高額落札作品でたどるデイヴィッド・ホックニーの軌跡──「プール」から「二重肖像画」まで

6月11日、ロンドンの自宅で88歳の生涯を閉じたデイヴィッド・ホックニーは、オークション市場でも長年にわたり高い評価を維持してきた。本稿では、その市場価値を象徴する高額落札作品を振り返る。

デイヴィッド・ホックニー《Portrait of an Artist (Pool with Two Figures) 》(1972) Photo: Jenni Carter, Art Gallery of New South Wales/©David Hockney/Art Gallery of New South Wales

20世紀を代表するイギリス人アーティスト、デイヴィッド・ホックニーが6月11日、ロンドンの自宅で生涯を閉じた。88歳だった。

ホックニーは1960年代初頭から英国ポップアートの旗手として活躍し、現代美術界に確固たる地位を築いた。同性愛がなお一部で違法とされていた時代から、クィアな欲望や親密さを臆することなく作品に取り込み、その後も絵画、素描、版画、さらにはiPadによる制作へと表現の幅を広げていった。ロンドン、ロサンゼルス、イースト・ヨークシャー、ノルマンディーなど、自身が暮らした土地の風景や人々を描き続ける一方で、アンディ・ウォーホルデニス・ホッパー、近年ではハリー・スタイルズなど、各界の著名人のポートレートも数多く手がけた。

彼の作品のなかでも広く知られているのが、ロサンゼルスの陽光に照らされたプールを描いたシリーズだ。これらの作品はオークションで数千万ドル規模の落札価格を記録し、世界各地の主要美術館に収蔵されている。代表作《A Bigger Splash(大きな水しぶき)》(1967)はテート・ブリテンのコレクションに加えられており、ホックニーを象徴する作品として高い人気を誇る。また、2027年には同館で大規模な回顧展の開催が予定されており、あわせてテート・モダンのタービン・ホールでは、ホックニーによるマルチメディア・インスタレーションの展示も計画されている。

同シリーズを代表するもうひとつの作品、《Portrait of an Artist [Pool with Two Figures](アーティストの肖像画──プールと二人の人物──)》(1972)は、2018年にクリスティーズ・ニューヨークで9030万ドル(現在の為替で(約144億5000万円、以下同)で落札された。当時、存命作家による作品としてオークション史上最高額を記録したが、その翌年にはジェフ・クーンズの《ラビット》(1986)が同じくクリスティーズ・ニューヨークで9110万ドル(約145億8000万円)で落札され、この記録は更新された。

ホックニーのオークション最高記録は2018年以降更新されていない。しかし、それは市場での評価が低下したことを意味しない。むしろ彼の作品は現在もオークション市場で高い人気を維持し続けている。以下、ホックニーの高額落札作品の上位5点を紹介する。

5. 《The Splash(水しぶき)》(1966):2980万ドル(約47億7000万円)

2020年のデヴィッド・ホックニー《The Splash》のオークション風景。Photo: Michael Bowles/Getty Images for Sotheby's

約180センチ四方の《The Splash(水しぶき)》は、テート・ブリテン所蔵の《A Bigger Splash(大きな水しぶき)》(1967)と並んでよく知られる、プールをモチーフにした作品だ。2020年2月、新型コロナウイルスの世界的流行が本格化する直前に開催されたサザビーズ・ロンドンの現代美術イブニングセールで、2980万ドル(約47億7000万円)で落札された。2006年にサザビーズ・ロンドンに出品された際には約540万ドル(約8億6000万円)で落札されており、当時のホックニー最高落札記録を更新している。「The Splash」シリーズにはもう1点、《A Little Splash(小さな水しぶき)》(1966)が存在するが、こちらは個人コレクションに収蔵されたままで、これまで一度もオークションに出品されていない。

4. 《Nichols Canyon(ニコルズ・キャニオン)》(1980):4100万ドル(約66億円)

設置される《Nichols Canyon》(1980)。Photo : AFP via Getty Images

2020年12月、フィリップス・ニューヨークで開催された20世紀&現代美術イブニングセールに《Nichols Canyon(ニコルズ・キャニオン)》(1980)が出品された。予想落札額3500万ドル(約56億円)に対し、最終的には4100万ドル(約66億円)で落札されている。

1980年に制作された縦213×横152センチの本作は、ホックニーがハリウッド・ヒルズの自宅からサンタモニカ・ブールバードのスタジオへ通う際に目にしていた、ニコルズ・キャニオンの丘陵風景を描いたものだ。ホックニーはこのモチーフで2点の作品を制作しており、もう1点の横長の風景画《Mulholland Drive: The Road to the Studio(マルホランド・ドライブ:スタジオへの道)》は現在、ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)に所蔵されている。

