変化する美術館運営――多様性を求める若い世代のパトロンたち
ダラス美術館で2019年に開かれた大規模なディオール展のオープニングパーティーは、地元のDJカップル、ブレント&マルレーナ・イングリッシュのおかげで、いつもよりずっとクールだった。エルズワース・ケリー、ヘンリー・ムーア、リチャード・セラなどの作品がある美術館の彫刻庭園で、グレイス・ジョーンズ、フレンチポップ、軽快なエレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)、地元ダラスの電子音楽アーティストたちのビートのきいたサウンドを響かせたのだ。
ラルフ・ローレンでブランドイメージ・マネージャーを務めるマルレーナと、ダイバーシティー&デジタルストラテジー・マネージャーのブレントに出演を依頼したのは、ダラス美術館のジュニアアソシエイツ担当マネージャー、キャロライン・アーヴィン。ジュニアアソシエイツとは、20〜40代のパトロン(後援会員)たちのグループで、美術館の展覧会やイベントに関する特典を受けられるほか、キュレーターと交流することもできるプログラムだ。
マルレーナ・イングリッシュは2021年6月のインタビューで、「求められたのは、私たちのスピリットというか、私たちがみんなに示したいと思っていることでした」と語っている。「だから、自分が好きな音楽、パーティーでかかるといいなと思う曲をかけたんです」
2014年にニューヨークからダラスに移り住んだマルレーナとブレントは、DJの報酬の一部としてダラス美術館から1年間有効の会員資格を提供され、美術館に頻繁に足を運ぶようになった。さらに、セドリック・ハッカビーやダン・ラムといった地元アーティストの作品のコレクションも始めたが、それまで美術館のパトロンになろうと考えたことはなかったと言う。それが、会員資格を得た数カ月後には、ジュニアアソシエイツへの参加を決めたのだ。
「会員には私たちと同じような考えを持つ若いアートファンがいて、親睦を深めています。美術館は私が自分らしくいられるだけでなく、波長が合う人たちと一緒にいられる場所なんです」とマルレーナは言う。
2021年7月、二人はジュニアアソシエイツの共同代表に選ばれ、ブレントはダラス美術館の理事に任命された。彼らは友人や仕事仲間にも働きかけて、ダラス美術館の会員をダラスの人口構成を反映したものに変え、これまで美術館の主要な観客とみなされていなかったコミュニティを受け入れることを目標に活動している。
「マルレーナがグレイス・ジョーンズの曲をかけたとき、会員たちはダラス美術館にそんな曲が流れたのは過去30年で初めてだと言っていました。つまりは、やろうと思えば変えられるという意識なんです」とブレントは語る。「これが私が楽しみにしていることだし、自分もそこに関わりたいと願っています」
米国では人口構成が変化しており、とりわけ都市部ではその傾向が顕著だ。ベビーブーム世代が高齢化し、美術館の理事会は若返りと多様化を図る必要性に迫られている。そんな中、若い世代のパトロングループは、次世代の理事候補になり得る存在だ。
近年、若い世代のパトロンたちの多くが、美術館に本物の変化を求め、寄付金の用途を明確にするよう求めている。美術館のパトロンになるための会費にはかなり幅があり、ニューヨークの美術館、たとえばフリックコレクションのヤングフェローズは年会費600〜1万ドル、メトロポリタン美術館のアポロサークルは1200〜3500ドルと高額だ。これに対して、ダラス美術館のジュニアアソシエイツは250〜500ドル、デトロイト美術館のファウンダーズ・ジュニア・カウンシルは50〜250ドル(そのほか個人会員の会費が必要)と、比較的手が届きやすい。
アートにおける寄付も、他の分野と同様、トレンドは「ベンチャー・フィランソロピー」として知られるようになったものだ。グッゲンハイム美術館の個人寄付担当シニアマネージャーでヤング・コレクターズ・カウンシルとの調整役を務めるマシュー・ジェイムズ・タラゴンは、「過去の慈善活動はお金を寄付するだけの受け身なものでしたが、若い世代のパトロンたちは、必ずしもそれをお手本にはしていません」と語る。「彼らは、目に見える効果、手で触れられるような結果を求めています」
メトロポリタン美術館でアポロサークルを担当するロジェリオ・プラセンシアも、「若い人たちは、自分たちの寄付がどのような効果をもたらしているのか知りたいのです。寄付金によって実現した成果が具体的に見える形になればなるほど、(寄付についての)満足感が高まるのです」と話す。
