ARTnewsJAPAN

バッグという支持体との対話──八重樫ゆいがGUCCIとのコラボレーションで試みたこと【Bamboo 1947: Then and Now バンブーが出会う日本の工芸と現代アート】

グッチが日本上陸60周年を記念し、日本の伝統工芸作家およびコンテンポラリーアーティスト6名とのコラボレーションを通して、同ブランドのヴィンテージバッグをアートへと高めるという類のないプロジェクト「Bamboo 1947: Then and Now バンブーが出会う日本の工芸と現代アート」を開催中だ。ARTnews JAPANでは、中でも横山奈美と八重樫ゆいの2名の現代アーティストに注目。ここでは、小さなキャンバス空間に色面や線の重なりで繊細な作品世界を創出する八重樫に、自身の実践をどう今回のコラボレーションに生かしていったのか話を聞いた。

──八重樫さんの作品は、色の面の上に太さの異なる線がフリーハンドで塗り重ねられた、とても繊細な抽象画です。その上であえて伺いたいのですが、八重樫さんは「何を」描こうとされているのでしょうか。

私の作品には、例えば風景や人物などいわゆるモチーフはありません。私はモチーフにもそれが持つ意味にも、あまり興味がないのだと思います。

それよりも、絵画がどのように描かれていくのか、ということに興味があります。絵画の構造や仕組み、出来上がっていくシステムのようなものを実践を通じて探究しているのだと思います。

──なぜ、構造や仕組み、システムを探究する方向に向かわれたのですか?

こういう作品に至ってから15年ほど経つのですが、それ以前、美大で学んでいた頃は、作品の主題のようなものを「自分の内面から見つけなければならない」という思い込みに囚われすぎて、なかなか納得いくものが描けず悩んでいました。教授からも「本当にこれがやりたいことなのか?」と指摘されることがあり、一度、その考えから距離を置いてみることにしたんです。

おそらく当時は、コンセプトやプレゼンテーションなどにばかり意識がいって、実際のところ、手が全然動いていなかったんだと思います。作品すら見えていなかった。そこから、とにかく周りにあるもの、目に見えるものをどんどん描くようになると、そうした思い込みから抜け出すことができた一方で、手やお皿、葉っぱなど具象的なモチーフを描いても、いつもどこかに違和感が残りました。何がよくて何がよくないのか、どこが自分の作品の完成か、判断することができず、どうすれば作品を良くすることができるのか分からなくなってしまったんです。

これを乗り越えるには、いま目の前の絵画の中で起きていることを自分自身できちんと整理する必要があると考えました。そこである時、私物のシャツのチェック模様を、そのまま描いてみたんです。チェックの柄って、分解して見ていくと、下側が透けていたり線が重なり合う部分は色が濃かったり、細い線や太い線が混ざっていたりと、色々な要素がありますよね。それを自分なりに一度解体して、絵画として再現してみる試みでした。

チェック柄を描いただけなので完成した作品自体は大したものではないものの、その過程で、これまで抱いていた違和感が溶けていき、そこには自分の考えていたことややりたかったことが網羅されていることに気づきました。これでいいんだ、と腑に落ちたんです。

関連記事:人間国宝の桂盛仁から森山大道など7名の作家がグッチのビンテージバッグをアートピースに

──八重樫さんにとっての絵を描くという実践そのものを捉え直す、という経験になったということですか?

チェックを描く実験の過程で、自分なりに色々と手放すものがありました。そうすると、自分の興味のあるものだけが作品の空間に残るんです。

手放したものの一つが、曲線です。四角い画面の中に入る曲線を排除するというだけで、絵の中に生まれる空間が大きく変わっていることに気づきました。それまでは、絵画の空間自体を自分で扱いきれていなかったのかもしれません。色の組み合わせや縦と横のラインや重なり一つひとつに集中できるようになりました。

──なるほど、モチーフというよりも空間の話だったんですね。とはいえ八重樫さんの「空間」は、奥行きという意味ではとても薄い。縦と横、重力といった概念も、そこには存在しないかのような軽やかさがあります。

歴史的に絵画では、平面の中にどう奥行きを出すか、つまりいかに空間を創出するかという試みがなされてきたと思いますが、私は窓の向こうに広い景色が感じられる絵というよりも、紙が数枚重なったくらいの空間を捉えたいのかもしれません。私はキャンバスを壁にかけて描くのではなく、机に置いて描くのですが、展示されたときも、どこか作品を水平に見ている感覚があります。そういう空間の捉え方が制作しながら生まれたものなのか、空間を思考する中でそうした描き方になったのかは自分でもわからないのですが。

──今回のグッチとのコラボレーションでは、ご自身の作品の一部を切り出し拡大して、バッグに描いたということですが、それを実現する上での新しい挑戦はありましたか?

私が通常使っている支持体は、四角くて白いキャンパスですが、今回は、ブラウンといっても濃淡もトーンも異なる、立体的なヴィンテージバックに描くということで、いつもとは異なる画材を用いる必要がありました。今回使った皮革用のアクリル絵具は、油絵具とは異なり、縦と横の線の交わりや重なりにおいて下の色を透かすことはできません。であれば、考え方を変えて、色面や線によって空間を生むことよりも、バッグのフラップの内側などにも線を延長し、空間を横に広げていく感覚で、より全体のバランスを意識してデザインしながら描きました。

10個のバッグ一つひとつに、例えば蓋が少し凹んでいるなど、手で描かない限り気付けないような微細な違いや個性があって、支持体としてもとても面白かったですね。

Photo: Courtesy of Gucci
Photo: Courtesy of Gucci

──これらのバッグは全てヴィンテージで、あらかじめグッチの職人によってリペアされたものだそうですね。

見れば見るほど、これ本当に人の手で作ったんですか? と聞きたくなるくらい、個々のバッグがどれだけ丁寧に作られてきたかがわかる素晴らしいつくりなんです。かつ、これらのバッグは誰かが使ってきたものなので、クリーニングやリペアが施されている。いい意味で、むやみに手を入れてはいけないというプレッシャーを感じましたが、良いものは残し、むしろそれを強調するように自分が手を加えようという意識で制作しました。そんなふうに、支持体であるバッグとやり取りしながら制作を進めていくことは、これまでとは異なる新鮮な経験でした。

──今後、挑戦してみたいことはありますか?

私の作品はサイズも小さいですし、その中で起きていることって本当に些細なことなんです。ただ、大したことが起きていないからこそ、その中での変化って他者の目には映らないくらい微細であっても実はすごく大きいと思います。なので、ほんの小さな変化を起こし、それを使いこなせるようになり、ようやくちょっとだけ進むというような、割と時間がかかる試みになるような気がしています。何カ月や数年経たないと成果がわからないぐらいの進化かもしれません。

Bamboo 1947: Then and Now バンブーが出会う日本の工芸と現代アート
会期:8月2日(金)〜9月23日(月・祝)
会場:グッチ銀座 ギャラリー
時間:11:00〜18:00(最終入場 17:00/8月2日〜4日は最終入場16:00、17:00終了)
入場料:無料

Photos: Kaori Nishida Text & Edit: Maya Nago

あわせて読みたい