アメリカの有名大学が続々と「AIコース」を開設。アーティストの卵がAIを学ぶべき理由とは?
アメリカのアートスクールでは、AIに関するカリキュラムを新設したり、充実させたりする動きが活発化している。US版ARTnewsでは、最新デジタル特集号「AIとアートの世界」のために、AI関連プログラムに取り組む代表的な美術大学を取材。アーティストがAIについて学ぶ意義と、AIを取り巻く法的・倫理的問題について聞いた。
AIの履修証明を得られるコースも
アメリカ・フロリダ州サラソタのリングリング・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインでは、AI履修修了証の取得に向けたコースが秋の新学期から学部生向けに新設される。最近は同校に限らず、ピッツバーグのカーネギーメロン大学、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン、フロリダ州立大学などトップレベルの教育機関でも、AI関連のツールやテクノロジーに特化した学部生向けカリキュラムが組まれたり、既存の授業にそうした内容を取り入れたりする動きが見られる。
こうした学校は、どのようにカリキュラムを構築しているのか。また、教えるにあたりAIの限界や倫理・法的問題への懸念をどう考慮しているのか。そして究極的には、アーティストはなぜAIを学ぶ必要があるのか。
リングリング・カレッジのAIコーディネーターであるリック・ダカンは、まず、こう答える。
「AIツールがどのように機能し、あるいはどのように機能しないか、何ができて何ができないかを知ることは、アーティストが成功を収めるための重要なステップであると考えています。AIを用いる方法はいくらでもあります。それは、単にストーリーを書かせたり、アート作品を作らせたりするだけではありません」
修了証を取得するには、必修科目である「AIの基礎」に加え、選択科目として「アートのためのAI技術とプロセス」「AI関連のトピック」、そして「内容の30%以上がAIに関連する」よう改訂された既存科目のうち2科目、合計3科目を履修する必要がある。
これらの科目を通じて、学生たちが「AIが生み出す大量の駄作」に飲み込まれることなく自分の表現を探求できるように、ライティング、ストーリーテリング、アプリ作成、コード作成からファンベースやソーシャルメディアのデータ管理に至るまで、AIツールを応用するためのさまざまなノウハウを指導している。
昨年秋、ダカンはAI修了証取得コースの新設に先立ち、AIを用いた文章作成を教えるクリエイティブライティングの授業を受け持ち、今夏には大学内にAIのタスクフォースを立ち上げた。タスクフォースの仕事は多岐にわたり、リングリングのカリキュラムにAIが取り入れられたときの影響や、他の教育機関のAIに関する取り組みの調査、学生や教員、スタッフへのアンケート、ワークショップやミーティングの開催、シラバスに載せる説明の文案や各専攻分野におけるAIポリシーに関する提案、外部の専門家の招聘まで、幅広い。
今回のカリキュラム改訂でAIツールに関する内容を授業に取り入れたのは、バーチャルリアリティ開発、コンピュータアニメーション、モーションデザイン、ゲームアートといった技術系専攻学部が多い。これらの分野に関連するツールや業界は、AIのアウトプットを用いるのに適しているからだ。その傾向についてダカンはこう説明する。
「こうした分野では、AIが生成した素材は最終的なアウトプットというより、アイデア出しのような早い段階で使われます。そのまま世に出すAI作品の生成ではなく、どんな分野であれ、より良い成果を得るためにはAIをどの部分で活用すればいいかを理解することに授業の重点を置いています」
コンピュータサイエンスとアートの統合
一方、カーネギーメロン大学(CMU)とロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)には、これまで長年にわたりアートの授業でAIを教えてきた実績がある。
CMUの美術学部で教鞭を取る複数の教授にAIを授業でどう扱っているか取材したところ、ゴラン・レヴィン教授が、1980年代から90年代にかけて同大学で行われたAIの初期研究と、現在の生成AIの違いを説明した詳細な回答をメールで送ってくれた。その中でレヴィンは、CMUのアートコースには、AIが80年代から「かなり組み込まれていた」と述べている。
「少なくとも過去40年間、芸術分野で新しいテクノロジーに取り組もうという明確な意図や努力がCMUにはありました」
CMUの視覚芸術プログラムでは、80年代後半からコンピュータ・アートの学際的な授業を実施し、2018年の春学期にはアートとAIに特化した初の学部コースを開講した。実際、CMUのコンピュータサイエンスとアートのハイブリッド学士号を取得した卒業生の中には、多分野をまたいで活動するアーティストのジョエル・サイモンをはじめ、AIベースのアートに集中して取り組んでいる作家たちがいる。レヴィンは自分の授業について、メールにこう書いている。
「私自身は、2004年からCMUでコンピュータを使ったインタラクティブなメディアアートを教えています。つまり、以前から私のコースにはAIの要素が含まれていたのです(ただし、学期を通してAIだけにフォーカスしていたわけではありません)」
一方、RISDの実験・基礎研究学部(EFS)学部長のクレメント・ヴァラは、OpenAI(オープンAI)のChatGPT(チャットGPT)やGoogle Gemini(グーグル・ジェミニ)などで使われる機械学習の一種である大規模言語モデルを、少なくとも7年前から教えていると回答。RISDでは、AIの初期概念や、それがアートやデザインなどの分野と根本的なところでどう結びつくのかを統合的なアプローチで教えているという。そうした授業には、古くから機械を通して「見る」ことを追求してきた人類の歴史や、ジェネラティブアートの歴史に関するコースなどがある。