グッゲンハイム美術館のヤング・コレクターズ・カウンシルは、米国内のこうした会員組織では最も有名な例で、特に美術館内で毎年行われるヤング・コレクターズ・パーティーはよく知られている。会員100人ほどを抱える同カウンシルは、ニューヨークの裕福な若手アートコレクターやパトロン、アートファンの間で、人脈や自らのアート資産を広げるのに欠かせない文化的な中心になっているのだ。
2021年、新進気鋭のアートコレクター、ハイメ・クアドラ・ジュニアが、ヤング・コレクターズ・カウンシルの共同代表に指名された。クアドラはマイアミ生まれのニカラグア系米国人。グッゲンハイム美術館がずっと憧れの的だった彼は、2011年に20代半ばでニューヨークに居を移してすぐにカウンシルのメンバーになった。他の美術館にはあまり見られないメンバー特典として、同カウンシルでは作品の購入に関する委員会に参加し、現代アート作品の購入に関する投票権を得ることもできる(年会費1250ドル)。こうして、1990年代初めに創設されたグッゲンハイム美術館のヤング・コレクターズ・カウンシルは、米国各地の美術館にとって試金石ともいえる存在になっている。
クアドラは、「グッゲンハイム美術館は早い時期から、私たちを若いコレクターとして、またコミュニティの若い声として育てることの重要性を理解していました」と指摘する。実際に作品購入のプロセスに若者の声を取り入れているのは、その価値観や考え方を反映しています」
カリフォルニア出身で教育関係の仕事をしている35歳のジェシカ・ガーシュは、ニューヨークに住んでいた頃、地元の美術館をサポートしようとホイットニー・コンテンポラリーズのメンバーになった。2017年にロサンゼルスに引っ越すと、市内の美術館にはそうした組織がないことを知り、ロサンゼルスのウェストサイドにあるハマー美術館で自らハマー・コレクティブを立ち上げた。3年前の創設以来、ハマー・コレクティブは将来有望で国際的なアーティストたちと美術館とをつなげる活動に取り組んでいる。
ガーシュは、「ウェストコーストに、次世代のアートファンやパトロン、コレクターのグループを作って、新進アーティストについて知り、交流する場を提供したいと考えたのです」とメールインタビューに答えている。「ホイットニー美術館で気に入っていたイベントにヒントを得て立ち上げたプログラムもあります。たとえば、スタジオ見学、コレクション見学、ギャラリーウォークなどです」
1990年代にデンバー美術館で結成された若い寄付者のグループ、カルチャーハウス(CultureHaus)の会員数は、現在およそ200人までになっている。近年のおそらく最も大きな成果は、ジョーダン・キャスティールの《Sylvia’s (Taniedra, Kendra, Bedelia, Crizette, De’Sean)(シルビアズ〈タニエドラ、ケンドラ、べデリア、クリゼット、ドショーン〉)》(2018)を美術館が購入するのを支援したことだ。ジョーダン・キャスティールはデンバー育ちで現在はニューヨークを拠点に活動しており、2019年にデンバー美術館で個展が行われた。
カルチャーハウスのメンバーであるエイドリアン・ゴンザレスは、「美術館の新しい建物に入ると、最初に目に入るのが、30代の作家によるすばらしい作品なのです。それこそが、私たちがかねてから望んでいたことでした」
デトロイト美術館では、ファウンダーズ・ジュニア・カウンシル(FJC)に参加することが、美術館内やデトロイトの慈善活動コミュニティでリーダー的ポジションに就くための足がかりになってきた。従来、FJCは会員が個人で楽しむアートコレクションの仕方を学べる場だったが、近年は美術館がアフリカ系アメリカ人アーティストの作品をパーマネントコレクションとして取得するための支援に重点を置き始めている(ただし、コロナ禍により、アフリカ系アートとアフリカン・アメリカ系アート友の会を中心とした活動が停滞し、FJCの会員数も大幅に減っている)。
「(FJCの)活動の柱の一つは、会員にアート収集の方法や、美術館がどのように作品を選ぶのかを知ってもらうことです」とFJCのアンジェラ・ロジェンスース会長は言う。美術館の作品購入に注目するようになったきっかけは、「地元のアーティスト、特にアフリカ系アメリカ人アーティストの作品が美術館に不足しているという意見でした。地元コミュニティの作品をもっと美術館に取り入れる方法の一つとして考えられたのが、このようなシステムを立ち上げることだったのです」
