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  • 2022.02.17

ロボットがお尻を振りながら赤い液体を集めるアートが、10代のTikTokerの間で大拡散した理由

2019年のヴェネチア・ビエンナーレで最も記憶に残る作品の一つ、スン・ユアンとペン・ユーのインスタレーション《Can't Help Myself(やめられない)》(2016–19)が、今また意外なところで注目を集めている。それは動画アプリのTikTok(ティックトック)だ。また、ツイッターではこの作品に関する誤った情報が流れ、それを軽蔑的な調子で訂正する多数のリプライが付くという事態も起きている。

2019年のヴェネチア・ビエンナーレに出展されたスン・ユアンとペン・ユーのインスタレーション《Can't Help Myself(やめられない)》(2016〜2019) 写真:picture alliance/アフロ2019年のヴェネチア・ビエンナーレに出展されたスン・ユアンとペン・ユーのインスタレーション《Can't Help Myself(やめられない)》(2016〜2019) 写真:picture alliance/アフロ

2021年11月、ロボットアームが回転し、血のようにみえる暗赤色の液体を繰り返しかき集めるインスタレーションの動画がTikTokで拡散し始めた。ユーザーの多くが動画に悲しげな音楽を組み合わせていて、たとえば、「昔はきれいだったのに…」というコメントを書き込み、パトリック・ワトソンの曲「Je te lesserai des mots(君に言葉を残そう)」を使った@julia_bernard_の投稿は、これまでに26万2000を超える「いいね」を集めている。

この投稿がきっかけで、作品についてのコメントを加えた投稿が増え、中でもロボットへの共感を表すものが多い。@anike_editsはラナ・デル・レイの曲「Dealer(ディーラー)」とともに投稿し、「アートはあなたを傷つけない」と冗談めかして書いている。@0peachsodaは、「トラウマとはこういうもの。どんなに拭い去ろうとしても消えることがない」とコメント。また、@autisticqueenは、TikTokで人気のあるダンカン・ローレンスの曲「Arcade(アーケード)」に合わせて動画を流し、「その苦悩を感じることができる」と書いている。

一方、この作品が気に入るなんて信じられないというTikTokユーザーもいる。@avenuglyは「ロボットが赤いペンキをすくう姿にみんなが泣いているのを見ている私」というコメントを添えて自分が笑い転げている様子の動画を投稿し、インスタレーション作品を広めた投稿より50万も多くの「いいね」を獲得した。

スン・ユアンとペン・ユーはこれまでも、たびたび世間の注目を浴びてきた。たとえば、向かい合わせに置かれた犬用ランニングマシーンの上で2頭の闘犬が走り続ける様子を撮影した映像作品《Dogs That Cannot Touch Each Other(互いに接触できない犬たち)》(2003)は、アニマルライツの活動家から批判を受け、2017年にニューヨークのグッゲンハイム美術館で開催された展覧会から撤去されている。しかし、《Can't Help Myself》とはどんな作品なのか、なぜ10代のTikTokユーザーの間で大人気なのだろうか。

《Can't Help Myself》は、グッゲンハイム美術館の企画展「Tales of Our Time(我々の時代の物語)」(2016年)のために依頼された作品で、大型のロボットアーム、液体、そして周囲に張りめぐらせるポリカーボネート製の透明な壁で構成され、さらに外からは見えない要素として、液体の動きを検知する視覚センサーが搭載されている。これにより、血のように見える赤い液体(実際には血液ではない)がアームから離れたところにたまると、アームは液体をかき集める動作をする。時折、赤い液体が透明な壁に飛び散り、殺りくや暴力を思わせる。

「Tales of Our Time」を企画したグッゲンハイムの元キュレーター、シャオユー・ウェンによると、この作品にはロボットを人間らしく見せる意図が込められている。アームには、「かゆいところをかく」「おじぎと握手」「お尻振り」とアーティストが呼ぶ動きがプログラムしてあり、鑑賞者はその奇妙な動作を見守ることになる。グッゲンハイム美術館のウェブサイト上の作品紹介で、ウェンは次のように問いかける。「ロボットを作った人間と、人間に操られるロボットは、どちらが弱い立場にあるのでしょうか」

2019年のヴェネチア・ビエンナーレで、この作品は「May You Live in Interesting Times(面白い時代を生きられますように)」と題されたメイン展示に登場。現代の分断と不安を表現するシルパ・グプタ、アーサー・ジャファ、テレサ・マルゴレスらの作品とともに展示され、社会的な文脈が間接的に与えられた。

このロボットアームの作品ほど、アートに感情を揺さぶられたのはこれが初めて。ロボットは、自分が動くためのエネルギーとして必要な液体が床にこぼれて広がっていく動きを食い止めようとするようにプログラムされている……”  投稿原文はこちら

1月中旬には、ツイッターでこの作品に別の解釈を加える複数のスレッドが拡散していた。その多くは、2019年に液体がなくなったときにロボットが実質的に「死んだ」という根拠のない主張にまつわるものだ。たとえば、#luckygordyと名乗るユーザーは、次のように主張している。

「液体の意味合いは何かといえば、我々が生命を維持するのに、いかにお金のために精神的にも肉体的にも自分を殺してしまうか、いかに我々が失敗して奴隷化され、人生の最良の時が奪われるようなシステムが意図的に設定されているかということ。そこで私たちは、世界の金持ちが仕組んだゲームをやらされている。そのおかげで、どれだけ幸せや情熱、心の平和を奪われているか。責任や期待は重くなり、報酬は削られ、楽しむための自由な時間は減り続けていく中で、我々はゆっくりと溺れていくだけだ」

一方、aidan lang syneというユーザーはこう反論する。「ロボットから液体が漏れているわけではない。視覚センサーを使い、液体を決められた領域に収めようと無駄な動きを繰り返しているだけ。テーマは自動監視システムと国境管理であって、ロボットがうつ状態にあるとかいうのはちょっと違う」

もちろん、アート作品はさまざまな解釈が可能だ。《Can't Help Myself》が「ロボットがうつ状態にあるとかいうこと」をテーマにしているかどうかは、完全に主観的な問題である。「自律性の欠如」を表現しているという見方も成り立つだろう。つまり、ロボットは最後まで「お尻振り」の動作を続けるようにプログラムされているから、文字通り自分ではやめられないのかもしれない。さらには、この作品の作家たちの出身国である中国の政治状況に、こうした思考を当てはめることもできる。

確実に言えるのは、この作品が人々の良心に深く訴えかけたということだ。この作品の魅力の一つは「不定形性」で、テーマを明確にしないまま、それでもやはり何らかのテーマを意味しているように思わせるという奇妙な力を発揮している。権力行使のメタファーとされる《Dogs That Cannot Touch Each Other》を見ると、《Can't Help Myself》は同じテーマを違うやり方で表現した作品だと考えることもできる。また、多くのTikTokerのように、スン・ユアンとペン・ユーのアートについて知識を持たないまま、この作品の動画を見て単純に感動するだけというのもありだろう。

あるいは、アーティスト自身の主張に従い、《Can't Help Myself》は挑発と見なすべき作品なのかもしれない。スン・ユアンは2020年にオンラインアート販売サイトのArtsyに対し、「ロボットと液体がお互いを拷問し合ってどんな結末を迎えるのかを見るもの」と説明しているのだから。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年1月13日に掲載されました。元記事はこちら

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