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38億円の基金でアメリカとメキシコの国境に広がる多様な芸術文化を助成。基金設立発表のメロン財団に聞く

太平洋岸からカリブ海まで3000キロを超え、社会・経済活動の大動脈であると同時に、近年は深刻化する不法入国者問題に揺れるアメリカメキシコの国境線。多様な文化的背景を持つ人々が暮らすこの地域で、両国の芸術活動を支援する巨額の基金設立が発表された。その内容と背景を見ていこう。

マイク・ロジャース《Telephone/Telefono》(2006)。第1回メヒカリ・ビエンナーレのためのインスタレーション。アメリカとメキシコを隔てる国境フェンスの両側に電柱を立て、糸電話でつないだ。Photo: Courtesy MexiCali Biennial

地域における初の大型芸術支援

芸術・人文科学分野を対象とするアメリカ最大の慈善団体であるメロン財団が、アメリカとメキシコの国境地域に拠点を置く芸術団体を支援するため、総額2500万ドル(約38憶円)の基金、フロンテラ・カルチャー・ファンド(Frontera Culture Fund)を設立した。両国の非営利組織への助成を目的としたフロンテラ・カルチャー・ファンドは、この地域における初の大型芸術支援となるもので、当初の助成対象は32団体。うち8団体はメキシコ側を拠点としている。

メロン財団はかねてから、国境地帯やプエルトリコなど、歴史的に芸術助成の対象から外れがちだった地域への支援に力を入れており、この基金もその一環として設立された。こうした取り組みは、2018年に詩人のエリザベス・アレクサンダーが理事長に任命されて以来、メロン財団の活動の中核に位置付けられてきた。そのアレクサンダーは、基金設立の声明で助成活動の展望をこう述べている。

「アーティスト、文化の担い手、そして国境地帯のコミュニティにおける創造的表現を支える人たちへの長期的支援は、この地域の多種多様な芸術や文化活動を促進し、持続させるのに役立つでしょう」

助成対象に選ばれたのは、チカーノ・パーク博物館・文化センター(カリフォルニア州サンディエゴ)、カリゾ/コメクルード族(テキサス州フローレスビル)、ファンダンゴ・フロンテリゾ(バハ・カリフォルニア州ティフアナ)、メキシコの北部地域文化エージェントネットワーク(タマウリパス州ヌエボ・ラレド)といった国境地域の非営利団体から、アメリカのエルパソ美術館、ツーソン現代美術館、メキシコのメヒカリ・ビエンナーレ、ギャラリー兼プロジェクトスペースのアスール・アレーナ(チワワ州シウダー・フアレス)などの芸術施設・団体まで幅広い。また、ニューメキシコ州立大学とテキサス大学エルパソ校にも資金が提供され、両大学のキュレーション業務を支援する。

メロン財団のプログラム担当者は過去3年間にわたり、テキサス州ブラウンズビルやメキシコ側のメヒカリなどを訪問し、毎回1週間ずつ国境近くで過ごしながら、プログラム開発に取り組んできた。基金のプログラムを担当しているのは、メロン財団のアート&カルチャーチームに所属するデボラ・カレン(プログラムオフィサー)と、カサンドラ・エルルナンデス・ファハム(プログラムアソシエイト)だ。また、この地域を拠点に活動する2人の文化オーガナイザー、ラクエル・デ・アンダ(テキサス州ラレド出身の独立系キュレーター)とレイラニ・クラーク(アリゾナ州ツーソン出身のアフリカ系先住民で、サンタ・クララ・プエブロ族とディネ/ナバホ族に属する映像作家・詩人・パフォーマンスアーティスト)も参画している。

基金のプログラムアソシエイトを務めるエルナンデス・ファハムは、US版ARTnewsの取材にこう答えた。

「責任を果たす意識と対応力を備えた基金の創設には、私たちがその場に滞在して、地域のアーティストや文化関係者と話し合い、協力しながらプログラムを設計していく必要がありました。人々の経験や懸念に耳を傾け、協力体制のエコシステムや活動を行う際に直面する構造的な障壁について学んでいったのです」