若いパトロンの育成に力を入れ始めているのは、理事会の規模も予算の規模も大きい大手の美術館だけではない。ニューヨークのソーホー地区にあるレスリー・ローマン美術館は、クィア・アート(LGBTQ+のアート)をテーマとしている。元は非営利団体(NPO)で、2016年に美術館になってからの5年間は資金源の多様化に努めてきた。初期の取り組みの一つは、若手のクィア慈善活動家を対象としたインフルエンサーズサークルの創設で、その一部のメンバーはグローバルアンバサダーのグループ(会費は月額100ドル〜年間5000ドルまで)に参加している。
レスリー・ローマン美術館のデベロップメントディレクター、エドゥアルド・アヤラ・フェンテスは、「寄付者たちのネットワークに美術館と私たちの活動を知ってもらい、持続的かつ長期的な投資をしてもらうことが狙いです」と語る。
若くて多様なパトロンを集めるのは、必ずしも若手コレクターグループだけで実現できるわけではなく、相応のプロセスや、異なる視点やニーズへの気配りが必要なことも多い。ミネアポリスのウォーカー・アート・センターでは、この地域で最高のパーティーとして知られるアヴァントガーデンのチャリティイベントが毎年開かれる。2017年のイベントでは、有色人種の人々にも広く参加してもらうことを目標に、理事たちが数カ月前から計画を進めた。
その時、チケット販売委員会の会長に招かれたのが、ミネアポリス地域を拠点とするコンサルティンググループ、ザ・ウォーク・コーチの創業者であるシーナ・ホッジズだ。最近のインタビューでホッジズは、「(美術館から)チケットは125ドルだと言われて、思わず笑い出してしまいました」と語っている。パーティーに参加するには、チケット代を上回る費用がかかることを説明しなくてはならなかったからだ。同伴者のチケット代や、ヘアメイクの費用、場合によっては衣装代や子どもを預ける費用も必要になる。
「誰もが自分の居場所であると感じ、自分のために企画された空間だと思ってほしい」と言うホッジズは、スポンサー付きのチケット125枚を地元アーティストに配布するとともに、ウォーカーの会員にもなってもらうことを提案した。「あの晩、誰かに『イベントを変えたのはこの女性だ』と言われました」と話す。イベントの後すぐに、ホッジズはウォーカーの理事に任名された。
昨年、理事会は人種平等委員会を設立し、会員全体に占める黒人、アメリカ先住民、有色人種の割合を2022年6月までに少なくとも30%にするという目標を設定した。9月に理事長に選ばれたホッジズは、理事会での活動を通して、若い世代のパトロンや寄付者を迎えたいというウォーカーの取り組みに貢献することを望んでいる。それが、長期的にコミュニティの関心を高めることにつながると考えているからだ。「私たちが暮らすコミュニティをもっと反映した環境づくりを目指すなら、より良いコミュニケーションと、地域社会が求めているものをより深く理解することが必要です」
さらに実験的なシステムを導入している美術館もある。2021年秋、クイーンズ美術館(ニューヨーク)は理事会にヤング・トラスティーと呼ばれる新たな役職を置き、その公募を発表した。これはドイツ銀行のCSRリーダーシップインキュベーターと協働で行う試験的なプロジェクトで、アート、テック、ビジネスの各分野における非営利慈善事業のリーダーを育成することを目的としている。ヤング・トラスティーの役割は、3年間の任期で理事として活動し、美術館が地元コミュニティ、特に若い世代との関係づくりについて戦略的に考えることに重点が置かれている。
2019年からクイーンズ美術館のエグゼクティブディレクターを務めるサリー・タラントは、「理事会メンバーの専門スキルと知識の多様性に目を向けたいという強い思いがありました」と語る。「何かについて話し合う時に、そうした視点をもたらしてくれる若いメンバーを理事会に迎えるとどうなるだろう? そう考え、公募の広告を出したんです」
これは美術館の理事の選考プロセスとしては異例の試みだ。美術館の理事は関係者の人脈から選ばれるのが通例で、幅広い市民の利益になるべき美術館の運営が視野の狭いものになっているとの批判もあった。クイーンズ美術館の理事会は、キャリアの早い時期にクイーンズ美術館との関係を築きたいと考えて応募してくるのはどんな人物なのかを知りたいと考えた。美術館はスタッフ募集の求人広告を出すのだから、理事も募集してみてはどうだろうと。
クイーンズ美術館のピーター・ワーウィック理事長は、「理事会のメンバーを公募することで、美術館関係者が理解しておかなければならないことがある」と話す。「理事会の顔ぶれについて透明性を高め、より幅広い人材を選考対象にし、有能な人材をプールして、理事会を拡大したい時や欠員が出た時に指名できるようにしておくこと。こうした取り組みは、とても大切です」
