黒人アーティストのデリック・アダムスが語る、隠れた差別と真の成功
ブルックリンにある倉庫の一部を改造したデリック・アダムスのスタジオは、白い壁と白いソファーセットがある、明るく整然とした空間だ。2021年9月、スタジオの壁の一角に掛けられていた絵は、別世界への覗き穴のようだった。
その絵に描かれているのは美術館の展示室。風船や「ハッピーバースデー」のガーランドでパーティーの飾り付けがされ、壁には2018年の映画「Mr. Soul!(ミスターソウル!)」のポスターを描いた絵が掛けてある。この映画は、革新的なテレビプロデューサーでトークショーのホストでもあったエリス・ヘイズリップと、彼が手掛けたテレビ番組「SOUL!(ソウル!)」についてのドキュメンタリーだ。「SOUL!」は、1968〜73年まで公共放送局で放映され、ブラック・アーツ・ムーブメントにスポットライトを当てた。
展示室の中央には、二つの彫刻がある。一つは、アトランタのハイ美術館が所蔵する、故エリザベス・キャトレットが1955年に制作したアフリカ系アメリカ人男性の胸像《Target(標的)》。もう一つは、マリのバンバラ族による力強い女性の彫像だ。どちらもパーティー用の帽子をかぶり、バンバラの彫刻はパーティーを盛り上げる笛を口にくわえている。パーティー会場にいる唯一の人間は、美術館警備員の黒人女性で、鮮やかなピンク色の風船ガムを膨らませている。作品からは喜びが溢れ、それ自体がブラックカルチャーを賛美するものになっている。
まだタイトルの決まっていないこの作品は、アダムスの新シリーズの一部だ。新シリーズは過去25年間の作品の集大成で、これまで彼が追求してきたいくつかのテーマが集約されている。評価の高い「Style Variations(スタイルバリエーション)」シリーズのように、アダムスの最もよく知られた作品は、黒人や褐色の肌の人物がクローズアップで描かれたものだ。一方、新シリーズでは対象を引きで捉え、より広い場面を描き出している。アダムスはそれを「より映画的」だと言う。「ある意味、都市空間と、その空間を象徴する人々をテーマとしていて、私がこれまでやってきたこと全てを組み合わせたもの。過去に取り組んだこと、これからやってみたいことを融合させたものなんです」
この作品は、「Black Joy(黒人の喜び)」(*1)と呼ばれるものを包含する環境を作りたいという彼の思いと一致している。「自分が毎日体験したい環境を実際に作り出せるというのは、アーティストであることの醍醐味ですね。これは私が重要だと思った出来事を祝うもの。たとえそれが何であるか、私が誰に興味を持ったかを知らなくても、その背後にある私の称賛の気持ちは感じ取ってもらえるはずです」
アダムスはこう続けている。「ただ単にいい絵を描きたいとか、いい彫刻を作りたいというよりも、観客とつながることを大事にしたいんです。見る人を引きつけることに興味があって、いつもそれを念頭に題材を選んでいます」
美術館での誕生日パーティーの絵は完成したように見えるかもしれないが、本人は、「95%くらいしかできていない」と言う。95%に到達するのに1ヶ月から6ヶ月、最後の5%を仕上げるのにさらに1ヶ月から2ヶ月、作品と向き合う必要があるのだ。「作品が手を離れるまで1、2ヶ月はスタジオに置き、作品をじっくり見て、そこから学びたいんです」とアダムスは説明する。「こうしようとか、これはもうしないようにとか、いろいろ分かってくるので」
アダムスは、いま非常に人気の高いアーティストで、展覧会が目白押しだ。2021年3月にニューヨークのギャラリーSalon 94(サロン94)で「Style Variations」シリーズの新作が何点か公開され、10月にはミルウォーキー美術館から依頼された壁画とニューヨーク近代美術館のウィンドーインスタレーションが完成。12月にはクリーブランド美術館で展覧会が始まり、シアトルのHenry Art Gallery(ヘンリー・アート・ギャラリー)では2022年5月までバーバラ・アール・トーマスとの二人展が開催中だ。さらに、アーカンソー州のアートスペース、Momentary(モーメンタリー)から始まった巡回展「Sanctuary(聖域)」が、2022年4月にAfrican American Museum in Philadelphia(フィラデルフィア・アフリカン・アメリカン・ミュージアム)で開催される予定だ。
