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ドイツ系ユダヤ人の所有者の相続人が、18世紀の絵画を強要されて売却されたと訴えた裁判のゆくえ

ヒューストン連邦判事は、ドイツ系ユダヤ人所有者の相続人が訴えていた18世紀の絵画の保持を、ヒューストン美術館(テキサス州)に認める判決を下した。

ベルナルド・ベッロット《Marketplace at Pirna(ピルナの市場)》(1764年頃) Museum of Fine Arts Houston

問題となっている作品は、イタリアの画家ベルナルド・ベッロットの《Marketplace at Pirna(ピルナの市場)》(1764年頃)で、かつてユダヤ系ドイツ人の実業家マックス・エムデンが所有していた作品。エムデンはナチスの迫害で財産の大半を失った人物だ。

エムデンの相続人は、1938年にナチスに協力的な画商によって強制的に売却されたと主張し、この絵を取り戻そうとした。第二次世界大戦後、ベッロットの絵はオランダ政府によって間違った所有者に返却されたと言われている。さらに50年代に、ヨーロッパ美術の大コレクターだったサミュエル・ヘンリー・クレスに売却され、彼の名を冠した財団を通じてテキサス州の美術館に寄贈されたという経緯がある。

5月2日、テキサス州南部地区連邦地方裁判所ヒューストン支部のキース・P・エリソン判事は以下のように判決を言い渡した。オランダの返還は「主権行為」であり、連邦地裁が外国に関する手続きの無効性を判断できないことを理由に、この訴訟を却下する、と。

この判決は、「国家無答責の法理(the Act of State Doctorine)」という、主に米国の裁判所が外国の法的手続きを覆すことを阻止するルールに基づいている。裏付けに引用されたのは、2018年の判決。ナチスに略奪されたルーカス・クラナッハ(父)の絵画をオランダ政府が売却し、のちに作品を収蔵したノートン・サイモン美術館(カリフォルニア州パサデナ)が正当な所有者であるとした裁定だ。

だが、今回のエリソン判事の判決には、正当な所有者についての判断は含まれていない。

ヒューストン美術館は、ベルナルド・ベッロットの作品は強制的にドイツ政府に売られたのではなく、マックス・エムデン率いるエムデン社が 「自発的に」売ったものだと主張。ベッロットの絵の複雑な歴史は、ヒューストン美術館とエムデンの相続人との間で長年にわたる争議を引き起こしてきた。2007年にエムデンの遺族が同館に作品の返還を求め、11年には正式に返還請求を始めた。

2021年3月、相続人は、第二次世界大戦に関連する返還事件を監督するモニュメントメン財団に、さらなる調査を依頼。戦後に返還された作品を記録したミュンヘン検問所の目録番号から、この絵は正式にエムデンが所有していたことや、誤った所有者に返還されたことを示す証拠を得た。

その後、美術館は財団による検証を認め、同年、作品の出所記録をミュンヘン検問所を通過したものへと修正した。しかし現時点で、同作品のオンライン記録にエムデンについての言及はない。

エムデンは1933年にスイスに逃れ、1年後に市民権を得て、40年に亡くなるまでブリサーゴ諸島(マジョーレ湖に浮かぶ島)に美術品コレクションとともに住んでいた。モニュメントメン財団によると、エムデンは38年にベルナルド・ベッロットの絵画をドイツの画商カール・ハーバーストックに売却し、アドルフ・ヒトラーがオーストリアに計画していた美術館に納める予定だったことが記録されている。

ヒューストン美術館は、「裁判官の決定は、私たちの正当な権利を肯定するものだ」と声明を発表。また、「1938年に、スイス市民のマックス・エムデン氏が任意売却を開始したという文書を持っている」と付け加えた。

一方、モニュメントメン財団の代表は声明の中で、今回の判決とヒューストン美術館を批判する。「ナチスによって財産を奪われたドイツ系ユダヤ人が所有していた絵画が、事務的なミスと詐欺によって我が国で最も裕福な美術館に飾られている。その事実は、どんな判決が出ようとも変わらない」(翻訳:編集部)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月6日に掲載されました。元記事はこちら

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