参加アーティストのひとり、オー・インファン(Inhwan Oh)による《Where He Meets in Seoul》(2020)powdered incense, 436×618 cm. Installation view of The Moment of Gieok, Seoul Arts Center/Seoul Calligraphy Art Museum, Seoul, 2019–2020. Photo: Courtesy of the artist
「プライド月間」の6月には、世界各地でLGBTQ+の権利を啓発するイベントや活動が行われる。
シカゴで開催された意欲的な展覧会「The First Homosexuals: The Birth of a New Identity, 1869-1939(最初の同性愛者たち:新しいアイデンティティの誕生 1869年〜1939年)」では、19世紀後半~20世紀前半に同性愛者を描いた作品を集めLGBTQ+のアイデンティティ表現への変遷を追っていた。
ここでは、その展示から主任キュレーターが厳選した10作品を紹介しよう。
フランシスコ・ハビエル・コルテス《Juan José Cabezudo y un amigo(フアン・ホセ・カベスードと友人)》(1827年頃)
19世紀のリマは20世紀におけるサンフランシスコのような場所だった。カッツによると、スペイン帝国はリマを道徳的・性的退廃の温床として貶めようとしたが、そのプロパガンダは裏目に出たという。評判を聞きつけた大勢のクィアの人々が自由な生活を求めてこの植民地都市に集まり、そのほとんどが自由を手に入れた。
この作品の主人公であるアフリカ系ペルー人の料理人カベスードは、異性装を好む人物として知られていた。この絵の作者は、そのことをさほど異端視しているようには感じられない。また、異性装がカベスードの商売に悪影響を及ぼすこともなかったようだ。リマのマヨール広場にある彼の屋台はとても人気があり、カベスードは革命家シモン・ボリバルのために食事を作るよう依頼されるほどだった。
Photo: Collection of the Museo de Arte de Lima. Photo: Daniel Giannoni.
その数年後、カーライルは家庭を舞台とした人物画《High Noon(真昼)》を制作した。絵の中のヘイスティングスは、2人が住んでいたイースト・サセックスのコテージをきれいに掃除し終え、満足げに室内を眺めている。また、奥の方で同じように我が物顔で庭を眺める黒猫が、作品にユーモアを添えている。絵の中のヘイスティングスは、自分の仕事の成果だけでなく、多くの困難を乗り越えてカーライルと築き上げた人生にも誇りを持っているように見える。陽光の反射によってほんの少し霞んだように見える空気感が、この場面をいっそう優しいものにしている。
Photo: Collection of the Woodstock Art Gallery, Woodstock, Ontario
ボーフォード・デラニー《Portrait of James Baldwin(ジェイムズ・ボールドウィンの肖像)》(1944年)
「The First Homosexuals」展にはハーレム・ルネサンス(*2)関連の作品が複数出展されているが、この肖像画もその1つ。ハーレム・ルネサンスは、多くの点で時代を変革するクィア運動でもあった。ここに描かれている人物は、著名な小説家・詩人・劇作家、そして公民権運動の活動家として知られるジェイムズ・ボールドウィン。彼はこの肖像画が描かれた当時、20歳そこそこだった。彼はボーフォード・デラニーを、芸術的、知的な事柄だけでなく、アイデンティティに関することでも自身を導いてくれる「精神的な父」だと考えていた。
エリザール・フォン・クプファー《La nuova lega(新しい結合)》(1915-16年)
立派な額縁に入れられたこの作品は「The First Homosexuals」展のために修復された8点の絵画のうちの1つで、同性同士の結婚式を描いた史上初のアート作品の可能性がある。作者のエリサール・フォン・クプファー(別名:エリサリオン)は、バルト海沿岸出身でドイツ語を話す博識でエキセントリックな人物だった。フォン・クプファーはパートナーのエドゥアルド・フォン・マイヤーと共に、「クラリスム」という宗教と寺院を設立し、人間の生を二元的な性別に分けることは神の意志の歪曲だと唱えていた。この主張通り、彼の作品に登場するのは両性具有的な人物で、フォン・クプファーはそのほとんどを自身の身体をモデルに描いている。「彼は胸にロープを巻きつけて乳房を作り、大きな臀部と広い骨盤を強調することを好んでいました」とカッツは説明する。
腕を組んでセーヌ川沿いを歩いているのは、パリに住んでいた実在のカップル、ギュスターヴ・クルトワとカール・エルンスト・フォン・シュテッテンで、手前に描かれた「洗濯婦」は、実際には洗濯婦ではなくセックスワーカーだ。19 世紀のパリでは、この2つの職業は密接に関連していた。女性は、クルトワとフォン・シュテッテンが客になりそうだと考えて意味ありげな視線を送ることはしていない。まるで彼らを誘っても無駄だと知っているかのように、物憂げに鑑賞者の方を見やっている。
Photo: Private collection. Courtesy of Schiller & Bodo European Paintings
ベンハミン・デ・ラ・カジェ《Mujer(女性)》(1912年)
Biblioteca Pública Piloto de Medellín / Archivo Fotográfico
エミリー・ムント《Malerinde og Barn i Atelieret(画家と子供のいるアトリエ)》(1893年)
この絵は、多世代が同居するクィアの家族という同性愛者権利運動以前には極めて珍しい題材を扱っている。エミリー・ムントは、同じく画家であるパートナーのマリー・ルプラウが、養女のカーラ・ムント=ルプラウに微笑みかける姿を前景に描いている。背景でピアノを練習しているのは、ルプラウの母が亡くなった後、娘のマリーや義理の娘のエミリーと同居を始めた父のダニエルだ。
ムントとルプラウは、1870年代にコペンハーゲンの女性のための美術学校で出会った。ルプラウは風景画家となり、ムントは人物画を専門として、特にこの絵のカルラのような子供の描写を得意とした。
Photo : Collection of the Vardemuseerne, Denmark. Photo: Lars Chr. Bentsen.