている。
ペロタンのオーナー、エマニュエル・ペロタンは、ル・モンド紙のインタビューで「考えが甘かった」と言い、ドルエとカテランが「契約については話し合っていない」と説明した。ドルエの彫刻制作に対してカテランから支払いがあった点に関しては、ペロタンもドルエも見解が一致している。
ドルエは、カテランの代表作のいくつかは彼が作ったもので、その中には《Stephanie(ステファニー)》(2003)も含まれると訴えている。これは、コレクターのピーター・ブラントの妻で、スーパーモデルのステファニー・シーモアをモデルにしたもの。ヌードのシーモアが、両手で胸を隠しながら壁の中から現れるようなポーズをとった作品だ。
《Stephanie》は、2010年にオークションで240万ドルで落札された。また、20年にはガレージ誌の表紙のために、カテランは同じようなポーズでファッションモデルのケンダル・ジェンナーを撮影している。
オーサーシップとは何か?
有名な芸術家が人を雇い、作品を部分的に制作させたり、塗りの作業をさせたりした事例は古くからある。オールドマスター(18世紀以前の著名な画家またはその作品)の時代にも、巨匠たちは大量のアシスタントを雇い、工房を運営していた。昨今のアーティストで言えば、ドナルド・ジャッドの作品では制作者に詳細な設計図を渡しており、ソル・ルウィットのウォールドローイングは、本人の精細な指示書があるので今でも再現できる。
以前からカテランは、オーサーシップを構成する要素の再解釈を自身の作品で訴えてきた。「アイデア自体が財産であると考える著作権の支配を、世界から取り除くべきだ」と18年にW誌で語っている。
同誌のインタビューでカテランは、一緒に仕事をした仲間の名前を示すクレジットは重要かという質問に次のように答えた。「法律的に言うなら、もちろんその通りだ。しかし、アーティストが刺激を受けた全ての人、全ての物をクレジットするのは難しいこともある。その刺激で沸いたアイデアが自分の体験を通じてのものなのか、他人のアイデアなのかを判断するのはほぼ不可能だ。創造性の源がどこにあるか、絶対的な確信をもって言えるだろうか?」
しかし、ドルエはカテランに依頼された仕事に関して、自分の名前が示されたことはないと言う。カテランの作品《La Nona ora(ラ・ノナ・オラ)》(1999)は、隕石にあたって倒れたローマ法王を表現した彫刻だが、この作品の説明資料には、ろうで作られた等身大の人物像がドルエの制作によるものという説明はない。
カテランがアイデアを盗んだという疑惑には、ほかにも有名な事例がある。ヴァネッサ・ビークロフトは、05年のバニティ・フェア誌のインタビューで一時期カテランと不倫関係にあったことに触れ、「私が何か話すたびに、彼はそれを現実のものにしてしまう」と語り、さまざまな憶測を呼んだ。ガーディアン紙からこの件でコメントを求められたカテランは、「何を言っても反発を食らうだけだ」と答えを避けている。(翻訳:平林まき)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月2日に掲載されました。元記事はこちら。