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  • 2024.09.10

香港のメガコレクターが中国国有企業にアートモールを売却か。「文化と商業の融合ビジネス」に暗雲?

香港のメガコレクターで、大手デベロッパーCEOのエイドリアン・チェンが設立したK11アートモールが、中国国有企業に売却される見込みであると報道された。現地のビジネス界やアート関係者が注目するこのニュースの背景を解説する。

香港・尖沙咀のK11アートモール。Photo: K.Y. Cheng/South China Morning Post via Getty Images

香港のK11アートモール売却に関する観測記事が流れる

8月末、ブルームバーグビジネス・タイムズ、サウスチャイナ・モーニング・ポストなどが報じたニュースで香港に衝撃が走った。香港有数のショッピング街、尖沙咀(チムサーチョイ)にあるK11アートモールが、中国の国有企業チャイナ・リソース・ホールディングス傘下のCRロングデーションから12億ドル(直近の為替レートで約1700億円、以下同)の買収オファーを受けたというのだ。

K11アートモールのオーナーは、1970年に鄭裕彤が設立した香港の大手不動産デベロッパー、新世界発展有限公司(New World Development)。現在は息子のヘンリー・チェンが同社会長を、孫のエイドリアン・チェンがCEOを務めている。ブルームバーグの億万長者番付によると、一族の資産総額は200億ドル(約2兆8600億円)を超える。

US版ARTnewsが選ぶトップ200コレクターズの常連でもあるエイドリアン・チェンが立ち上げたK11グループは、K11クラフト・アンド・ギルド財団やK11アート財団など複数の財団を傘下に持つ。特にK11アート財団は国際的にも広く知られており、中国の主要都市など世界各地で60以上の展覧会を開催。カタリーナ・グロッセ、グアン・シャオ、ナイール・ベルーファ、チャン・エンリ(張恩利)、オスカー・ムリーリョなど、世界的な現代アーティストの作品展示を行っている。

K11グループはまた、香港と中国本土にK11アートモールを展開し、アートと商業の融合というコンセプトの普及に努めてきた。香港には2009年に尖沙咀にオープンしたK11アートモールと、その後やはり尖沙咀のビクトリア・ドックサイドに誕生した巨大モールのK11ミュゼアがある。

香港のドゥ・サルト・ギャラリー創設者であるパスカル・ドゥ・サルトは、US版ARTnewsの取材にこう答えた。

「長年にわたり、香港で文化の発展に多大な貢献をしてきたK11の活動は敬意に値します。リスクを恐れることなく、無名の若いアーティストの個展をいくつも成功させたK11が示しているのは、アートに対する真の情熱です」

しかし、香港ではアートフェア飽和状態に達しつつありギャラリーシーンにはかげりが見られる。それにもかかわらず、K11アートモールの売却に関する観測記事が出たときも、チェンは香港の現状を楽観的に見ていると発言していた。

そんな中、香港のメガ・アーツ・アンド・カルチュラル・イベント(ACE)基金の委員長を務めているチェンは、8月29日に新しいアートフェア「ART021香港」のローンチイベントに出席。これは中国を代表するアートフェアの1つ、上海ART021の主催者が立ち上げたもので、1億7880万ドル(約256億円)で設立されたACE基金への支援申請が認められたことに後押しされ、急ピッチで開催が決まった。

ART021香港について、チェンはLinkedIn(リンクトイン)への投稿でこう書いている。

「ACE基金委員会の協力により、昨日、アジア最大級のアートフェアであるART021香港が開幕しました。これにより、アートを日常生活に溶け込ませるとともに、VIP経済を創出し、東西の芸術交流の中心地としての香港の地位をさらに高めていきます」

ART021香港のオープニングには、多くの来場者が詰めかけた。その一方で、地元の業界関係者からはチェンの発言に対し、アートフェアとしての質と政府からの資金提供不足への不満の声が上がっている。ブルームバーグの報道によれば、チェンは「(香港が)将来、富裕層のファミリーオフィスの資産運用で世界一になる自信がある」とコメントしたという。

不動産価格下落の中で資産売却が続いていた新世界発展

K11アートモールの売却に関する噂はこれまでも囁かれていた。3月に行われた新世界発展の決算会見では、当該会計年度の非中核資産売却目標額を60億香港ドルから80億香港ドル(約1100億円から1440億円)に引き上げることが発表されたが、ブルームバーグはこれを「財務健全化計画の一環」と報じている。

同じ週に発表された声明によると、新世界発展は香港の荃湾(チュンワン)地区にあるショッピングモール、D-PARKと併設の駐車場を地元デベロッパーの華懋集団(チャイナケム・グループ)に40億2000万香港ドル(約724億円)で売却。同社は今後も資産の一部を売却する計画であること、さらにはランニングコストの削減と社債の買い戻しを行う予定であることを明らかにした。

香港の大手デベロッパーを圧迫しているのは、不動産価格の下落と金利の上昇だ。2021年半ば以降、複数の中国系デベロッパーが債務不履行に陥った後、投資家は新世界発展の株式や社債を投げ売りしてきた。その理由は、財務レバレッジの高さと中国での急速な事業拡大にあると報じられている。

今年7月にも、香港の啓徳(カイタック)地区に新世界発展とファー・イースト・コンソーシアムが共同で建設したマンション、パヴィリア・フォレスト I の大幅値引き販売に地元香港からの買い手が殺到している。

上海のK11美術館に近いある情報筋はこう語る。

「現在、ビジネスブローカーはまったくの不調です。多くのショッピングモールが人員削減を行ったり、ランニングコスト削減のためにショッピングモールの運営を他の企業に委託したりしています。アート部門を自社で運営することにこだわる企業はますます少なくなり、どの企業も他社との協力体制構築を模索しています」

K11アート財団の広報担当者がUS版ARTnewsに回答したところによると、同財団では2026年までの計画が決まっており、25年に深圳のウォーターフロントにオープン予定の巨大な文化・商業複合施設、「K11 Ecoast」の立ち上げに注力していることを強調。しかし、香港のK11アートモール売却の可能性についての質問には答えなかった。

新世界発展とK11グループの現社員・元社員は、US版ARTnewsによる取材への回答を避けている。その一方で、香港や中国本土の主要な業界関係者は、新世界発展およびK11グループには再編成の動きがありそうだと見ている。さらには、同社のアートコレクションを代表する作品の売却も報じられた。

現在の世界的な金融市場の動向を踏まえると、新世界発展の資産売却やK11アートモールへの入札報道は、財団の運営や文化と商業の融合を掲げるビジネスの未来が不安定なものになる予兆を捉えていると言えそうだ。(翻訳:清水玲奈)

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