制御できない変化を受け入れる──毛利悠子が覆す「完成した作品」という前提

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館で、美術家の毛利悠子は水や風、腐敗する果物など、作家自身にも制御できない要素を取り込んだ作品を発表した。その展示を紹介する帰国展「Recompose」が現在、横浜美術館で開催されている。ニューヨークのギャラリーで今年2月に開かれた個展にあわせ、US版ARTnewsのシニアエディターが、毛利の制作思想と作品に通底する自然の循環について話を訊いた。

毛利悠子。Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews

2024年に開催された第60回ヴェネチア・ビエンナーレのプレビュー初日、豪雨に見舞われたアーティストやキュレーター、ジャーナリスト、ディーラーたちは、雨をしのぐ場所へ慌てて駆け込んだ。各国の展示作品が風雨に耐えられるのか関係者が気を揉むなか、日本館代表作家の毛利悠子は普段と変わらずリラックスしていた。メイン会場のジャルディーニ公園で初公開する新作インスタレーションが雨で水浸しになり、台無しになったとしても構わないと考えていたという。

高床式の建築も、今回はそれ自体がより「開放性」を帯びていた。天井の2つのトップライトと床の開口部は開放されたまま用いられ、建物を支える片持ち屋根(キャンチレバー)の下には彫刻作品が1点設置されていた。

また、館内に展開されたインスタレーションでは、水が作品を構成する要素のひとつとなっていた。毛利はヴェネチアの店舗で集めたテーブルや果物、その他の廃材を組み合わせ、中古の日用品のあいだを縫うようにプラスチック製の配管を巡らせている。水はそこを通り、日本館内を循環する仕組みだ。

これらの作品は、毛利が2015年に開始した《Moré Moré(Leaky)》シリーズと、2021年から発表している《Decomposition》シリーズで、いずれもときおり音を発する。しかし、それはあらかじめ録音された音ではない。《Moré Moré(Leaky)》では循環システムを水が通っていくことで、《Decomposition》では、スイカやリンゴ、オレンジといったフルーツに電極を差し込み、果実が熟し、腐敗する過程で絶え間なく変化する水分量を使って、音が生み出されているのだ。

東京の地下鉄の駅で見かけた水漏れの対処法から着想を得た《Moré Moré(Leaky)》シリーズだが、(日本館においては)展示そのものから水が漏れ出しかねない状況だった。しかし、彼女は作品の繊細さを見せるために、開幕日を無傷で乗り切れない可能性があったにもかかわらず、展示空間にあえて手を加えることはなかった。結果的に、作品に使われていたプラスチックシートは軽く損傷を受けたが、展示全体は大きな被害を免れた。

ニューヨークのタニヤ・ボナクダー・ギャラリーで開催された個展の展示風景。Photo: Pierre Le Hors/Courtesy the artist and Tanya Bonakdar Gallery
ニューヨークのタニヤ・ボナクダー・ギャラリーで開催された個展の展示風景。Photo: Pierre Le Hors/Courtesy the artist and Tanya Bonakdar Gallery

制御できない作品を展示する意義

ヴェネチアにおいて毛利は、日光や熱をはじめとする気象条件にさらされ、時間とともに展示が姿を変えていくことを受け入れた。「自然と直接コラボレーションすることができた」と、彼女は当時を振り返る。毛利自身はこの協働に心を躍らせたが、過去に作品を展示した美術機関が、同じように変化を歓迎してきたわけではない。「美術館から難色を示されることもありました。作品保護の観点から議論が始まり、土や水、腐敗していく果物といった有機物の展示に懸念を抱いていたのです」。一方、ヴェネチアでは「変化していく状況を心から受け入れることができたんです。これからもこの手法を続けていきたいと考えています」と語る。

毛利は、国際的な注目を集めた大規模個展でも、こうした手法を貫いてきた。ミラノのピレッリ・ハンガービコッカで開かれた自身最大規模の今日までの回顧展(2026年3月から9月まで、スペイン北部のサンタンデールにあるセントロ・ボティンに巡回)では、ヴェネチアと同様に、自らの生命をもつかのように動き続ける作品が並んだ。コンピューター信号をもとに海の音を模倣する自動演奏ピアノ、有機物が含む水分量によって常に変化が生じる電球、水槽を泳ぐ金魚の動きによって演奏(振動)が変わるオルガンなどだ。

