ネオンは「ことばの体」──横山奈美がGUCCIとのコラボレーションで試みたこと

グッチが日本上陸60周年を記念し、日本の伝統工芸作家およびコンテンポラリーアーティスト6名とのコラボレーションを通して、同ブランドのヴィンテージバッグをアートへと高めるという類のないプロジェクト「Bamboo 1947: Then and Now バンブーが出会う日本の工芸と現代アート」を開催中だ。ARTnews JAPANでは、中でも横山奈美と八重樫ゆいの2名の現代アーティストに注目。ここでは、日常の中で消耗されていくもの、廃棄されていくものに光を当てる横山に、自身の実践をどう今回のコラボレーションに生かしていったのか話を聞いた。

──横山さんは、シンプルな英語の単語をネオン管で制作し、そのネオン管が光る様子を、光が微妙に照らし出す周辺の環境も含めて油絵具で描くというアプローチをとっています。今回のグッチとのコラボレーションにおいても同様のアプローチで、アイコニックな「LOVE」を含めた7つの言葉を用いていますね。まずは言葉選びのプロセスを教えていただけますか?

今回、10点のヴィンテージバッグに作品を描いたのですが、選んだ言葉の多くは、これまで自分の作品の中で最も描いてきた「LOVE」のように、今まで自分が作品に用いたことがあるものです。ただ、同じ言葉でも今回のために新しい描き方を試みた作品もあります。10点の中で唯一、今回初めて挑戦した言葉があるのですが、それが「Moment」です。

──なぜ「Moment」だったのでしょうか?

グッチとのコラボレーションということもあり、ブランドを体現するいくつかの言葉を提案していただいた中から選びました。通常、私はネオン管の制作にはじまりそれを絵画として描くまで、長い時間をかけて制作します。他方、「Moment」は「一瞬」や「瞬間」を意味する、私の制作過程とはある意味、真逆の言葉。多くの時間をかけて「一瞬」を描くという矛盾が面白いと思いました。

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Photo: Courtesy of Gucci
Photo: Courtesy of Gucci

──ファッションのトレンドは多くの場合一過性で、その意味で「Moment」的です。でも、今回アート作品としてアップサイクルされたヴィンテージバッグは、そうした「Moment」を乗り越えて普遍的な価値を獲得したものとも言えると思います。そんなバッグに作品を描くという経験から、新しい発見はありましたか?

これらのヴィンテージバッグにはすでに長い歴史があり、独自の存在感があります。だから、バッグと自分の作品を融合させようとするよりは、いつも通り四角い枠の中で絵を描くことで、ちょっと不自然なくらいに対峙し合っている方が面白いんじゃないかと考えました。

言葉を介したコミュニケーションでも、完全に相手を理解することは難しいですよね。今回のコラボレーションを通じて、私が完全にグッチの歴史やそれが培ってきたコンセプトを理解して自分に取り込むことはできない。だったら、理解するというスタンスから、ただそれを受け入れ、私の表現をバッグに置いてみるというスタンスにしてみたらどうだろう、と。私の作品自体、いつもそうした思いが背景にあります。

また、バッグには存在の前提として、モノを入れて運ぶという機能が求められますが、絵画は大抵の場合、壁などに固定され、鑑賞者が眺めて何かを感じとるもので、機能性は問われません。今回バッグに絵を描くことの面白さを感じたのは、自分の絵がバッグの所有者に持ち歩かれるという状況であり、そうされることで絵画がとても気軽な存在になるかもしれない、ということです。持ち主の日常生活の中で使われることで、自分が描いてきた作品、そこにある言葉が、より軽やかな存在になるかもしれないという点に興味を持ちました。

──レザーに描く上で、苦労された点もありますか?

レザーに描いたことがなかったので、皮革用塗料などいつもとは異なる画材で実験もしたのですが、最終的に、やはり油絵具で描きたいと考えました。油絵具で描いてもバッグとしての機能を損なわないよう、下地や表面のコーティングなどを試行錯誤する過程が、今回最も重要な挑戦だったと思います。

──横山さんはそもそもなぜ、ネオン管で言葉を作り、それを描くという作風に至ったのでしょうか。 

西洋絵画が日本に輸入されたのは、江戸時代末期です。以降、さまざまな作家が西洋絵画の歴史を学び模倣して、なんとか自分のものにしようとしてきました。それはいまの作家にとっても同じで、私自身、レオナルド・ダ・ヴィンチフェルメールの絵画への憧れからアーティストを志しました。いつか、彼らのように描けるようになりたい、なれるかもしれないという期待を抱きながら制作に取り組んできましたが、続けるほど、あるいは技術や知識を習得するほどに彼らがいかに遠い存在であるかを実感しました。ではどうすれば、アジア人の女性として、自分の絵画を描くことができるのか。