ニューヨークにあるパフォーマンスと展示のためのスペース、The Shed(ザ・シェッド)のアシスタントキュレーター、アデーゼ・ウィルフォードは、ニューヨークで育ち、アメリカ自然史博物館、メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の会員だった母親に連れられ、地元の美術館を頻繁に訪れていた。30歳のウィルフォードは、クイーンズ美術館の理事公募を知って応募した一人だ。「美術館の可能性について、ずっと興味を持っていて、美術館がどんな仕組みで動いているのかを知りたかったのです」。何度かの面接を経て、クイーンズ美術館は2021年3月、ウィルフォードが初代ヤング・トラスティーに就任すると発表した。
ウィルフォードは「私のキャリアの初期にこの仕事を得られたことで、美術館の館長が日常的なスタッフとの関わり以外にも行わなくてはならない業務について学ぶことができる」と言う。「美術館の運営理事会との関わり方や、その意味合いも含めて理解したいと思っていました。いくつかの委員会を順に経験しましたが、多くのことを学べるすばらしい機会を与えてくれるものです」
同様の試みは最近、やはりニューヨークにある美術館、フリックコレクションでも行われている。フィフスアベニューの有名な建築は現在改修工事中だが、美術館の内部組織についても見直しの最中だ。フリックは、6年前からブロンクスにあるゲットー・フィルム・スクールと共同で、学生が短編映画制作を学べる教育プロジェクトを行ってきた。このプロジェクトの協力者でゲットー・フィルム・スクールのチーフ・ストラテジー・アンド・パートナーシップ・オフィサーであるシャリーズ・ブーロック=ベイリーを、2020年にフリックの理事として迎えている。
ブーロック=ベイリーは、メールインタビューで次のように答えている。「お互いにとってとても意義のあることだと思いました。最も重要なのは、私の個人的なビジョンに合致しているという点。それは、生涯学習と地域社会への貢献のために、自分の喜びと目的をもって奉仕することです」
美術館側は、次世代の理事たちを引きつけるためには、まず一人、二人に門戸を開くことが有効であることを学びつつある。クイーンズ美術館の場合、ヤング・トラスティーの定員は一人だが、美術館の幹部は、採用プロセスを通して若く才能ある未来の寄付者やパトロンと出会うことができた。館長のタラントは、そうした候補者に対する指導を非公式に始めている。
ワーウィックは、「さらに、キャリアや人生で異なるステージにある人たちを理事に招き入れる努力も必要」と語る。「美術館に来る人たちについていえば、コロナ前は人口全体の平均よりもずっと若い傾向にありました。教育プログラムや学校向けのプログラムに力を入れているからです。私たちは、ニューヨーク、特にクイーンズ地区のコミュニティを反映するような理事会にしたいと考えています」
アートのパトロンの中には、特定の美術館の枠を超えて、互いに協力し合うための方法を模索する動きも生まれている。2021年には、若手アートコレクターのヴィクトリア・ロジャーズとMET理事のガブリエル・サルツバーガーが、ブラック・トラスティーズ・アライアンスを設立(設立理事会メンバーには、世界有数のアートコレクターであるパメラ・J・ジョイナーも名を連ねる)。米国各地の美術館の黒人理事に向けた支援活動を行っている。
ブルックリン美術館で最年少理事の一人であるロジャーズは、ブラック・トラスティーズ・アライアンスにより、美術館と慈善活動の共生関係を活用しつつ、若く多様な見学者に親しまれるような美術館のあり方を再考したいと考えている。また、アライアンスのメンバーは、美術館が抱える問題に対するアイデアや、ワークショップで導き出された解決策を共有し、意見を交換するためのコミュニティを望んでいる。
「人々とアートの関係や、美術館のビジネス環境は、どのような展覧会を行いどんな人が関わっているかによって異なります。さらに関わり方についても、理事、会員、頻繁にアートを見に行くだけなど、さまざまなレベルがある」とロジャーズは語る。「大切なのは、文化が社会を形成するのに役立っているという意識であり、人々がそれに関わりたいと思うことです」
クイーンズ美術館のワーウィック理事長は、さまざまな美術館の、異なる階層の若い世代をつないでいくことが、結果的に美術館により良い未来をもたらすと述べている。そして、美術館運営は、キュレーションと同じくらいクリエイティブであることが可能なのだとも言う。「既成概念にとらわれない考え方、他のやり方はないのかと考えることが美術館のためになるのです」
※本記事は、米国版ARTnewsに2021年11月26日に掲載されました。元記事はこちら。