2024年台北當代レポート。地元コレクターの旺盛な購買意欲と進む世代交代
台湾のアートフェア「台北當代(タイペイダンダイ)アート&アイデア」が、5月10日から12日にかけて開催された。US版ARTnewsではフェアの参加ギャラリーや主催者に取材。そこから浮かび上がった台湾およびアジア市場の動向をレポートする。
購買力のあるコレクターが台湾のアートシーンを主導
今年5回目の台北當代には、19の国と地域から78のギャラリーが参加。フェアのため海外から集まったディーラーやキュレーターなどのアート関係者は、衰えを知らない台湾のコレクターの購買力や、台湾の主要アート施設の企画力を目の当たりにすることになった。
9日のVIPプレビューでは、有力ギャラリーのガレリア・コンティニュアでアントニー・ゴームリーによるコールテン鋼の彫刻が62万5000ドル(約9700万円)を超える値段で売れ、今回初めて参加した複数のギャラリーもフェアでの好調な売り上げを報告している。たとえば、シドニーのコーマ(Coma)は、サンタフェを拠点に活動するオーストラリア生まれのアーティスト、ジャスティン・ウィリアムズの絵画6点を出品し、うち5点に買い手がついた。5点中の4点は各3万1000ドル(約480万円)だった。
コーマのディレクター、ユー・チェンヤンはこう語る。
「概して台湾のコレクターは、新しいアートを発見することにとても前向きです。新興市場なので、世界の主要なアート都市と比べるとペースは緩やかですが、人々の熱気が感じられます。また、コレクターの関心は、地元の作品と海外の作品の両方にバランスよく向けられているようです」
また、ウガンダのギャラリー、アフリアート(Afriart)の創設者ダウディ・カルンギは、フェア期間中に所属アーティストの作品を数点販売。「これまでに参加したアートフェアの中で最も売れ行きが良かった」と満足げだ。
今回参加した78のギャラリーのうち、初参加はアフリアートとコーマ、ロンドンのボウマン・スカルプチャー(Bowman Sculpture)、バルセロナのポリグラファ・オブラ・グラフィカ(Polígrafa Obra Gràfica)、イスタンブールのディリマート(Dirimart)とジルバーマン(Zilberman)など33軒。出展者の約25パーセントが台湾のギャラリーで、約50パーセントがアジア諸国、約25パーセントが欧米からの参加だった。過去に参加歴があり、今回も出展した大手ギャラリーは、デヴィッド・ツヴィルナー、ペロタン、エリック・ファイアストーン・ギャラリー、ガレリア・コンティニュアなど。
ギャラリーの数は、90軒が参加した2023年よりやや減少した。しかし、台北當代の共同ディレクターを務めるロビン・ペッカムは、この変化について深読みしすぎる必要はないと言う。彼は、台北當代を含むアジアのフェアは地域ごとに少しずつ異なるアートシーンにきめ細かく対応する必要があると語り、こう説明した。
「アジアのアート市場はあまりに複雑化したため、もはや香港だけでは効率的に人々のニーズに応えられなくなっています。各地域でコレクターやアーティスト、その他のアート関係者がそれぞれ議論を展開しているので、全体を1つの大きなハブに完全な形で反映させるのは難しいのです。複数の都市でフェアを開催することで個々の市場に深く入り込めますし、各地で台頭している新世代のコレクターが真に求めるものを提供できます。台北當代は、ほかのアートデスティネーションと並んで、そうした役割を果たそうとしています」
200年にわたる収集の歴史を持つ台湾では、長年蓄積されてきた文化遺産がアーティストとコレクターの両方を育んできた。ペッカムによると、現在の台湾のアートシーンを主導しているのは、オープンな姿勢と高い購買力を持つコレクターだという。それを裏付けるように、2023年のUBSグローバル・ウェルス・レポートに掲載された「成人1人当たりの資産の中央値」の世界ランキングで、台湾は12位につけている。3位の香港を除けば、韓国、シンガポール、日本など、周辺地域でアートデスティネーションとして知られる国々やアメリカは、台湾より下位にある。
台湾では4月3日にマグニチュード7.4の大地震が発生し、少なくとも10人が死亡、1000人以上が負傷した。今回のフェアでは、この震災に関する特別展「Before Thunders: An Exhibition of Taiwanese Artists(轟音の前:台湾のアーティスト展)」を、台北當代と台湾文化省の共同企画で開催。この国の生態系や環境・自然をテーマに、震源地の花蓮県をはじめとした台湾の作家たちによる作品が展示された。
台湾国内外のギャラリーによる相乗効果で国際化が進む
台湾のアーティストたちが継続的に力強い作品を生み出してきた一方、地元のギャラリーが国際的なプロジェクトを手がけるのは比較的新しい現象だと言える。ペッカムの話によると、これまで台湾で海外アーティストの紹介に貢献してきたのは個人や法人のトップコレクターで、彼らは所蔵作品を美術館に貸し出したり展覧会の開催を支援したりしている。対照的に、中国のアートシーンを先頭で引っ張っているのは、曾梵志(Zeng Fanzhi)、喻红(Yu Hong)、劉小東(Liu Xiaodong)といった有名アーティストたちだという。
