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DIC川村記念美術館の休館をめぐる世界の声。ロスコ「シーグラム壁画」などの名作は今後どうなる?

各メディアが報じている通り、DIC株式会社が所有・運営するDIC川村記念美術館が2025年1月末で休館される計画であることが明らかになった。同社と同館をめぐっては、今年4月、英フィナンシャル・タイムズが「多額の負債を抱え、赤字を垂れ流しているDIC、(中略)あるいはDICの拠点である日本は、同社が保有する美術品を株主の財産と考える覚悟ができているのだろうか?」と指摘していた。

DIC川村記念美術館。Photo: John S Lander/LightRocket via Getty Images

深刻な負債を抱えるDIC株式会社の取締役会は、今年4月に設立された「価値共創委員会」の「現在の体制で美術館を運営し続けることは現実的ではない」という勧告に基づき、8月27日に開かれた取締役会でDIC川村記念美術館の運営戦略について協議し、同館を2025年1月下旬で休館する方針であると発表した。

DICは、「当館を単に所有資産として捉えた場合、特に資本効率の観点から、必ずしも有効に活用されていないことは明らか」であると述べ、資本効率の向上が喫緊の経営課題である今、社会的価値と経済的価値の両面から美術館事業の位置づけを再考する時期に来ている」としている。また同社は、12月に取締役会を開き、美術館の将来について決定する予定だという。

US版ARTnewsでもこのニュースを報じており、同館を所有するDIC株式会社の経営悪化による美術館の休館について、754点の所蔵作品の未来を案じる記事を公開した

大日本インキ化学工業(DICの旧社名)創業家の2代目社長を務めた川村勝巳(1905-1999)によって1990年に千葉県佐倉市に開館した川村記念美術館は、「ひとり絵と語らう時間を大切にしていた」という勝巳が1960年代後半から始めたアートコレクションや、3代目の川村茂邦が購入したマーク・ロスコの「シーグラム壁画」7点をはじめ、ジャクソン・ポロック、サイ・トゥオンブリー、フランク・ステラ、アンディ・ウォーホルなど、世界的に重要なアーティストの作品を多数含む20世紀美術の国内屈指のコレクションを所蔵する美術館として、多くのアートファンを惹きつけてきた。設計は、東京の憲政記念館なども手掛けているモダニズム建築家・海老原一郎。DICの総合研究所と合わせ約9万坪という広大な敷地内には、清水久兵衛《朱甲面》、フランク・ステラ《リュネヴィル》、そして芝生広場のヘンリー・ムーア《ブロンズの形態》など、野外彫刻作品も点在しており、休日になると美しい庭でピクニックを楽しむ人々も多くみられる。

754点の所蔵作品のうち約半数にあたる384点はDICが所有しており、同社が8月27日に発表した声明によれば、2024年6月30日現在、これら全作品の資産価値は112億円(簿価ベース)にのぼるという。

日本市場の新たな現実を浮き彫りに?

一方で、英フィナンシャル・タイムズは今年4月に公開した記事の中で、「(DIC社は)DIC川村記念美術館の所蔵作品のうち、どれだけが同社の所有でどれだけが創業家の所有なのか、詳細を明かそうとしない。ある投資家は、この内訳を調査した結果、大半は同社が所有しており、その価値は合計で数億ドル、おそらく10億ドルにもなると考えている」と報じている

また同紙は、「多額の負債を抱え、赤字を垂れ流しているDIC、(中略)あるいはDICの拠点である日本は、同社が保有する美術品を株主の財産と考える覚悟ができているのだろうか?」と鋭い問いを突きつけ、こう続けている。

「DICの投資家たちは、美術品は株主所有として扱われ、より明確に説明される必要があると強く主張するかもしれない。一方、同社は、コレクションは他の資産と同じように扱われるべきではないと主張して反撃し、素晴らしい美術館を維持することが日本にとってより広範な利益をもたらすと主張するかもしれない」

DICは現在、美術館の今後について、同社が本社を構える東京に移転し規模を縮小して運営するか、美術館の運営を中止するかを判断するとしており、保有する美術作品の見直しも進めるという。

さらにフィナンシャル・タイムズは同じ記事の中で、同社の上位3位の株主である香港を拠点とするオアシス・マネジメントが「世界的に有名なアクティビスト・ファンド」であるとした上で、「企業が果たす社会的目的をめぐる戦いが美術館を中心に展開されている。その戦いは、千葉の田舎をはるかに超えて波紋を呼ぶことになるだろう。この衝突は、日本市場の新たな現実を浮き彫りにするはずだ」と続けている。

オアシス・マネジメントの創業者で最高情報責任者セス・フィッシャーは7月、ロイターの取材に対し、「日本の資産運用会社は業績不振企業への投資をますます支持するようになっている」と語っている。同社は運用資産を公表していないが、過去1年の間に、少なくとも6社の日本企業に対して運用目標の変更を求める大々的なキャンペーンを展開してきた。フィッシャーは、「我々の最良の同盟者は、今日、悪いコーポレートガバナンスを恥ずべきことだと考えている国内の資産運用会社だ」とも話している。

日本政府と東京証券取引所は、より多くの国際投資家を引き付けるために、過去10年間、コーポレートガバナンスと経営資源の配分を改善するよう、企業に圧力をかけてきた。前出のフィナンシャル・タイムズの記事は、「政府と東証が意図していたかどうかはともかく、こうした圧力によってますます危機的な瞬間が生まれることになるだろう。最も差し迫った危機の1つは、日本企業がバブル期の1980年代に溜め込んだ美術品という財宝を現在も保有し、しばしばその事実を隠し続けていることの是非について議論を迫ることかもしれない」と結んでいる。

DIC川村記念美術館の閉館を惜しむ声がアートファンの間では圧倒的多数だが、フィナンシャル・タイムズが「DICやその他の企業は、その所在と価値について非常に曖昧な態度を取っている」と指摘するように、この一件をきっかけに、多数の美術品を密かに所有する他の日本企業のコーポレートガバナンスに対して国際社会の眼差しがさらに厳しくなる可能性がある。

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