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の展示風景。会場内には園地で調達された古道具や果物が並べられた。Photo: kugeyasuhide/Courtesy the artist, Project Fulfill Art Space, mother’s tankstation, Yutaka Kikutake Gallery, and Tanya Bonakdar Gallery
第60回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の展示風景。会場内には現地で調達された古道具や果物が並べられた。Photo: kugeyasuhide/Courtesy the artist, Project Fulfill Art Space, mother’s tankstation, Yutaka Kikutake Gallery, Tanya Bonakdar Gallery, and WHITE SPACE

毛利は、本来なら関係をもたないもの同士を組み合わせ、作品の内部に独自のエコシステムを構築してきた。ひとたび動き始めれば、その仕組みを毛利が完全に制御することはできない。「日常生活で使われているものが発するランダムな信号に興味がある」と、彼女は言う。

このように、毛利のインスタレーションは、完成した作品を変化しない物体として扱う、従来の制作や展示の前提から外れている。ピレッリ・ハンガービコッカでの展覧会のキュレーションを担当したフィアメッタ・グリッチョーリはこう語る。

「毛利のインスタレーションを美術館で展示する意義は、アート作品は固定されたものだという前提を覆せることにあります。彼女の作品は、不変の物体ではなく、環境そのものと言えるでしょう。音や動き、湿度、ホコリ、重力といった微小な力が重なり合い、私たちの予測をかすかに裏切る状態を生み出しているのです」

保存や展示の難しさを伴いながらも、多くの美術機関やギャラリーが毛利の活動を支持している。今年2月には、アレクサンダー・カルダー財団がカルダー賞を贈った。同月、ニューヨークのターニャ・ボナクダー・ギャラリーで個展を開き、ヴェネチア・ビエンナーレでの試みを発展させたインスタレーションを発表している。秋にはマイアミのバス美術館とロンドンのバービカンセンターで個展を控えるほか、横浜美術館では現在、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館帰国展「Recompose」が11月23日まで開催中だ。

毛利悠子「Recompose」は11月23日まで開催される。

日常に根差した作品制作

海外で過ごす時間が増えたことは、アーティストとしての自身を形作るうえで大きな影響を与えたと、毛利は話す。「モノを通して、人や世界のあり方をどのように読み解くことができるのかに興味があります」。彼女にとって中古の日用品は「すでに歴史が宿っている」ものだ。インスタレーションを制作する前にスケッチを描くことは滅多になく、作品に使うさまざまな品々を探しに出かける際も、何を買うかは、事前にほとんど決めないという。

神奈川県で育った毛利は、当初、美術よりも音楽に興味があった。5歳でピアノを習い始め、10年以上にわたって弾き続けた。「練習は嫌いでしたが、楽器としてのピアノは大好きでした。美しく弾くことにそれほど興味はなかったんです」と、毛利は語る。こうした姿勢は、鍵盤を弾くのではなく、内部の弦を指ではじかせるなど、ピアノに本来とは異なる奏法を求めたジョン・ケージら実験音楽の作曲家にも通じる。毛利は、海岸でピアノに火を放った《ピアノ炎上》(1973)で知られるジャズピアニスト、山下洋輔にも魅力を感じていたと語る。

Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews
Photo: Christopher Garcia Valle/ARTnews

毛利が作品に用いる日用品の多くには、彼女が活動を始めた2000年代に急速に拡大したグローバル経済の流れが刻まれている。たとえば、中国で生産されたプラスチック製の洗面器がニューヨークのチャイナタウンへ渡り、毛利に見いだされて作品の一部となる。とはいえ、毛利自身は、国際化した世界や、そのなかでの自らの立場について大きな主張を掲げようとはしない。「私は世界やその頂点を見渡すことではなく、日常からの視点に強い関心をもっています」

ジョン・ケージに通じる実験精神は、毛利のなかにしっかりと根付いている。スペインのアートセンター、セントロ・ボティンのキュレーター、バルバラ・ロドリゲス・ムニョスはこう語る。

「ケージと同様に、毛利は偶然性や素材そのモノの働きによって生み出される音を能動的に聴くことを促します。また彼女の作品は、音を大掛かりな見せ物としてではなく、ともに生きる空気として捉えたエリック・サティの『家具の音楽』という概念にも通じるものがあります」