フェアの期間中には、台湾各地で国際的な展覧会が開催されていた。亜州大学現代美術館(台中)では80歳の中国人アーティスト王懐慶(Wang Huaiqing)の展覧会が、台北市立美術館ではウィリアム・ケントリッジの回顧展、奇美博物館(台南)ではロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵するラファエロ、ティツィアーノ、カラヴァッジョ、レンブラント、ゴッホ、モネなど52点の作品が並ぶ展覧会が開催中だ。さらに、レンゾ・ピアノの設計で5月4日にオープンしたばかりの富邦美術館(台北)でも、コレクション展に加え、ロダンと印象派の展覧会が行われている。
アジア太平洋地域と関係の深い海外ギャラリーの中には、継続的に台北で展示を行うところも多い。たとえば、ベルリンのギャラリー・アイゲン+アート(Galerie Eigen + Art)は、2021年に台北でポップアップ展を開催。台北當代には今年3回目の出展を果たした。同ギャラリーがこのフェアに参加し続けるのは、台湾のコレクターだけでなく、ヨーロッパのコレクターにアプローチするためでもあるという。同ギャラリーのシニア・ディレクター、ホウ・シャオイはこう説明する。
「2010年以降、ヨーロッパのコレクターから中国や日本、韓国、台湾、香港、シンガポール、インドネシアのアーティストに関する問い合わせを受けるようになりました。彼らはアジアのアートの神秘性に関心を抱いているのです」
ただし、台北當代のようなフェアでアジアのコレクターに作品を売るには、その好みに合わせる必要がある。ホウによれば、アジアのコレクターは、ドイツ人アーティストのネオ・ラオホをはじめとする新ライプツィヒ派の作家、中でもクリスティーナ・シュルトの作品を好む傾向にあるという。
「アジアのコレクターはヨーロッパのアーティストとの直接的な交流が少ない分、作家の質や一貫性、セカンダリーマーケット(オークション)での価値などを時間をかけて検討します。多くのヨーロッパのコレクターが直感で即決するのとは対照的です」
近年は、アフリカのギャラリーの進出も目立ってきた。これは台北當代に限らず、台湾のアート市場全体に言える。前述したアフリアートの創設者カルンギは、台湾は洗練された市場でありながら香港ほどアフリカンアートが浸透していないため、新規顧客を見つけるのに適していると話す。
「この40年間、ウガンダでは内戦が沈静化し、比較的安定した状況にありました。生き残るための戦いに明け暮れていた人々に、芸術鑑賞や創作をする余裕が生まれたのです。しかし、南アフリカ、ナイジェリア、モロッコといったアフリカ大陸の経済大国を除いて、サハラ砂漠以南のほとんどの国々では、コレクター層と呼べるものは存在しません。一方、世界に目を向けると、アフリカ出身のアーティストたちがヨーロッパやアメリカの主要なアート都市で知名度を上げてきています。とはいえ、欧米のキュレーターがアフリカの才能を発掘しようとするときには、すでにヨーロッパの大都市に住んでいるアフリカ系作家を選ぶ傾向にあります。つまり、彼らがアフリカ大陸にまで足を運び、あちこち見て回ることは稀です。だから私たちの方から世界に出て行って、作品を見せる必要があるのです」
カルンギは、台北當代を作品の販売だけでなく、台湾のキュレーターやスポンサーとの接点を作る場として活用し、台湾などアジアの美術館でアフリカ美術を紹介する大規模展を開く足掛かりにしたいと抱負を語った。
オークション派の旧世代からギャラリー派の新世代へ
台北當代には、アフリアートを含む多くの海外ギャラリーが出展したが、ペッカムによると台湾市場は転換点にあるという。主にオークションでセカンダリーマーケットの作品を収集してきた台湾のトップコレクターたちは、今や70歳代から80歳代。一方、勢いを増しているのはグローバルな嗜好を持つ若い世代のコレクターたちで、彼らの収集の場はプライマリーマーケット(ギャラリー)を主としている。
現在、中国製品に対する需要の鈍化や国内不動産市場の暴落により、中国の景気は冷え込んでいる。また、香港の議会が国家安全条例案を可決したことで、アート界では台湾を含む中国語圏のアート市場全体に悪影響が及ぶのではないかと警戒する声もある。
しかし、ペッカムはそうした懸念を一蹴する。中国でIT企業や製造業の会社を経営していることが多い台湾の富裕層は、中国の不動産市場や株式市場には深く参入しておらず、むしろアメリカとのつながりが強いため、中国経済の低迷から大きな打撃を受けていないというのが彼の見立てだ。また、多くの台湾人コレクターは中国で抜け目なく取引をしており、市場が低調な今、安い価格で買い集めているという。
ペッカムは、「実のところ、今はいろんな意味で台湾のコレクターにとっては好機なのです」と語る。(翻訳:野澤朋代)
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