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中絶体験を語るイベントをニューヨークの女性アーティストたちが開催した理由

米国で人工妊娠中絶の権利を合憲とした1973年の「ロー対ウェイド判決」。それが覆すことになるかもしれない最高裁保守派判事の草案がリークされたと、政治系ニュースサイトのポリティコが5月2日に報じた。その時、アート界からはほとんど反応がなかった。

「Abortion Stories(中絶の物語)」でのパフォーマンス Shanti Escalante/ARTnews

5月初旬、ニューヨークでNADAやTEFAF、Independentによるアートフェアが、いつものように華やかに始まった。しかし、同時期にイーストビレッジで開催された「Abortion Stories(中絶の物語)」というイベントに漂う雰囲気は、まったく異なるものだった。

作家のカサンドラ・ナイネッシュが企画したこのイベントは、5月6日から8日までトムプキンス・スクエア・パークで開催された。また、その一環として、シンディ・ラッカー・ギャラリーでは、レナ・チェン、レベッカ・ゴイエット、クリステン・クリフォードといったフェミニストの作家によるグループ展を行った。

クリフォードは、かつて2020年のグループ展「Abortion is Normal(中絶は正常なこと)」で、経血を香水瓶に入れたインスタレーション《I Want Your Blood(あなたの血が欲しい)》(2013-19)を発表している。今の状況から見ると、「Abortion is Normal」展の先見性が当時よりもさらに強く感じられる。

ナイネッシュは、人工中絶を全面的に禁止したテキサス州のハートビート法に触れ、次のように語る。「1年前に合衆国最高裁の判決が納得できないものになりそうな兆しがあった頃から、このイベントを計画していた。良い方向には行かないと肌で感じたので」

ポリティコが報じたリーク記事のタイミングと、ニューヨークのアートフェア開催が重なったのは偶然だったが、シンディ・ラッカー・ギャラリーはナイネッシュのイベントに合わせて急きょ展覧会を開くことにした。「Abortion Stories」は、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)をテーマしたフェミニストアーティストたちの作品に焦点を当てている。この権利についてナイネッシュは、長い間「女性固有のものとして退けられ、見過ごされてきた」と考える。

イベントは、中絶経験者が自らの体験を語る長いセッションで幕を開けた。ロー対ウェイド判決で合憲とされる以前に中絶という経験をくぐり抜けてきた女性たちは、怒りと悲しみに包まれていた。「70、80歳になる女性もいたが、彼女たちのようなことがまた起こるなんて信じられない」とナイネッシュは言う。

その中でレナ・チェンは《We Lived the Gaps Between the Stories(私たちはこの物語の狭間を生きた)》というパフォーマンスを行った。これは、中絶医療従事者への感謝を表現したもので、チェンがウェーブ・プール・ギャラリーのアーティスト・イン・レジデンスで制作した作品をアレンジしたものだ。当時の作品は、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)に関連するハーブ類が織り込まれた大きな花冠のようなものだった。

今回は中絶医療の従事者や教育者が花冠を持ち、それをさらに大きな花冠へと編み込み、最後には中絶医療従事者たちの頭上に掲げた。その間チェンは、レジデンスでの制作中に集めた中絶医療従事者への感謝の手紙を元にした作品を朗読している。

チェンは、生後10週間の息子をアーティストのクリステン・クリフォードに預け、次のように語った。「この作品の制作は、友人の辛い中絶体験に付き添ったことがきっかけだった。自分は友人のそばで支えることができて嬉しく思ったが、たった1日でも疲れ切るのだから、中絶医療に従事する人たちの大変さは言わずもがなだ」(翻訳:平林まき)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月9日に掲載されました。元記事はこちら

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