国際美術展「ドクメンタ」が反ユダヤ主義やボイコットへの関与を否定
開幕まで数カ月となった国際美術展、ドクメンタ15が、イスラエル企業・製品のボイコットを求めるBDS運動(「ボイコット、投資の引き揚げ、制裁」運動)に関与しているとの非難を受けている。
5年ごとにドクメンタが開催されるドイツのカッセルに拠点を置く組織、カッセル反ユダヤ主義対抗同盟(Alliance Against Anti-Semitism Kassel)は、2022年6月から開催されるドクメンタ15を「反イスラエルの活動家が関与している」と非難した。その根拠として、インドネシアのアート・コレクティブ、ルアンルパが率いるチームに、パレスチナのラマラにあるハリル・サカキニ文化センター(KSCC)が参加していることを挙げている。上記の同盟は1月初めにこうした内容のプレスリリースを発表したものの、そこには不正確な内容が含まれている。
KSCCのウェブサイトによると、同センターは「調査、研究、参画を通じて、多元的で批判精神に満ちた解放的な文化を創造し、活気ある自由な文化コンテンツを生み出すための開かれた場をコミュニティに提供する」ことを目的として、パレスチナ人アーティストを支援している。同センターの名前の由来となったのはパレスチナの知識人・哲学者、ハリル・サカキニで、その大量の蔵書が保管されている。
カッセル反ユダヤ主義対抗同盟による非難は事実に反するが、ドイツの複数の新聞社が肯定的に取り上げている。そのうちディー・ツァイト紙は、1月12日付でコラムニストのトーマス・E・シュミット氏による「ドクメンタは反ユダヤ主義の問題を抱えているか」という論説を掲載した。
シュミット氏のコラムに関しては反発の声もある。ドイツの美術誌、モノポルのエルケ・ブール編集長はこのコラムを「リサーチ不足」と評し、以下のように書いている。「ドクメンタ15を色々な面で批判することは可能だ。しかし、一つだけはっきりしているのは、『アイデンティティ主義的左派』に対する文化闘争の性格を持つようになって久しい地元のBDS論争の深みにドクメンタを引きずり込むのは意味がないということだ。ドクメンタに限らず、国際的な展覧会がアラブ世界やグローバルサウス(*1)に関連したアーティストを招聘(しょうへい)すれば、今回のようにドイツのBDS運動に関する政治的な方針が想定していない考え方が出てくる」
カッセル反ユダヤ主義対抗同盟は、ララ・ハルディとヤザン・ハリリの二人のアーティストを槍玉に挙げている。二人はクエスチョン・オブ・ファンディング(Question of Funding)という組織のメンバーとしてドクメンタ15に参加している。ドクメンタ15公式サイトの紹介文によれば、クエスチョン・オブ・ファンディングは、「ファンディング(資金調達)による経済について、またそれがパレスチナで生み出す文化についての再考を目指す」集団だ。
二人はかつてKSCCにおいて主導的な立場にいたが、ハルディは既に同センターに所属しておらず、ハリリは総会のメンバーとしてのみ在籍している。カッセル反ユダヤ主義対抗同盟は、ドクメンタがクエスチョン・オブ・ファンディングを参加させることでKSCCとの関係を隠そうとしていると非難したが、それは事実ではない。クエスチョン・オブ・ファンディングはKSCCの関連団体ではなく、ドクメンタ15の参加アーティストの1組だ。一方、KSCCはドクメンタ15の芸術監督チームに名を連ねている。
カッセル反ユダヤ主義対抗同盟は、1月初めのプレスリリースの中で、クエスチョン・オブ・ファンディングとKSCC、そしてドクメンタ15の諮問委員であるキュレーターのチャールズ・エッシュとアーティストのアマール・カンワーの二人がBDS運動を支持していると主張した。クエスチョン・オブ・ファンディングとKSCCの経歴紹介には、どこにもBDS運動に関する記述はない。一方で、エッシュは2020年にドイツのアーティストたちが発表したBDS運動に関する公開書簡に署名し、カンワーは2011年にテルアビブ美術館で開催されたインド美術の展覧会を、BDS運動への連帯を理由に辞退したアーティスト5人のうちの一人だ。
論争を受けて、ドクメンタ15側は1月12日、公式サイトに短い声明を出し、「ドクメンタ15は反ユダヤ主義を支持しない。芸術と科学の自由を支持し、反ユダヤ主義、人種差別、極右的過激主義、暴力的な宗教原理主義など、あらゆる種類の差別に反対する取り組みを支持する。ドクメンタ15は批判に断固として対処する」と表明している。
BDS運動は世界中で物議を醸しているが、ドイツではとりわけ問題視されている。ドイツ国会は2019年にこの運動を違法とする見方を示した。しかし、ヨーロッパのアーティストたちは、定期的にBDS運動をめぐる問題に巻き込まれている。2019年にはドイツのアーヘン市が、アーティストのワリッド・ラードがBDS運動に関与している疑いがあるとして、市内の美術館による賞の授与を差し止めたが、美術館は市の命令に反して賞を授与した。また、今年のヴェネチア・ビエンナーレのフランス代表アーティスト、ジネブ・セディラは2020年にBDS運動との関係を指摘され、右派系メディアから批判された。セディラ本人はBDS運動との関わりを否定している。
昨年末以来、ドクメンタ15が論争の的になるのはこれが2度目になる。先頃は、今回参加予定の台湾パイワン族のアーティスト、サクリウ・パヴァヴァルンが、性的暴行の加害者であるとして複数の女性から告発された。本人は疑惑を否定しているが、ヴェネチア・ビエンナーレの台湾代表からは外されている。ドクメンタ15は暫定的にパヴァヴァルンの参加停止方針を発表したが、最終的な判断はくだされていない。(翻訳:清水玲奈)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年1月14日に掲載されました。元記事はこちら。