Web3テクノロジーで“みんなが参画する美術館”へ。13億円超の資金調達を完了した新興企業に聞く
アート界で中核的な位置を占める美術館。それを分散化しようと取り組んでいる企業がある。Web3のスタートアップ企業、アーカイブ(Arkive)だ。彼らが目指すものは何か、また他の分散化プロジェクトとどんな違いがあるのかを取材した。
アーカイブの基本的な考えは、フィンガープリンツDAOやミュージアム・オブ・クリプト・アートといったアート系DAO(*1)と同じで、コミュニティのメンバーに投票権や意思決定権があるというもの。
*1 DAO(Decentralized Autonomous Organization)は日本語で分散型自律組織と言われ、非中央集権的な組織形態を意味する。多くの場合、意思決定を行うための投票権を獲得できるガバナンストークンが発行される。インターネット上の革新的なデータ流通構造を実現しようとするWeb3のカギとなる仕組みと言われる。
ただ、同社が異なる点は、少なくとも今のところは、コミュニティ参加に初期費用やトークン購入の必要がない点だ。収集した作品は文化施設に貸し出されることを想定しており、デジタル作品以外もコレクションしていくという。
Artnewsの取材に応じたアーカイブの創設者、トム・マクロードはこう言った。「つまり、どんな作品を世に送り出すか、その決定権を持つメンバーの1人になれるわけです」
メガギャラリーのガゴシアンで、サンフランシスコのディレクターを務めたケリー・ホアンも、アーカイブのビジョン構築に深く関わっている。現在彼女は、キュレーターのサイモン・ウーやカルチャー分野に詳しいライターのイザベル・フラワーと共に、キュレーションとコレクションを担当している。
ある時マクロードは、ホアンとのランチの席で「何か大きなインパクトを与えることができるチャンスよ」と言われたという。ホアンは、物理的な場所や階層化された組織、そのほか美術館ならではのニーズといった制約にとらわれない存在を考えてほしいとマクロードに頼んだのだ。
そのアイデアは、次第に大きくふくらんでいった。何が文化的に重要か、それを決めるのがアート業界人ではなく一般の人々だったら……? そしてアーカイブが誕生した。従業員はまだ数百人程度だが、資金は潤沢だ。この7月に970万ドル(13億円超)を調達し、ステルス(*2)フェーズから一歩踏み出している。
*2 スタートアップ企業などが、自社の製品・サービスに関する情報を公開しないで事業を進めること。競合他社に知られないようにする、あるいは投資家や潜在顧客の関心や期待を生み出すための戦略。
アーカイブは、すでに以下4点の作品を取得している。
1. 世界初の電子計算機の特許
2. リン・ハーシュマン・リーソン作《Seduction(誘惑)》(1985)
3. パット・ゴーマン作《MTV Moonman prototype(MTV ムーンマン プロトタイプ)》(1984)
4. アリア・ディーン作《Eulogy for a Black Mass(ブラック・マスへの弔辞)》(2017)
《Seduction》は頭がテレビになった女性の写真、《Eulogy for a Black Mass》は6分ほどの動画作品だ。アリア・ディーンは《Eulogy for a Black Mass》で、黒人コミュニティが拡散するインターネットミーム(*3)について考察し、動画の冒頭で「ミームには何か黒人的なものがある。だが、その“何か”は複雑で分かりにくい」と語っている。
*3 インターネット上で人から人へと真似され、広がっていく言葉や画像、動画。ネタ要素の強いものが多い。
アーカイブがディーンの作品を取得したプロセスは、美術館が作品を購入するのと似ている。通常、美術館の学芸員は、理事会を説得して作品の購入予算を承認してもらう。一方、アーカイブでは、キュレーターチームが購入候補の作品をコミュニティのメンバーに売り込む。
アリア・ディーン Molly Matalon
ディーンの作品購入にあたっては、「《Eulogy for a Black Mass》は大規模なコレクションにふさわしく、後世に残る作品であることを説明する資料を、シモン・ウーとケリー・ホアンが1か月かけて作成したんです」とマクロードは言う。実際、この映像作品の別エディションは、バード大学のヘッセル美術館に所蔵されている。
アーカイブでは、チャットアプリのプライベートチャンネルを利用して、メンバーがアート、歴史、今後購入すべき作品やアーカイブの将来のあるべき姿などを話し合っている。これは単におしゃべりを楽しんでいるわけではなく、投票権の獲得につながるものだ。メンバーの貢献度に応じてポイントが加算され、そのポイントが投票に必要なガバナンストークンに変換される。
つまり、アーカイブのFAQにも記されているように「ポイント=審美眼の証明」なのだ。これは、ほとんどのDAOが金銭的投資に対してガバナンストークンを発行しているのに対し、社会的投資にガバナンストークンを付与する新しいモデルと言える。
マクロードによると、当面の目標はデジタルカルチャーに関連した作品を集めることだという。「アリア・ディーンの《Eulogy for a Black Mass》は、インターネットミームを文学やアートとして、また文化的意義があるものとして提示しているだけでなく、コンピュータベースの流通システムと結びつけているところが気に入った」と語る。
ディーンも自分の作品がアーカイブに所蔵されることを喜んでいる。彼女は昨年まで、テクノロジーを駆使したアートを推進する団体、ライゾームでキュレーター兼編集者を務め、インターネットアート時代の作品保存に携わっていた。また、9月5日までニューヨークのホイットニー美術館で開催されているホイットニー・ビエンナーレに作品を出展しているアーティストでもある。あるインタビューでは、テクノロジーを用いることで、さまざまな軸でのアートの組織化を実現する取り組みに興味があると語っている。
ディーンはまた、こう言う。「アート作品の収集や展示、流通の新しい方法を見つけるには、とにかく実験するしかありません。アーカイブの取り組みは、美術館のあり方に新しいモデルを提示するだけでなく、分散型テクノロジーを機能させ、実現可能な形で利用できることの証明としても重要な意味があるんです」(訳:鈴木篤史)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年8月25日に掲載されました。元記事はこちら。