若い富裕層は資産としてのアート活用に積極的。米富裕層調査から見る「世代間の違い」
6月18日、バンク・オブ・アメリカ・プライベート・バンクが2024年の富裕層調査の結果を発表。それによると、44歳以上とそれ以下の世代では傾向が大きく異なることが分かった。同調査から美術品所有に関する内容をダイジェストしてお伝えする。
若いコレクターとシニア層との顕著な違い
近年、美術館は若い世代のアートパトロンを獲得しようと躍起になり、オークションハウスは大規模オークション開催のために一流作品を手放してくれる売り主を見つけようと奔走し続けている。そんな中、バンク・オブ・アメリカ・プライベート・バンクがアメリカの富裕層を対象に実施した調査(*1)では、各世代のアートコレクターがどのような意向を持っているかについて新たな考察が示された。
なお、今年1月と2月に行われた最新調査の結果は、21歳以上で、世帯あたり投資可能資産が300万ドル(直近の為替レートで約4億7000万円、以下同)以上という条件を満たす全米1000人以上の回答に基づいている。
*1 本調査「Bank of America Private Bank Study of Wealthy Americans」は隔年で実施される。
6月18日に発表された2024年の調査結果(*2)によると、44歳以上のコレクターのうち、今後1年以内に自分のアートコレクションから作品を売却する可能性が「非常に高い」と答えた人はわずか6%と、2022年の25%から激減している。一方、21歳〜43歳のコレクターでは、今後1年以内に古美術品をコレクションしたり、所有作品をローンの担保にしたり、作品を新たに購入したりする可能性が、44歳以上の世代よりかなり高いことが分かった。
*2 2024年調査の回答者の比率は、57歳〜76歳のベビーブーマー世代が最多の65%(2022年は62%)。次いでX世代の16%(2022年は20%)、ミレニアル世代の12%(2022年は9%)、Z世代の1%(2022年は1%未満)と続く。相続による資産を所有する回答者は、2024年調査では全体の32%で、2022年の28%を上回っている。
バンク・オブ・アメリカのシニアバイスプレジデントでアート関連サービスのスペシャリストであるドリュー・ワトソンは、US版ARTnewsの取材にこう答えた。
「多くの顧客にとって、(アートは)バランスシート上、最も価値のある資産の1つであるにもかかわらず、相続計画に組み込まれることは多くありません」
回答者の構成を年代別に見ると、ミレニアル世代とZ世代の合計は13%で、X世代とベビーブーマー世代が81%と大多数を占めている。しかし、現在10万ドル(約1570万円)以上のアートコレクションを所有していると回答した人の構成比は、若い世代が40%、シニア世代は17%だったことは注目に値するとワトソンは言う。また、若い世代では美術品の所有に「非常に興味がある」と回答した人が18%、「やや興味がある」が25%であったのに対し、44歳以上では、「非常に興味がある」が2%、「やや興味がある」が15%と、大きな開きがあった。この結果を裏付ける動きについて、ワトソンはこう説明する。
「(若いコレクターが)市場に大量に流入しています。その結果、それぞれの取引額は上の世代に及ばないにしても、全体として市場を動かす力になっているのです」
また、若い世代の富裕層の特徴として、アート収集の経済的パフォーマンスに対する期待が高いことが挙げられる。一方、シニア世代では、美術と資産を分けて考える傾向が強いという。
アートコレクター全体で見ると、美術品を資産運用の一部として考えていると回答した人は56%だが、若い世代に限るとほとんど全員の98%がそう答えている。さらに若いコレクターの28%は、美術品をローンの担保とすることに抵抗がないという。ワトソンはこの点を強調し、「世代間で大きな違いが見られる」と分析する。
また、高額の美術品を所有する富裕層の78%は、コレクションを子孫や相続人に引き継ぐことが重要だと回答。遺産として相続している場合は90%と、その傾向がさらに強い。しかし、若い世代は美術品の好みが親世代と異なっており、それがコレクションの経済的価値を重視する傾向につながり、結果として売却に至るケースが少なくないとワトソンは言う。
「彼らが新しく美術品を購入しようとするときには、自分自身の個人的な好みを反映した作品や、自分の世代に語りかけるような、現代の社会を反映した作品に目を向ける傾向にあります」
国際情勢の緊張が高まる今は「売り時ではない」