たとえスケジュールが詰まっていても、アダムスは作品制作へのスローフード的なアプローチを変えるつもりはないようだ。「壁から外す前に何度も戻ってきて手を入れるのは、その間に見えてくるものがあるから」とアダムスは語る。「自分の仕事の進め方はジェンガみたいな感じかもしれない。どんどん要素を積み上げていって、崩れ落ちる寸前で『よし、これだ』となるんです」
近年アダムスは、アート界だけでなく、アート界を超えたところでも大きな知名度を得ている。しかし、彼にとってそれは諸刃の剣だ。絵の形式的要素よりも、主題に注目が集まってしまうことをアダムスは懸念している。彼の主題は、ジム・クロウ法の時代(*2)の黒人向け旅行ガイド「グリーンブック」といった歴史的文献を参照しつつも、黒人の日常生活を明るく描いたものだ。アダムスは、「作品の核心はフォーマリズム(*3)にあって、線、色、構図などの形式的要素で黒人文化の豊かさと複雑さを表現しているんです」と説明する。
アダムスは、白人のアーティストと同じように、形式的基準によって作品を評価されたいと願っている。たとえばモナリザがそうであるように。「この作品の神秘性について語られることが多いけれど、絵そのものに物語性はない」とアダムスは言う。
「絵の美しさや形式的な表現に魅せられるあまり、人々は物語を投影してしまう。そのように、みんなが自分なりの感性で私の絵を見てほしいというのが、黒人のアーティストとして思うところです。黒人の苦しみに関する、ステレオタイプな物語がそこにあるかどうかにかかわらず、観賞が成立する自由がほしいですね」
彼はさらにこう続ける。「私にとっての挑戦は、作品が形式主義的、文脈的に議論されるレベルに到達できるかということです。それがアーティストとしての成功だと思っています」
ボルチモアで生まれ育ったアダムスは、90年代半ばにプラット・インスティテュートで美術の学士号を取得した(2020年に同校の評議員に就任)。2003年にコロンビア大学で修士号を取得し、その年に新人発掘で定評のあったニューヨークのJack Tilton Gallery(ジャック・ティルトン・ギャラリー)で初めての個展を開いた。初期はパフォーマンスや彫刻を中心に制作をしていたが、その後コラージュ、建造環境、そして現在最もよく知られている絵画へと移行していった。
彼はスタジオのあるブルックリンのベッドスタイ地区やニューヨークの他の地域など、出先や旅先で目にしたものをよく写真に撮る。写真は作品の参考にしたり、コラージュとして作品に組み込まれたり、「Style Variations」のために撮影したマネキンの頭部の写真のように、シリーズ全体の出発点となることもある。
新しいシリーズでは、コラージュの特徴であるレイヤーを重ねていくアプローチが随所に見られる。「Style Variations」のマネキンの目のように、これまでもコラージュの要素を取り入れた作品はあった。「コラージュは、自分が意図する雰囲気を人に伝えるための面白い方法。元の状態ではそれほど注目されないものでも、コラージュで他の要素と一緒になることで、より深い意味を持つことがある」とアダムスは語る。
今後開催が予定されている一連の展覧会によって、彼の形式主義的なアプローチを巡る議論の方向が変わっていくことをアダムスは願っている。Henry Art Galleryでの二人展では、「Style Variations」の作品数点と、布や衣服、型紙の要素を取り入れた抽象画のシリーズが展示される。これは、1990年にエイズで亡くなった黒人のファッションデザイナー、パトリック・ケリーの仕事に関してアダムスが継続的に行っているリサーチに基づくものだ。「スタジオで並行して進めてきた2つのシリーズが一緒に公開されたことはなかったので、今回はそれができる良い機会。制作過程で互いに影響を与えてあっていたのは間違いありませんから」
彼のスタジオは聖域だ。「スタジオに来て電気をつけた時に目に入ってくるのは、心地よく、希望が湧くようなものであってほしい」とアダムスは言う。「人に何かを伝えようとするのなら、それはみんなに力を与えるようなものであるべきです。それを必要としている人がいると思うんです。自分自身、それが必要ですから」(翻訳:野澤朋代)
※本記事は、米国版ARTnewsに2021年12月10日に掲載されました。元記事はこちら。