そう悩んでいた学生時代に、岸田劉生の回顧展を訪れたんです。彼は自分の娘やリンゴ、友人が作った湯のみなど、徹底的に身近なものを描きました。確かに私にとって西洋絵画は太刀打ちできないものですが、私も劉生のように身近なもの、例えば自分の足元に落ちている、もしかしたら捨てられてしまうようなものを描けば、私独自のリアリティを作品に与えることができるんじゃないかと考えたんです。

以降、劉生の描き方を借りる形で、現在のネオンの作品にも繋がる、天板の上に置かれたオブジェクトを描くというアプローチをとりはじめました。

最初はトイレットペーパーの芯やフライドチキンの骨といった、捨てられるものをモチーフにしていたのですが、ある日、近所を散歩中、クリーニング店の今にも消えそうなネオン看板に目を奪われました。今まで気にも留めていなかったけれど、ネオンはガラス管の後ろに配電線やフレームがあって、それによって光っている。私はそれまで、看板の全体像ではなく光の部分しか見ていなかったことに気づきました。光のうしろ側にあるものの存在を意識したことで、なぜ自分が身近なものの中でも「捨てられるもの」に魅せられるのか、腑に落ちたんです。そうしてネオンを構造ごと描くようになったのですが、次第に、ネオンの構造は「言葉のからだ」だと感じるようになりました。ひと口に「LOVE」といっても、その言葉を発したり書いたりする状況ごとに質や重みは変わります。ネオンであれば、そんな言葉の複雑さに実体を持たせることができると思ったんです。

──横山さんが選ぶ言葉は、非常に簡単な、誰でもわかるという意味で記号性の高い英単語です。記号性が高いがゆえに、世界中で大量消費されてきた感があります。あえてそうした言葉を選ぶ理由を教えてください

最初に「LOVE」を描いたのは、まさに世の中に溢れすぎている言葉だと感じたからです。英語が母国語でない地域も含め、世界中で使われてきた単語ですし、私自身、カラオケで何度「LOVE」と歌ったかわかりません。なのに、「LOVE」とは何かと問われても明確に答えられない。育った文化背景によっても言葉の重みは変わるし、コミュニケーション上の齟齬も増える可能性が高い。そうした矛盾に興味があるんです。今回も用いた「PAINTING」は、私がネオンシリーズで最初に描いた言葉なんです。誰でも知っている簡単な単語ですが、私には複雑な言葉。というのも、私は画家なので、描くとはなにかをずっと考えているから。そうした記号性の高い言葉をモチーフに、その本質を絵画で探求していく実践を通じて、言葉の意味が使う人の数だけ拡張されていく感じが面白いんです。

──世界の共通言語である英語もそうですし、伝統的なメディウムである油絵を選んでいるところにも、どこか世界と繋がりたいという横山さんのメッセージがあるように思います。

自分の制作の原点には、いつも「なぜ私はそれに注目したのか、考えたのか、行動したのか」を知りたい、という欲求があります。それを掘り下げていく行為が、私にとって絵を描く実践なんです。

その過程で、自分の個人的な疑問や問いが、より大きな世界につながることがあります。例えば私は若い頃、ブリトニー・スピアーズになりたい! と思っていましたが、もちろんなれるわけがない(笑)。私がフェルメールみたいに描きたいけどフェルメールにはなれないのと同じです。ではなぜ私はブリトニー・スピアーズに憧れるのかを考えると、当時のファッション誌に登場するのは白人のモデルが圧倒的に多く、その美の基準が、日本で生まれ育った私の中に内在化していることに気づくわけです。でも、なぜブリトニーになれないのか、なぜ日本人の私の美の基準が白人なのかを掘り下げていかない限りは、もっと大きな社会には繋がれない。ある種のパラドックスですが、自分と世界とのつながりを知るために、自分の文化背景にはない、けれど世界の共通言語である英単語や西洋画にこだわりを持っているのかもしれません。

──最後に、今回のコラボレーションを通じてご自身の実践とグッチの美意識との共通点がもしあれば、教えてください。

グッチ生誕の地であるフィレンツェが、私は大好きなんです。小学2年生の時に家族旅行で訪れたフィレンツェでボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》を見たのが、私が初めて絵画に触れた原体験でした。両親曰く、作品の前から離れなかったそうです。今回のコラボレーションは、偶然にも自分の芸術的原体験とつながる機会となりました。

Bamboo 1947: Then and Now バンブーが出会う日本の工芸と現代アート
会期:8月2日(金)〜9月23日(月・祝)
会場:グッチ銀座 ギャラリー
時間:11:00〜18:00(最終入場 17:00/8月2日〜4日は最終入場16:00、17:00終了)
入場料:無料

Photos: Kaori Nishida Text & Edit: Maya Nago

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