フロンテラ・カルチャー・ファンドは、基金の全額を一度に支給するのではなく、今後数年にわたって分割支給していく計画だ。エルナンデス・ファハムは「できるだけ早く資金を活用していく」と述べ、基金の運用期間中も対象者との関係を継続しつつ、新たな団体にも働きかけていく戦略を取るとしている。

クリスティアン・フランコとフフェリペ・マンツァーノのユニット、ホームレス・コレクティブによる《Transborder Game》(2010)。2009年から10年のアンチ・ビエンナーレ展で、カリフォルニア州カレクシコとメキシコのメヒカリの間にある国境をまたいでサッカーのパフォーマンスが行われた。Photo: Ed Gomez/Courtesy MexiCali Biennial

助成対象外とされてきたコミュニティ

エルナンデス・ファハムは、メキシコ・ソノラ州の国境の街、ノガレスから南に数時間のところにあるエルモシージョの出身で、4年前にメロン財団に入る前は、10年間アリゾナ州フェニックスでアートアドミニストレーターをしていた。自らの経歴について彼女はこう語る。

「国境地域における芸術・文化活動への支援不足を現実に体験し、理解していたことが、今の仕事に活かされています」

メロン財団の調査により、国境地域は同財団を含む慈善団体からほとんど支援を受けてこなかったこと、支援が行われた場合でも対象は大抵アメリカ側に限られていたことが確認された。エルナンデス・ファハムは「人々の活動は国境を越えたネットワークを通じて行われるもの」だとし、国境沿いの先住民や黒人コミュニティが歴史から排除されてきた現実があることを指摘した。

エルナンデス・ファハムによると、同基金の最初の助成対象となる32団体を選定するにあたり、「その土地ならではの表現を生活の中で謳歌し、地域の文化的支柱となっていること」に加え、「人種や気候問題における公正さ、LGBTQ+の問題、先住民の文化的主権、社会の集合的記憶など、地域社会で重要とされるニーズと芸術を融合させる」というメロン財団が重んじる価値観、優先事項に合致するかどうかを基準としたという。

助成対象団体の1つであるアメリカ・テキサス州のカリゾ/コメクルード族(エシュトック・グナ)は、政府に認定された部族ではないが、テキサス州サンアントニオ郊外での存在感は大きい。エシュトック・グナはメロン財団の資金援助を活用し、ポート・イザベルとブラウンズビル郊外のボカ・チカ・ビーチ周辺にある祖先伝来の土地、約70ヘクタールを守るコミュニティ・ランド・トラストと、伝統文化の保存と土地の荒廃に対処するための文化センターを設立する。

「エシュトック・グナは、国境の軍事化や、聖地の破壊と生態系へのダメージをもたら資源採掘に、長らく反対の立場を示してきました」と、ヘルナンデス・ファハムは説明する。また、基金に参加する他の多くの団体と同様、メロン財団のヒューマニティーズ・イン・プレイスとも協力体制を構築する。このプログラムでは、「土地の保全と、人と土地とのつながりを理解する取り組みを支援する」という。

このヒューマニティーズ・イン・プレイス・プログラムの恩恵を受ける組織の1つに、サンディエゴのチカーノ・パーク博物館・文化センターがある。エルナンデス・ファハムによると、この博物館は「高速道路建設で住居を強制撤去されたメキシコ系アメリカ人(チカーノ)が、高架下を壁画公園とするために数十年かけて運動した成果」として設立され、2022年に開館した。「人々は、この場所のために闘わなければなりませんでした。地域社会や土地を守るための大変な闘いでした」

メロン財団の助成金は、「チカーノ・パークが実現するまでの運動はどんな経緯を辿ったか、そして、壁画を制作したチカーノのアーティストたちが、さまざまな困難に直面しながら自分たちの物語をどう広めようとしたか」を後世に伝えるため、博物館と文化センターによる2つの重要なアーカイブのカタログ化、デジタル化の支援に活用される。

