歴史的アート作品のNFT化で収益を得るためには。遺産管理団体や美術館、マーケットプレイスの試行錯誤
NFT市場は今年1月に取引額のピークを記録したのち急落し、今も低迷が続いている。一時期の投機熱がすっかり冷めた格好だが、そんな中、歴史的なアート作品をNFT化する動きが相次いでいる。失敗例や成功例を紹介しながら、その目的や現状をリポートする。
活況を呈していたNFT市場が予期せぬ急落に見舞われたのは、今年のバレンタインデーのことだった。それは、その後やってくる「暗号資産冬の時代」到来の前兆だったと言えるだろう。それと時を同じくして、ウィーンのベルヴェデーレ美術館はグスタフ・クリムトの《接吻》を100×100のグリッドに分割し、1万個のコレクションとして同美術館初のNFT販売を開始している。
ベルヴェデーレ美術館の総合ディレクター、ステラ・ローリグは、この試みを壮大なスケールで語る。プレスリリースでは、「デジタル時代にアート作品を所有する意味とは?」と問いかけ、その答えをこう紐解いた。「2020年以来アート界で注目を集めてきたNFTの台頭は、この問いに新鮮な視点を投げかけました。デジタルの複製物を仮想的なオリジナル作品へ置き換えることは、作品所有の概念に新たな形をもたらします。その金銭的価値については真面目に考えるべきですが、同時にNFTは遊び心のあるものと捉えることができるでしょう」
1点約2000ドルで発売された《接吻》のNFTは、「(美術館の)作品収集や調査、保存、広報のための資金を得ることを目的としている」という。ベルヴェデーレの広報担当、イレーネ・イエーガーによると、現時点では2400点が販売済みで、収入にして約440万ユーロになる。
イエーガーはARTnewsのメール取材にこう回答した。「私たちにとっては新しい試みで、実験的なものでもありました。どんな結果になるのか分からない中で進めていましたが、結果は大成功で、歴史的な作品を使ったNFTの事例としては、世界で最も成功したプロジェクトだと考えています。とはいえ、1万点全てを売り切ることが目標ですが」
クリムトのNFTコレクションを手がけたメンバー:(左から)アルテQ創設者のファーボッド・サデギエン、ドナウ・フィナンツ社マネージングパートナーのカタリナ・クラウス、ベルヴェデーレ宮殿・美術館総合ディレクターのステラ・ローリグ、ベルヴェデーレ宮殿・美術館CFOのヴォルフガング・ベルグマン ouriel morgensztern
歴史的な美術作品を活用したNFTで作品の保護・保存への支援を募ったり、新しい世代のアートファンを開拓したりする試みは、ベルヴェデーレ以外にも数多くの事例がある。
今年1月、パブロ・ピカソの孫娘マリーナとひ孫のフローリアン・ピカソは、それまで公開されていなかったピカソの陶芸作品のNFT1010点をオークションにかけると発表。しかし、これはピカソの他の親族によって中止されている。
2月には、ドイツの伝説的写真家、アウグスト・ザンダーのひ孫にあたるジュリアン・ザンダーが、アウグストの作品1万700点のアーカイブを全てNFT化し、NFTマーケットプレイスのオープンシー(OpenSea)で無償提供する計画を明らかにした。ジュリアンは、「ブロックチェーン上でアウグスト・ザンダーの遺産を守りたい」としていた。
ザンダーのNFTコレクションはプロジェクト開始後に全て人手に渡り、その後数週間のうちにオープンシーでの転売額は400ETHを超えた。著名な写真家からもこの試みへの称賛が寄せられたが、ドイツの非営利団体・SK文化財団が訴訟を起こすと、コレクションはあっという間にオープンシーから姿を消した。アウグスト・ザンダー作品の著作権はザンダーのひ孫ではなく、2034年までSK文化財団が所有していることが判明したからだ。
アーティストの遺作をもとにしたNFTコレクションの中で最も成功を収めているのは、おそらく「Computer Joy(コンピュータージョイ)」だろう。これは、リー・マリカンによる1980年代の先駆的なデジタルアート作品から制作された15のNFTから成るコレクションで、昨年11月にベリサート(Verisart)プラットフォームとの提携で実現している。
80年代にデジタルアート制作を始める30年前、マリカンを有名アーティストにしたのはナイフを用いた抽象画だった。神話を想起させるその作品群は、マリカンが関わった2つの重要な芸術運動の最初のものだ。
マリカン作品の管理責任者、コール・ルートはこう語る。「リーがアート界における2つの大きな変化の最前線にいたのはとても重要なことです。40年代にはパウル・クレーに触発されて後期シュルレアリスムのアーティストとして活躍し、80年代にはデジタルアート制作に移行しました。彼は実にさまざまなアートの実験に取り組んでいます。実際、試したことのない材料や手法はないんじゃないでしょうか」
