中絶の権利を奪還せよ! アメリカ中間選挙を前に、アーティストらがビルボードをハック
アメリカで今年6月、70年代初頭に中絶の権利を認めた「ロー対ウェイド」判決が覆され、アメリカ全土で大きな反対運動が起こった。今月8日に行われる中間選挙でこの中絶問題が大きな争点の一つになる中、中絶の権利を守ろうとする作家たちによるパブリックアートが、共和党支持者が多数派を占める12州14都市のビルボードをハック中だ。
この10月、「Vote for Abortion Rights(妊娠中絶の権利に一票)」と名付けられたプロジェクトで、10人の作家によるパブリックアートがビルボード広告として掲示された。コンセプチュアル・アーティストのミシェル・プレッドが、ブルックリンのNPO団体セーブ・アート・スペースの協力を得て実施したもので、アリゾナ、テキサス、ルイジアナ、ウィスコンシン、ジョージア、ネバダ、テネシー、ケンタッキーなど、中絶がすでに厳しく制限されている州やニューヨークなどを中心に、11月21日まで公開される予定だ。
プレッドがこの広告プロジェクトを発案したのは5月のこと。政治ニュースメディアのポリティコが、ドブス対ジャクソン女性健康機構訴訟に関する最高裁の多数意見のリーク記事を公開したのがきっかけだった。1973年のロー対ウェイド事件裁判では、人工妊娠中絶の禁止を違憲とした米最高裁判決(ロー判決)が出されていた。しかし、ドブス対ジャクソン女性健康機構訴訟の判決では、ロー判決が6対3で覆されたのだ。
自らもキャンペーンに作品を提供しているプレッドはUS版ARTnewsの取材に対し、プロジェクトの目的は、中絶や医療を受ける権利を獲得するために投票するよう促すことだと語った。プレッドのほか、約400点の公募作品から選ばれたアーティストには、バッド・スノウ、ホリー・バラード・マーツ、レイニー・ベイビー、レナ・ウルフ&ホープ・メン、シリーン・リアン、ビバ・ルイス、ワイルドキャット・エボニー・ブラウン、イベット・モリーナなどがいる。
どの作品を見ても、政治的な広告でよく見るシンプルなキャッチコピーが使われている。たとえば、ケンタッキー州ルイビルに設置されたホリー・バラード・マーツのビルボードは、「Abortion is Healthcare(中絶は医療)」と書かれた白い太字のコピーに、ピンク色の聴診器2つで子宮の形を描いた。また、ニューオーリンズには、活動家のビバ・ルイスが制作した「Thank God for Abortion(中絶はありがたい)」というコピーの作品が掲示されている。これは、リプロダクティブ・ジャスティス(性と生殖に関する正義)を求めて活動を行うルイス自身のキャッチフレーズでもある。
また、レトロな書体で「Vote for Reproductive Freedom(性と生殖の自由に一票)」と書かれた作品もある。これは、2017年にレナ・ウルフ&ホープ・メンが立ち上げたナッシュビルの政治ポスター制作プロジェクトの流れを汲んでいる。さらに、ニューヨーク12番街の46丁目に設置されたビルボードには、プレッドが2018年に制作した《1973》の写真を引き伸ばしたビジュアルが使われている。妊娠中絶を憲法上の権利として認めたロー判決が出た年を、ビンテージものの財布に刺繍した作品だ。
「ビルボード広告は多くの人々の目に触れ、関心を抱かせることができる」と語るプレッドは、今回は他の広告に埋もれてしまわないような場所に設置する配慮がなされていると説明し、「とても民主的だと思う」と述べた。
この数カ月で中絶支持のメッセージがビルボードに登場するのは、これが初めてではない。9月にはカリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムが、再選を目指す選挙運動の一環として、共和党支持者が多数派を占める6つの州でビルボード広告を掲示し、ロー判決が覆されたことに異議を唱えた。この広告には中絶支持のメッセージとともに、中絶手術のために他州からカリフォルニア州を訪れる女性を支援する考えが示されている(プレッドは、自らのプロジェクトはこのキャンペーンを参考にしていないとしている)。
しかし、保守的な地域で広告スペースを使ったパブリックアート作品を実現するのは、一筋縄ではいかないのも事実だ。実際、保守寄りの広告会社から掲示を拒否された作品もある。「政治的なメッセージを伝える広告看板を立てるのはとても難しい」とプレッドは言う。
ロンドンを拠点とするアーティストで活動家のシリーン・リアンは、やはり「Abortion is Healthcare(中絶は医療)」と題された作品を、自分が過去に2度の中絶を経験したアリゾナ州フェニックスに設置するよう働きかけた。しかし、結局ビルボード設置が認められたのはラスベガス(ネバダ州)だけだった。プレッドによると「希望するところに作品を掲示する決定権は我われにはない」という。
6月にロー判決が覆えされた直後は、全米の各都市で抗議が盛り上がった。しかし、次第に中絶の権利を求める活動は下火になり、特に合法的な中絶がまだ可能な沿岸部の都市でそれが顕著だとプレッドは言う。「今、中絶の権利を求めるエネルギーが尻すぼみになっているのは由々しき事態です」(翻訳:石井佳子)
*from ARTnews