ネパールがヴェネチア・ビエンナーレに初参加。「ユートピアの偏見を払拭したい」
2022年4月23日から11月27日まで開催される第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に、ネパールが初参加する。
アーティストのシーラシャ・ラジバンダリとヒット・マン・グルンがキュレーションするネパール館では、マルチメディアアーティストのツェリン・シェルパが地元のアーティストとともに制作した作品が展示される。このプロジェクトは、ネパールの文化観光民間航空省、ネパール美術アカデミー、シッダールタ芸術財団の共同委託によるもので、ルービン美術館(ニューヨーク)の支援を受けている。
シェルパの展示は「Tales of Muted Spirits - Dispersed Threads - Twisted Shangri-La(無言の魂、分散した糸、ねじれたシャングリラの物語)」と題され、ネパールおよびヒマラヤ地域を人里離れたユートピアとして概念化することの問題性をテーマとしている。それは、アジアの山岳地帯の文化的資料を用いて、こうした神話がいかに歴史を曖昧なものにしているかを明らかにする試みだ。実際、この地域のコミュニティは隔絶されているわけではなく、何世紀にもわたり知識の流入があるという。
「幸福、長寿、至福に包まれた神話的ユートピアとは対照的な、複雑に結びついた民族の現実がある。人々は移住や喪失を繰り返し経験し、生活を再構築するための難題を抱えている」とラジバンダリは声明で述べている。
シェルパは1968年カトマンズ生まれで、チベット仏教の伝統絵画であるタンカを制作してきた。30歳でカリフォルニアに移住したシェルパの作品には移民の感性も反映され、神々の図像や仏教独特の印相が、ポップカルチャーの要素と融合し、あるいは衝突する。シェルパはこれまでヨコハマトリエンナーレ(2020)、銀川ビエンナーレ(2018)、カトマンズトリエンナーレ(2017)、ブリスベンのアジア・パシフィック・トリエンナーレ(2015-16)に参加してきた。
「ヒマラヤ地域に対する西洋的な固定観念に阻まれ、ネパール美術への国際的な理解は進んでいないのが現状です。ネパールを静的で純粋な存在として理想化し、時の流れや現代性とは無縁なものとする見方が一般的なので」とシェルパは言う。「今こそ、こうした偏見について考察し、再評価する場を設ける必要があるんです」
19世紀から20世紀にかけて、ネパールは名目上の独立国だったものの、大英帝国の植民地支配は先住民族に対して大きな影響力を持っていた。今回の展覧会では、実質的な植民地支配がこの地域の芸術的伝統に与えた影響を探るのが狙いだとラジバンダリは説明する。
「国際的な貿易を通じてネパールのアートや生活が世界に広まるようになり、多くの芸術活動が消費可能な形に集約されて商品化されるという筋道が生まれた。同時に、それを生み出す人々にとっての精神的な、その土地ならではの意味合いが失われていったのです」
ヴェネチア・ビエンナーレに初参加するのは、ネパールの現代アートの国際的認知度を高める取り組みの一環だ。この活動には、2019年にウィーン民俗学博物館で開催された「Nepal Art Now(ネパール・アート・ナウ)」展や、2022年2月末に開幕するカトマンズトリエンナーレ2077などもある。
なお、カザフスタンも今年のヴェネチア・ビエンナーレに初参加する。その発表は燃料費の高騰や政治腐敗に抗議する全国規模のデモが続いた時期に行われ、主催者は「状況を注視しつつ、成功を期待している」と述べている。旧ソ連の国であるカザフスタンがヴェネチア・ビエンナーレへの参加の意向を発表したのはこれが2度目で、2019年には汚職疑惑でカザフスタン館の計画が中止に追い込まれた経緯がある。今年は政府資金を使わずに進める計画だ。(翻訳:清水玲奈)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年2月1日に掲載されました。元記事はこちら。