晩年のマリカンは、大胆な色合いの抽象画をカンバスからパソコン(IBM5170)上のデータへと変換している。この試みはマリカンと同世代の人々に、画家がいかに自らの作品をデジタル化できるか、そのお手本を示すものだった。
ビバリーヒルズのマーク・セルウィン・ギャラリーに展示されたリー・マリカンの抽象絵画。「Computer Joy(コンピュータージョイ」のデジタル作品の両脇にリアル作品が配置されている Marc Selwyn Gallery
ルートは、アートライターで研究者でもあるマリー・ハイリッヒやギャラリストのマーク・セルウィンとともに、300点を超えるマリカンのデジタルアートから「Computer Joy」用の作品を選んだ。その後、ビバリーヒルズのマーク・セルウィン・ギャラリーで展覧会が開催されたが、そこではマリカンのリアル作品をデジタル作品と並べて展示している。
ルートがARTnewsに語ったところによると、展覧会は従来のアートファンとデジタルに詳しい新しい世代の両方を集めることができたという。
「NFTに親しんでいる世代はリアルな絵画に夢中になり、従来のアートファンはデジタル作品に感動していたんですよ。両者の橋渡しを実現することができて、本当に良かったと思います。どちらの世界ともつながりを持つことこそ、私たちのプロジェクトが実現しようとしていることなので」
これまで、歴史的な美術作品をデジタル化してNFTコレクションを制作してきたのは、アーティストの遺産管理団体や美術館が多い。しかし、その流れを変えようという取り組みがある。NFTマーケットプレイスの「クリック(Click)」だ。
色彩豊かなジャンクアート(廃棄物を用いた作品)で知られる彫刻家、ジョン・チェンバレンの遺産管理団体でディレクターを務めるアレクサンドラ・フェアウェザーが2021年に立ち上げたクリックは、チェンバレンの代表的作品や貴重なアーカイブのデジタル化を計画。作品に用いられている中で、劣化が見られる素材の保存を目的としている。
たとえば、クリックの初NFT《(Dis)integration(統合と分解)》は、そのタイトル通り、自動車のスクラップを組み合わせた作品が分解していく様子を捉えたモノクロームの画像だ。フェアウェザーによると、《(Dis)integration》の作者について知りたいと思わせることで、アートの初心者にも、本格的なアートファンにも、これまでにない参加型体験が提供できるという。
NFTプラットフォーム「クリック(Click)」の共同創設者、ビリー・フォルチェッティ(左)とアレクサンドラ・フェアウェザー Click NFT Platform
「《(Dis)integration》で私たちがやろうとしているのは、なぜアーカイブが重要なのかを理解してもらうことなんです」とフェアウェザーは言う。「あらゆる手がかりをつなぎ合わせながら、この作家が誰で、その作品がどんなことを語り、このプロジェクトは何のためにあるのかを追求するのが目的です。そうしなければ、何もかも忘れられ、失われてしまうでしょう」
クリックの共同創設者、ビリー・フォルチェッティは、NFTを手がけるのは「現代的な方法でアーティストや遺産管理団体の収入源を確保すること」だとARTnewsに説明した。そして、他の多くのアーティスト遺産管理団体や美術館がNFTコレクションを作るのと同様、収益はチェンバレンのほか、提携するアーティストの遺した作品の保全に活用されるという。
クリックはまた、収益の一部を現代アートの教育用コンテンツ制作を行う非営利団体、Art21に寄付する予定だ。Art21は最近、ウィリアム・ケントリッジの「Anything Is Possible (不可能なことなどない)」などを手がけている。
なお、今年前半からの暗号通貨市場の低迷を受け、クリックはNFT販売を一時停止している。今後、市場が安定したところで再開するという。
フェアウェザーはARTnewsにこう語った。「NFTのような新しい手段は、より親しみやすい方法でインスピレーションや学びの機会の提供を可能にするのではないでしょうか。従来のアート界をハイカルチャーの象徴のように思って敬遠する人も多いですが、そうした垣根を少しでも取り払うことができればと思っています」(翻訳:山越紀子)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月22日に掲載されました。元記事はこちら。