一方、44歳以上のアートコレクターの間では、所蔵品の売却意向が著しく縮小している。前述のように、今後1年間に作品を売却する可能性が「非常に高い」と回答した人の割合は、前回の25%から、今回は6%にまで減少した。ワトソンによると、その背景には過去2年間における売り手と買い手の思惑の「大きなギャップ」があるという。
2022年は世界的にコロナ禍が収まり、アート市場がピークに達した年だった。しかし、金利の上昇やロシアによるウクライナ侵攻といった国際情勢の不安定化、さらには金融市場の乱高下が、そうしたミスマッチにつながったという。ワトソンはコレクター心理をこう分析する。
「コレクターの間では、どうしても現金が必要というわけではない限り、今は売り時ではないという見方が強いのでしょう」
バンク・オブ・アメリカが収集したオークションのデータ(今回のレポートには含まれない)でも、今年5月にニューヨークでオークションに出品されたトップロットの作品──3000万ドル〜5000万ドル(約47億4000万円〜79億円)の価格帯──のうち、落札されたのは12点で、昨年同時期の17点をかなり下回っている。それに対し、全体の5分の1にあたる下位の価格帯の作品に限ると、まだ「かなりの動き」があり、予想落札価格を26%上回る結果になった。
「現在のハイエンド市場では、供給が減少傾向にあり、入札者も集まらないのです」
さらに、購入意向にも年代による違いが鮮明に出ている。今回の調査結果では、若いコレクターの78%が今後1年間に作品を購入する可能性が「非常に高い」と回答したのに対し、上の世代のコレクターでは34%にとどまった。ワトソンは、11月の米大統領選前は動きが鈍いものの、年内に予想される利下げが投資家心理を後押しし、市場の好反応につながるだろうと考えている。
若い世代はアートローンに前向き
今回の調査結果では、若いコレクターの半数近くがモダニズムや印象派のアートを収集しており、コンテンポラリーアートを収集しているという回答は33%にとどまった。ワトソンは、数年前のコンテンポラリーアートの人気ぶりを考えると、今回の調査結果は意外だとしつつ、現在は市場がより保守的になっていることに加え、コンテンポラリーの一流アーティストの作品があまりにも高騰したために敬遠されているのではないかと推測している。
また、古美術を収集していると答えたコレクターは、若い世代では49%だったのに対し、シニア世代のコレクターでは14%という結果だった。この点についてワトソンはこう言った。
「2000年前のすばらしい作品を、1万ドルから2万ドル(百数十万から300万円強)という価格帯で買えるのは、とても買い得だと感じられるのではないでしょうか」
ITバブル崩壊による2000年末の市場縮小、2008年の金融危機、そして2000年代初頭以降、年間売上高が3倍に達したアート市場の好況期を見てきたワトソンは、こうした環境がミレニアル世代やZ世代の富裕層に美術品資産の投資効果への高い期待を抱かせるようになったと見ている。
さらに、相続したアートコレクションの作品を借り入れの担保にすると答えた比率は、若い世代で13%、シニア世代で2%と、ここでも大きな開きがある。
ワトソンによると、若いコレクターが作品を売却せずに、ローンの担保として美術品を利用する傾向が強まった背景には、売却した場合には諸費用や各種の税金がかかることなど現実的な理由がいくつかあると指摘し、こう付け加えた。
「アートを売って(その作品の)所有者ではなくなれば、暮らしの中で作品を楽しんだり、その作品に興味を持つ他の人々とのつながりを持ったりできなくなります。実は、そうしたことがアート収集の最大の動機であることが調査には示されています」
業界大手のバンク・オブ・アメリカなど各金融機関が提供するアートローンでは、顧客は作品を保有したまま、多様な目的のために融資を受けることができる。ワトソンによれば、事業成長への投資、裁定取引(サヤ取り)戦略の一環としてのヘッジファンドやプライベート・エクイティ・ファンドへの再投資、伝統的な不動産融資の代替手法、ライフスタイル面での資金調達、慈善事業への寄付など、目的は多岐にわたる。
また、21歳〜43歳の若い世代では、投資ポートフォリオの14%を暗号資産が占めている(44歳以上では1%)という。しかし、「NFTは多くの顧客にとって、関心分野ではなくなった」として、ワトソンはこう語った。
「暗号資産の価値が暴落して以来、基本的に市場は動きがありません。ブームを引き起こしたのは、大部分が投機目的だったようです」(翻訳:清水玲奈)
from ARTnews