ヴァラは、「多かれ少なかれ人間が制御する条件のもとで、システムに何らかの形を生成させるという考え方は、実は非常に古いものです」と説明し、その一例として、西アフリカに見られるフラクタル模様は約3000年前にさかのぼることを挙げた。
また、RISDのコンピューテーション、テクノロジー、カルチャー(CTC)プログラムでは、特定のAIツールやソフトウェアに重点を置くのではなく、アートやデザインのメディアとしてコンピュータをどう使うかを学生に教えている。
「アーティストやデザイナーが、他人のビジョンを実現するツールとしてではなく、自分自身の表現を伝えるメディアとして何かを使おうとする場合、どのような問いかけや疑問が生まれるでしょうか。私たちが目指しているのは、コンピューテーションは実践的なメディアであることを理解するアーティストやデザイナーを育てることです。授業ではコンピュータをプログラミングすることも多いですが、単にシステムを使うだけの学生もいれば、人間とコンピュータの間の一風変わったインターフェース作りに取り組む学生がいるかもしれません」
AI教育で法的問題や倫理面をどう扱うか
RISD、CMU、リングリング・カレッジの教授陣は、ChatGPT、Adobe Firefly(アドビ・ファイヤーフライ)、Stable Diffusion(ステイブル・ディフュージョン)などのツールがどうトレーニングされているかの基本を学生が理解すること、ツールごとの違いやトレーニングに何が必要かを知ること、さらにはAIツールを何のために、なぜ使用するのかを見極める方法を学ぶことが重要だと口を揃える。たとえば、フロリダ州立大学のデジタルアート准教授、キース・ロバソンはこう語る。
「AIを最も有効に活用できるのは制作プロセスの初期段階です。完成作品に直接用いるのではなく、コンセプトをより深く掘り下げるためにAIを活用するのが有益な方法ですし、アイデアを深めるのにAIを役立てられると思います」
ダカンによると、リングリングではアーティストステートメントを改善したり、作品に対するフィードバックを得たりするために、AIのテキスト生成ツールを使用しているという。つまり、AIは「学生がスキルを持たない分野における助け船」になるという。
AIの専門家はその一方で、AI教育には難しい問題もあると指摘する。たとえば、著作権や知的財産権をめぐっては複数の訴訟が進行中で、大規模言語モデルのトレーニングに使用されるデータセットの現実とのギャップや、アーティストの商業的・個人的な制作依頼への悪影響といった問題もある。
法律上の問題についてリングリングは、AIを使って制作した作品には著作権を主張できないことや、さまざまなツールから出力されたものに対する権利(または権利の欠落)について教えている。
フロリダ州立大学のロバソンは、AIに対する根深い不満の多くは、写真が発明された頃の批判に似ていると言う。
「ある部分を切り取れば、元の写真が持つ意味を変えてしまえますから、カメラで撮影した写真にも信用できない場合があります。つまり、カメラで嘘をつくことも可能です。AIに関して言われている問題は、ほとんどが昔からあったものなのです」
RISDのCTCプログラムでも、アンディ・ウォーホルがコモドール社製のPC、Amiga(アミーガ)で制作した画像や楽譜の歴史などの事例について教えることで、AIにまつわる法的・倫理的問題が新しいものではないことを強調している。ヴァラは歴史を知ることの重要性をこう説明する。
「新しい物事や法的問題を追いかけるより、授業でこうした過去の経緯をたどることが大切です。たとえば、Midjourney(ミッドジャーニー)やStabilityAI(スタビリティーAI)が何らかの理由で方針を変更するとしても、それは私たちにはコントロールできないことです。そうした変化に合わせるために、3年ごとにカリキュラムやシラバスを修正しなければならないという事態は避けなくてはなりません」
「ツールを使いこなし、未来を切り拓いて」
CMUのレヴィンは、課題はあるものの、学生たちにAIについて教えるべき理由は多いと言う。
「たとえば、アーティストがテクノロジーの方向性を決める場で発言権を持ち、新しいテクノロジーで新しい文化表現を打ち立て、テクノロジーが拡大する文化の可能性や新しい美の形を探求し、その特性を学ぶことなどができます。そして、一般の人々には分かりにくいAIの影響力、テクノロジーが社会に与える影響について、早い段階で警告する役割を果たせるかもしれません」
AIがさまざまなソフトウェアやアーティストの日常的なワークフローに浸透していくにつれ、アート業界には不安定な移行期が訪れるだろうと、ダカンは見ている。
「未来が全てバラ色だとは言いません。一部の人々にとっては厳しい状況になると思いますが、学生の頃から注意して準備を重ね、可能性を十分認識したうえでツールを使いこなせば、そうでない場合よりも、アーティストとしてより良い未来を切り拓くことができるでしょう。それが私たちの願いです」
今後、学生がAIツールにもっと倫理的なやり方で関われるようになるという希望的観測も広がっている。たとえば、Spawning AI(スポーニングAI)のSource.Plus(ソース・プラス)プロジェクトでは、4000万点近いパブリックドメインの画像やクリエイティブコモンズCC0ライセンスの画像を使用している。
AIの基礎を教えるアートクラスの受講者数が増加し、就職先になりそうなところからの問い合わせが増えても、リングリングのAI修了証を取得した卒業生の中にはAIを使わないクリエイターも出てくるだろうとダカンは考えている。
「学生たちが、ここで学んだ知識をもとに、『AIでそれはできません』と言えるようになる面もあるでしょう。ただ、大抵の場合は『AIを用いて何ができるか』をアピールするのに活かせると思います」(翻訳:清水玲奈)
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