世界の高級品支出は好調、なのにアート売上が低迷中なのはなぜ? 最新レポートから背景を読み解く

ラグジュアリーセクターが好調な伸びを見せる中、なぜアートの売上は停滞しているのか。この理由を紐解く最新のレポートが発表された。

パリのルイ・ヴィトンのオフィス。Photo: NurPhoto via Getty Images

昨年から続くアート市場の低調に対し、ラグジュアリー市場は堅調な伸びを見せている。世界の高級品支出に関するコンサルティング会社のBain & Companyとイタリアの高級品協会、Altagammaが6月に発表した最近のレポートによれば、昨年は美術品の売上が1%から3%しか伸びなかったのに対し、贅沢品セクター全体は8%から10%も増加していることがわかった。世界の高級品市場の総売上高は約1兆6600億ドル(約237兆円)と推定される。

一方、Bain & Companyによるオークション関係者へのアンケート調査や一般公開されている美術品販売のデータ分析から、オークションへの支出は推定20%も減少していることが明らかになった。これは、大手オークションハウスが最近発表した情報とも一致する。例えばクリスティーズは今年7月、2024年上半期のオークション売上が2023年下半期と比較して22%減少したと報告しており、サザビーズでも同期間のオークション売上が25%減少している。個人ディーラーは緩やかな伸びを見せたが、レポートによれば、それはコレクターが新型コロナウイルスのパンデミック以降、より多くの対面でのコミュニケーションを求めた結果だという。オークション売上が減少した背景としては、アメリカ市場が緩やかに回復している中、支出がより慎重になっていること、地政学的対立が続いていること、アジア市場の動向に「一貫性が欠如している」ことを挙げている。

このレポートの共著者で、Bain & Companyのグローバル・リテール、ラグジュアリー、消費財プラクティスのエグゼクティブ副社長であるジョエル・ドゥ・モンゴルフィエはUS版ARTnewsの取材に対し、「アート業界の共通認識として、市場は縮小傾向にある」と付け加えた。事実、美術品は、宝飾品やアート以外の収集品のような成長し続けている他の小規模な高級品カテゴリーと比べてもパフォーマンスが低かった。

UBSとアート・バーゼルによる2024年の報告書からもこの傾向は読み取れる。2023年の世界のアート取引額は650億ドル(発表時の為替レートで、約9兆6000億円)だったが、パンデミック以前からわずか1%しか成長していない。この報告書は、世界中のディーラー、オークションハウス、コレクター、アートフェア、美術・金融データベース、業界専門家、その他関係者から収集・分析したデータに基づいて作成されているとはいえ、取引額はあくまで自己申告による数字に依存しており、利益率に関する指標は公表していない。

デロイトが今年5月に発表した、平均20億ドルの世代間資産を扱う300以上のファミリーオフィスに対する調査結果をまとめたレポートでは、こうしたマクロ的な不確実性は、少なくとも超富裕層には重大な影響を与えないだろうと推測されている。というのも、調査対象者の約70%が、今年はその価値が高まると予想していると回答しているからだ。

ベインの調査は、贅沢品消費の幅広い傾向にも触れている。美術品のような伝統的な贅沢品の伸びは限定的であったが、高級旅行のような体験型の贅沢品は大幅な伸びを示した。モンゴルフィエによれば、消費者はモノよりも体験をますます好むようになっており、伝統的なブランドは、よりホスピタリティに近い機能を持つ体験型分野に関心を移している。

美術業界もこの傾向に呼応している。ハウザー&ワースの創設者であるマヌエラ&イワン・ワース夫妻は、スコットランドのハイランド地方に豪華なホテル「Fife Arms」を開業し、サンモリッツ、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスでレストランを経営している。また、サザビーズは今月初め、ホテルチェーンのマリオットの子会社であるラグジュアリー・グループとの契約を発表した。

マリオット・インターナショナルでラグジュアリー・マーケティングのグローバル責任者を務めるジョージ・ハマーは、「私たちは今、これまでにない“エクスクルーシブ”な体験を提供しようとしています。伝統的で物質的なラグジュアリーは、もはや前時代的なのです」と語る。

一方、ルイ・ヴィトンやディオール、ロエベといった大手ラグジュアリーブランドはアートの世界にも進出しており、世界的なアート賞に協賛したり、コミッションワークや展覧会のスポンサーになっている。中でもルイ・ヴィトンを傘下に収めるLVMHは、2014年、パリのブローニュの森にフォンダシオン・ルイ・ヴィトンをオープンしたり、複数のホテルブランドを所有・運営(2026年には、パリにルイ・ヴィトンのホテルをオープン予定)したりしている。

ニューヨークのファッション工科大学の教授であるナターシャ・デジェンは、こうしたラグジュアリーブランドがいわゆる高級品の販売のみならず、ホテルや美術館、財団といった事業を展開するのは、顧客の関心をより長く維持するためだと見ている。

「ライフスタイル・ブランドへの進化は、自分たちが提供する空間に重要な顧客をできる限り長く留まらせ、消費者との関係を深めるための戦略なのです」

一方、オークションハウスは、収益を上げるために美術品以外の高級品カテゴリーに依存する傾向が強まっている。昨年は、宝石、時計、記念品、その他の高級品が、サザビーズの総売上である79億ドルのほぼ3分の1を占めた。クリスティーズでは、この数字は21億ドルだった。サザビーズのグローバル・ラグジュアリー部門の責任者であるジョシュ・プランは今年5月、ニューヨーク・タイムズの取材に対し、「宝石や時計など美術品以外の高級品オークションの落札者の約半数は、オークション初心者。つまり、こうしたカテゴリがオークションへの重要な入り口になっているのです」と語っている

モンゴルフィエは、全体的な減速に拍車をかけている要因として、富裕層にとってアート購入は今、財政上の優先順位の最下位にあることを挙げている。またデゲンは、「紛争下において、支出は不適切あるいは過剰とみなされるのです」と述べ、不安定な世界情勢が積極的な消費を抑制しているのは明らかで、これが収益停滞の大きな要因となっているという。(翻訳:編集部)

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