一方、ロドリゲス・ムニョスは、毛利の作品が「ポップカルチャーやサブカルチャーの影響によって形成されている」ことも指摘した。その背景には、毛利が大学時代にパンクバンド「Sisforsound」のボーカルとして活動していた経験がある。ライブ出演を重ねるうちに、自分が音楽家には全く向いていないと次第に気づいたという毛利は、笑いながら当時をこう振り返る。「私はいつも笑ってしまうんです。でも、ステージの上で笑っていると格好よくないですよね。観客席にいるほうがずっと居心地が良いのだと気づきました」。その後の活動の中心はアート作品の制作へと移っていったが、坂本龍一や大友良英といった作曲家との協働も積極的にしてきた。

自然の循環をめぐる探求

その後も、毛利の作品はアートと音楽の境界に位置し続けた。多摩美術大学在学中の2004年に発表した卒業制作では、人間が知覚することのできない磁力を素材に、彫刻作品を発表した。2008年には東京藝術大学で修士号を取得。音を取り入れ、従来の美術の枠組みには収まりきらない作品を生み出してきた現代美術家たち──ナム・ジュン・パイクオノ・ヨーコといったフルクサスに関わる作家や、カールステン・ニコライなど──から影響を受けながらも、毛利は(彼らのことを)「音を使うアーティストなのだと感じていました」と振り返る。

2011年の発表以降、アップデートを続けている《I/O》。湿度や風に反応する本作は、目に見えないものの可視化している。Photo: Agostino Osio/Courtesy the artist and Pirelli HangarBicocca, Milan
2011年の発表以降、アップデートを続けている《I/O》。湿度や風に反応する本作は、目に見えないものの可視化している。Photo: Agostino Osio/Courtesy the artist and Pirelli HangarBicocca, Milan

フルクサスの作家たちと同じように、毛利も安価な日用品を組み合わせたインスタレーションを制作するようになった。初期の代表作のひとつ《I/O》(2011年–)では、床へ垂れ下がった一枚の紙が、ホコリや細かなチリを拾い集める。一見すると巨大な湿度計のように見えるが、内部には周囲の環境から得た信号を変換するセンサーが組み込まれている。湿度や風といった捉えにくい力を動きとして可視化し、同時に音や動きへと変換する作品だ。

同じ2011年、日本では東日本大震災と、それに伴う福島第一原発事故が起きた。これを機に、毛利は作品における人間と自然の関係を改めて考えるようになった。「人間とそれ以外の存在との間には美しい均衡がある一方で、エントロピーは絶えず増大しています。しかし、自然災害と人間の間には、どのような均衡があるのでしょうか」と語り、震災が自身の作品をさらにDIY的な方向へ導くきっかけになったと付け加えている。

《Piano Solo: Belle-Île》(2024)では、海の音に合わせてピアノが自動で演奏される。Photo: Agostino Osio/Courtesy the artist and Pirelli HangarBicocca, Milan
《Piano Solo: Belle-Île》(2024)では、海の音を模倣するようにピアノが自動で演奏される。Photo: Agostino Osio/Courtesy the artist and Pirelli HangarBicocca, Milan

2023年の光州ビエンナーレで毛利を参加作家に選び、2024年のヴェネチアでの展示で協働したキュレーター、イ・スッキョンは、毛利のアートの核心に「存在の循環性」があると述べている。このテーマは、ターニャ・ボナクダー・ギャラリーで発表した作品と連なる絵画にも表れている。ソウルの国立現代美術館で5月3日まで展示された9点の絵画は、死体が朽ちていく九つの段階を表した日本仏教の「九相図」だ。死についてたびたび口にする祖母の言葉を聞いて育った毛利にとって、死や腐敗を自然の循環として捉えることは「ごく自然な考え方」だという。96歳になる祖母についても「地球を構成する一つの要素」と付け加えた。

さらに毛利は、これまで公には語ってこなかったヴェネチアでの展示の後日談を明かした。パビリオンで使われた果物は役目を終えると、建物の下に置かれたコンポスト容器へ移され、数カ月にわたって腐敗(堆肥化)していった。分解は日本館の一般公開が終了した後も続き、2025年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の会期前にようやく堆肥となり、日本館周辺に撒かれた。「私たちは完璧な土を作り、それをパビリオンの間に撒きました。今やそれは、ジャルディーニの恒久的なコレクションの一部となったのです」

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