米宗教団体が女性像の頭部を切断か。作家はハリケーン「ベリル」に紛れた「卑怯な暴力行為」と非難
7月8日、アメリカ・ヒューストン大学のキャンパスに設置されていたパキスタン出身のアーティスト、シャジア・シカンダーによる高さおよそ5.5メートルの銅像の頭部が切断された。大学当局は何者かによる犯行とみて捜査中だ。
7月8日にテキサス州ヒューストンに上陸し、甚大な被害を出したハリケーン「ベリル」。その影響で停電に見舞われていたヒューストン大学で、校内に設置されていたパキスタン出身のアーティスト、シャジア・シカンダーによる高さおよそ5.5メートルの銅像の頭部が斬り落とされているのが発見された。
同校の広報担当エグゼクティブディレクターであるケビン・クインによれば、ハリケーン・ベリルが地域を直撃していた月曜日の早朝に銅像が破壊されていたことを知ったという。第一報を報じたニューヨーク・タイムズは、ヒューストン大学当局が監視カメラの映像を確認したところ、反中絶を掲げるキリスト教団体「Texas Right to Life」による犯罪である可能性が高く、当局が捜査を進めているとしている。
女性と正義に言及したこの像は《Witness(目撃者)》と題されており、カラフルなモザイクのリボンで彩られた金属製のフープスカートをはいた女性を描いている。その髪は丁寧に編まれ、一対の角を形成しており、首元には、故最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグが着用していたものを彷彿させるレースの襟がつけられている。
銅像はヒューストン大学に移設される前の5カ月間、2024年1月から6月初旬まで、ニューヨークのマディソン・スクエア・パークで展示され、アート業界内外から絶賛されていた。しかしその後、同校の広場に移されるやいなや、プロライフ(*1)を支持する「Texas Right to Life」による「悪魔の中絶偶像をテキサスから締め出せ!」という激しい抗議に直面していた。大学側はこれにより、銅像のお披露目イベントとシカンダーを招いてのアーティスト・トーク、そしてシカンダーのビデオ作品の上映の中止を余儀なくされた。
しかしシカンダーは、この作品のアーティスト・ステートメントにおいても悪魔崇拝について一切言及していない。むしろ彼女は、アート・イン・アメリカ誌の記事の中で「Texas Right to Life」による抗議運動に触れ、銅像の特徴である「雄羊の角は、強さと知恵の普遍的なシンボル」であり、「悪魔崇拝的なものではない」と明言している。
この記事の中で執筆者のエレノア・ハートニーは、女性が力を獲得することがしばしば忌避され恐れられる世界で、自身の作品を通じて女性の不可視性に立ち向かってきた作家による「女性の自立のシンボル」を撤去せよという声は、皮肉にも、彼女がそもそもこの像をつくった理由を強調することとなった、と書いている。
今回の破壊行為は、これまでの抗議運動がエスカレートしたものとみられ、シカンダーは「憎悪に満ちた暴力行為」と批判し、犯罪として捜査されるべきだとニューヨーク・タイムズ紙に語っている。
またシカンダーは、本件に関するUS版ARTnewsの取材に対し、「この暴力行為をハリケーンの被害にしようとする卑劣さを指摘することが重要」と述べ、「ヒューストン大学に対し、それが憎悪に満ちた意図的な破壊行為であることを証明するため、監視カメラの映像を公開するよう強く求める」と続けている。
1969年、パキスタンの古都ラホールに生まれたシカンダーは、現地の国立芸術大学で伝統的な細密画を学んだのち、アメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザインで修士号を取得。ホイットニー・ビエンナーレやヴェネチア・ビエンナーレなど世界有数の芸術祭や美術館で作品を発表しており、2006年にはマッカーサー財団「天才賞(Genius Grant)」を受賞した。また、今年のヴェネチア・ビエンナーレの関連イベントとして、パラッツォ・ソランツォ・ファン・アクセルで大規模な回顧展が開催中だ。
クインは当初、破壊された作品の修復についてシカンダーや専門家と協議を始めているとしていたが、シカンダーはニューヨーク・タイムズ紙に、「私は、修理することも隠すことも望んでいない。それよりも、何が起きたのかを暴き、作品はこのままの姿で設置し続けられることを希望する。私はこれからも新しい作品を制作し、これまで以上に精力的に制作に励みたい」と語った。クインもこれを受けて、7月11日、「私たちはアーティストの意思を尊重し、この彫刻はそのまま残します」と訂正している。(翻訳:編集部)
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