原子炉ではなく《元気炉》──心身を整えながら社会課題に触れるアート体験をレポート

現代美術作家の栗林隆によるスチームサウナ式のインスタレーション《元気炉》が「AOMORI GOKAN アートフェス」を巡回中だ。薬草スチームを浴び、副産物のハーブティーを味わいながら元気になることをテーマとした作品の魅力をレポートする。

栗林隆による《元気炉》 開催初日、青森県立美術館での展示風景。Photo: Kuniya Oyamada

現代アートを扱う青森県内にある5つの美術施設が共同で開催したアートイベント「AOMORI GOKAN アートフェス」。本アートフェスのプログラムの一つとして8月9日〜9月1日の間に現代美術作家の栗林隆による《元気炉》が、青森県立美術館、青森公立大学 国際芸術センター青森、八戸市美術館、十和田市現代美術館、弘前れんが倉庫美術館を巡回する。開催初日となる8月9日、本作を体験する機会を得た。

社会や自然、空間の内外など、至る所に存在する「境界」に焦点をあてたインスタレーション作品で知られる栗林。2020年11月に富山県の下山芸術の森発電所美術館で発表された初号機から継続的に制作している本作品は、原子炉を摸した構造物の中に開催場所の近辺で採取された薬草(青森県立美術館ではビワや笹の葉、そしてレモングラスが使われていた)の香りをまとわせた蒸気を発生させ、中に入った観客が作品と一体となるスチームサウナ式の体験型インスタレーションだ。

《元気炉》シリーズを手がけた背景を栗林は二つ挙げており、その一つが、ダイビングのインストラクターとして生計を立てていたころに、タイで出会ったスチームに薬草を煎じたサウナだったという。「身体が不調に陥ったときには必ず薬草スチームサウナで身体をメンテナンスしていました。これを体験して以来ぼくは、いつか自分の作品にサウナを取り入れたいと何十年も考えていたのです」

また、2011年からたびたび東日本大震災の被災地を訪れていた栗林は、現地の人々から元気をもらい、励まされるようになった経験も《元気炉》を作るようになった理由だと語る。「原発に賛成・反対と白黒つけるのではなく、このセンシティブな問題を違う形で昇華できないかと考えていました。スチームサウナとして機能する作品を、現在日本で稼働している原子力発電所と同じ数、あるいはそれ以上の数を作るというコンセプトのもとこの作品はスタートしています。サウナの後、みんなが異常に元気になるので『原子力発電じゃなくて元気力発電だね』という言葉遊びから、自然に《元気炉》というタイトルが決まったんです」

栗林隆と《元気炉》。Photo: Kuniya Oyamada

というわけで、いざ《元気炉》へ。下着姿になり、現場で借りたバスタオルとサンダルを身につけて中に入ると、限りなく裸に近い姿でアート作品を体験している状況に、不安と居心地の悪さが湧いてくる。

しかし、薬草のスチームが充満する空間に座ると、そんなことはどうでもよくなる。視界が奪われると警戒心やプライドのようなものがすべて取り払われ、肉体はもちろん心の緊張感もほぐれてゆく。嗅覚や聴覚は次第に研ぎ澄まされ、呼吸は深まり、ビワやレモングラスが香る薬草スチームが体内に流れ込む。日頃の不摂生が帳消しされるような気分だ。と同時に、自分がまるで、薬味や香草とともに蒸されている肉塊のようにも思えてくる。

サウナ室の中で存分に薬草を浴びたのちに《元気炉》を出ると、今度は窯の中で煮出された薬草のお茶が振る舞われる。この日の青森は気温は31℃と真夏日だったが、サウナ内と外気に40℃近くの温度差があると肌寒さを感じ、身体が急激に冷えていく。そんなときに体内に流し込まれる熱いお茶は、格段においしい。サウナ室と外でお茶を飲みながら談笑するコミュニティがそれぞれできあがり、その境界が次第に交わり合うことがこの作品の醍醐味だと栗林は言う。「《元気炉》を見ただけではこの作品を完全に知ることはできません。視界が閉ざされ、嗅覚や周囲の音が強調して感じられ、元気になっていく体験をぜひ味わってほしいです」

Photo: Kuniya Oyamada

われわれはいま、経済や教育などの格差、人種ジェンダーセクシュアリティなどをめぐる差別、そして、複雑に歴史が絡み合う紛争を目の当たりにしている。原子力発電の是非もそうした問題の一つだが、その存在を日常の喧騒の中に隠し、対峙することを避けようと思えばできてしまう中で、「賛成/反対」「よい/悪い」という単純な二項対立ではなく「健康になる」というあらゆる違いを乗り越えてしまうポジティブな目的をもった《元気炉》のようなアート作品を通じて、問題がそこに存在することを認識する機会を得たことは、個人的にも救われた気がした。

視覚が奪われるサウナ室の中で汗を流し、他の4つの感覚が研ぎ澄まされた状態で、周囲の人とコミュニケーションを取りながら心身の健康状態を整える。そうしたリラックスした状況の中で、自分たちを取り巻く社会課題の存在をまずは認識することが大切なのだ。

なお、本アートフェスでは、「Aomori GENKI-RO Trip」と題して、青森の各地域に伝わる郷土音楽からジャズ、クラッシック音楽など、地元で活動する奏者たちと音楽家の辰田翔によるライブ演奏も行われる。当日は各館ごとにドリンクやフードの出店もあり、アーティストと参加者が共に楽しめる企画となっている。本アートフェスの最終日となる9月1日まで《元気炉》は、5館を巡りながら、フィナーレを弘前れんが倉庫美術館で飾る予定だ。

Aomori GENKI-RO Trip

八戸市美術館 ※展示のみ、サウナ稼働はなし
日程:8/18、8/19、8/21
時間:10:00〜21:00(8/18)、10:00-19:00(8/19, 21)
場所:美術館内「スタジオ」

十和田市現代美術館
日程:8/24、8/25
作品稼働時間:8/24 17:00〜19:00
場所:美術館 前庭

弘前れんが倉庫美術館
日程: 8/28〜9/1
作品稼働時間:8/30〜9/1 全日17:00〜20:00 ※8/30、31 は夜間開館
場所:土淵川吉野町緑地(弘前れんが倉庫美術館前)

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