《Nichols Canyon》は1988年のLACMA回顧展に出品されたほか、2017〜18年に開催された大規模回顧展「David Hockney」にも出展された。同展はテート・ブリテンを皮切りに、ポンピドゥー・センター、メトロポリタン美術館へと巡回し、ホックニー芸術の全貌を紹介した。彼の高額落札作品の多くが人物画やプールを題材とするなか、《Nichols Canyon》は純粋な風景画として唯一ランクインしている。

3. 《Christopher Isherwood and Don Bachardy(クリストファー・アイシャーウッドとドン・バチャーディ)》(1968):4440万ドル(約71億円)

2017年、ロンドンのテート・ブリテンで展示される《Christopher Isherwood and Don Bachardy》(1968)Photo : Daniel Leal/AFP via Getty Images

ホックニーが1968年から1975年にかけて手がけた全7点の二重肖像画シリーズ(2人の人物を同一画面に描いた肖像画)の第1作、《Christopher Isherwood and Don Bachardy(クリストファー・アイシャーウッドとドン・バチャーディ)》(1968)が2024年11月、クリスティーズ・ニューヨークの20世紀美術イブニングセールに出品され、4440万ドル(約71億円)で落札された。出品者と落札者はいずれも公表されていないが、本作は1985年以来、約40年にわたって同一コレクションに所蔵されていた。

本作が近年公開された機会として記憶に新しいのは、2025年にパリのフォンダシオン・ルイ・ヴィトンで開催された大規模個展「David Hockney 25」だ。また、2017〜18年の「David Hockney」展にも出品された。同展のメトロポリタン美術館会場に際して、ライターのマイケル・シリグリアーノII世は同館の公式サイトへの寄稿で、「本作はホックニー作品に通底する率直なホモセクシュアリティの表現に新たな次元をもたらしただけでなく、2人の人物と鑑賞者を結ぶ三角形の視線構造という、その後のホックニー作品の基礎となる構図を確立した」と評している。

2. 《Henry Geldzahler and Christopher Scott(ヘンリー・ゲルツァーラーとクリストファー・スコット)》(1969):3770万ポンド(約81億円)

クリスティーズ・ロンドンの戦後・現代美術オークションに先立ち、撮影セッション用に展示されたデイヴィッド・ホックニーの《Henry Geldzahler and Christopher Scott》(2019年3月1日撮影)。Photo:
DANIEL LEAL/AFP via Getty Images

2019年3月、2人の人物を描いたこの肖像画は、ロンドンのクリスティーズでヨーロッパにおける存命作家の絵画の史上最高落札額を記録した。売主は2018年に死去した旅行業界の大物バーニー・A・エブスワースで、オークションは4人による競り合いの末に決着した。敗れた1人であるロンドンのディーラー、ヒュー・ギブソンは当時アート・ニュースペーパー紙に対し、本作は前年に存命作家の最高落札記録を樹立したホックニーの代表的なプール絵画より「さらに重要な作品」だと考えていると語った。この肖像画には、当時メトロポリタン美術館の20世紀美術のキュレーターとして多大な影響力を誇ったゲルツァーラーと、彼の当時の恋人だった画家のスコットが描かれている。

1. 《Portrait of an Artist [Pool with Two Figures](アーティストの肖像画──プールと二人の人物──)》(1972):9030万ドル(約144億5000万円)

デイヴィッド・ホックニー《Portrait of an Artist (Pool with Two Figures) 》(1972) Photo: Jenni
Carter, Art Gallery of New South Wales/©David Hockney/Art Gallery of New South Wales

2018年11月、ホックニーの大作《Portrait of an Artist [Pool with Two Figures](アーティストの肖像画──プールと二人の人物──)》(1972)が、クリスティーズ・ニューヨークで9分間の競り合いの末、9030万ドル(約144億5000万円)で落札された。これは、2013年にジェフ・クーンズの《バルーン・ドッグ(オレンジ)》が記録した最高額584万ドル(約93億4000万円)を塗り替えるもので、存命のアーティストによるオークション落札額の新記録を樹立している。なお、その翌年、クーンズによるステンレススチールの《ラビット》(1986)が、落札額9110万ドル(約145億8000万円)で最高額を再度更新した。

高さ213.5センチ、幅305センチのこの作品には、プールの端に立つ人物が、水中で泳ぐもう1人の人物を見下ろす様子が描かれている。予想落札価格は8000万ドル(約128億円)前後とされ、リザーブ・プライス(最低売却価格)の設定なしに出品された。落札者は電話で入札に参加したコレクターで、会場では当時のクリスティーズのアメリカ地区チェアマン、マーク・ポーターが代理を務めていた。

売主はイギリスの著名な富豪ジョー・ルイスで、彼は1995年にエンターテインメント界の大物デヴィッド・ゲフィンから本作を購入していた。また、当時この絵画は、大成功を収めた2017〜18年の「David Hockney」展を終えたばかりだった。作品の買い手は、台湾のIT業界で財を成したピエール・チェンだったことが、のちに明らかになっている。(翻訳:編集部)

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