「タバコを吸う女性像」にシンガポール政府が修正命令。アーティストは「検閲」と反論
シンガポールのチャイナタウンにこの4月に完成した壁画が、物議を醸している。そこに描かれている若い女性がタバコを吸っていることから、政府が修正命令を出したためだ。
シンガポールのチャイナタウンにあるパブリックアートに対する政府命令をきっかけに、女性の表象や検閲をめぐり様々な議論が巻き起こっている。
今年4月に完成したこの大きな壁画を手掛けたのは、シンガポールが拠点のアメリカ人アーティスト、ショーン・ダンストン(50)。壁画には、火のついたタバコを手に椅子に腰掛けるサムスイの女性が描かれている。サムスイとは、中国語で「赤いスカーフ」の意味で、1920年代から1940年代にかけて建設業や工場での仕事を求めてシンガポールに移住してきた中国人女性移民のグループを指す言葉だ。
しかし完成から約1カ月後の5月8日、シンガポールの都市再開発局(URA)は、この壁画が「シンガポールの禁煙政策のスタンスに沿わない」と建物の所有者に通達。さらに、ストレーツ・タイムズ紙によれば、URAは6月18日にも所有者に対し、壁画に描かれた女性は「勤勉なサムスイの女性というより売春婦のように見え、不快だ」という一般市民からのコメントとともにメールを送った。
URAは7月3日までに作品の「修正案」を提出するよう求め、これに応じない場合は、7月27日に期限を迎えるこの建物の臨時レストラン許可証の「更新申請」に影響がでることを示唆したという。
2009年からシンガポールを拠点に活動するダンストンは、6月19日にURAのメールとタバコのイメージの修正命令について、次のようにインスタグラムに投稿した。
「壁画に対し批判的な人々へ。セックスワーカーの人々はとても勤勉であり、皆と同じように敬意をもって扱われるべきであると言いたい。ぜひ、あなた方の母親たちに聞いてみるといい。また、終わりなき重労働の合間のたった2分間、タバコを楽しもうとするサムスイの女性の姿があなたを不快にさせたのなら、それほど嬉しいことはない。あなたは文字通り、私のターゲット層なのだから」
ダンストンはまた、高齢ではなく若いサムスイの女性を描くことにこだわったといい、ストレーツ・タイムズの取材に、「URAからの命令は『シンガポールの芸術の可能性を抑圧するもの』であり『非常に残念』」と語った。
サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙によると、サムスイの女性たちの中には仕事が終わるとタバコを嗜み、彼女たちの特徴である赤いヘッドスカーフの中にタバコを入れていた女性もいたという。彼女たちの多くは、現在ダンストンの壁画がある地域に住んでいた。
また、女性の権利擁護団体のAWAREは6月24日に声明を発表し、この壁画が「粘り強い労働者たちの歴史的現実から大きく逸脱している」と指摘した上で、URAが引用した「売春婦のように見える」という市民のコメントに対しては、「有害な家父長制の固定観念を支持するものであり、性労働者に対する敬意を欠く」と批判している。
ダンストンは6月25日にもインスタグラムに投稿し、URAの命令がネット上で拡散した影響について言及した。
「今、私の壁画に対して数十万人、いや、百万人もの人々が大批評会を展開し、勝手に分析したり称賛したり、ボロクソに言ったりしている。この状況はシュールかつ不条理だ。私の脳内ではドーパミンとコルチゾールが同時に駆け巡り、心身ともに疲弊している」
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