カミーロ・オンティベロスとハビエル・タピアによる《Liquid Light》(2022)の展示風景。Photo: Camilo Ontiveros/Courtesy MexiCali Biennial

エルナンデス・ファハムはまた、フロンテラ・カルチャー・ファンドの設立にあたっては、「国境地域の芸術的・文化的制作活動の多くが、非営利アート組織として認識されていない」という障壁があったと明かす。こうした団体の多くは、501(c)(3)非営利組織(*1)として法人化されていないため、助成金を直接受け取る資格がない。メロン財団は、支援すべき団体が確実に助成金を受け取れるよう、アメリカの財務スポンサーおよびメロン財団助成金の管理を担当する両国の財務スポンサーとのパートナーシップを構築。ファハムは、この措置により、「メロン財団は長期的な効果をもたらすインフラの変革を支援していくことができる」と述べ、こう付け加えた。

「私たちは、この地域の文化的生活にとって制作活動が非常に重要であることを理解しています。しかし、これまではメロン財団のような全国的な助成団体からの支援を受けられていませんでした」


*1 501(c)(3)は、アメリカ連邦法の内国歳入法(IRC)501(c)の規定により、税制の優遇を受ける非営利組織の種別。501(c)(3)団体は(c)項の中で最も優遇が大きい。

国境地域を拠点とする芸術関連団体の包括的な連携を目指す

メロン財団は、フロンテラ・カルチャー・ファンドを通じてもう1つの構造的変化を目指している。それは、アメリカとメキシコの国境を越えた組織間のつながりや、芸術関連ネットワークの連携拡大を図ることだ。現状では、国境を挟んだ町同士の交流はあるものの、「国境に沿った組織を水平に連携させるのは至難の業です」とエルナネス・ファハムは言う。

「たとえば、テキサス州エルパソの人々にとって、すぐ南にあるメキシコのシウダー・フアレスとのつながりは感じていても、西にあるアリゾナ州ツーソンのアーティストや文化組織とのつながりはあまりないかもしれません」

メキシコのメヒカリ・ビエンナーレは、すでにこの問題に取り組んでいる組織の1つだ。エルナンデス・ファハムは同ビエンナーレを、「自分たちの土地と現実に基づいて創作活動を行うアーティストたちが、非常に興味深い視点を提供し、国境地域のアートに関する議論に影響を与えている」と評価する。

メヒカリ・ビエンナーレはアーティストのエドワード・ゴメスとルイス・G・エルナンデスによって、2006年に共同設立された。これまでに5回開催され、2026年に予定されている第6回の開催に向けて準備が進んでいる。メヒカリ・ビエンナーレを立ち上げたきっかけについてゴメスにメール取材を行ったところ、ラテン系アーティストである2人が頻繁に展覧会への参加を拒否されていたため、既存の形式に代わるビエンナーレを立ち上げたとの答えが返ってきた。

「私たちにとっては、対話への参加を可能にし、内側から批評を生み出し、アート界で『ビエンナーレ』という言葉がどう理解されているかを検討し直すための方法でした。そうすることで、資金も助成金もなしに、既存のモデルを覆す代替案を編み出したのです」

エルナンデス・ファハムは、メロン財団はフロンテラ・カルチャー・ファンドを俯瞰的に捉え、「2500万ドルの基金を単発のプロジェクトとする」ことは考えていないとし、基金の成功は「対象となるプロジェクトとの長期的な関係」を築くことにあると強調した。また、基金の進展に伴い、国境地域の芸術的制作活動を助成する新たな全米レベルの資金提供者を募り、アメリカとメキシコ両国の文化組織への支援を最大限拡大することを目指すという。

「財団が得た知見を広め、この地域全体の理解、交流、コラボレーションをさらに促進していきたいと考えています。アメリカとメキシコの国境地帯で行われている創作活動の重要性を、きちんと理解することが必要なのです」(翻訳:清水玲奈)

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