アートが問う「女性であること」をめぐる諸問題──女性史月間を祝う注目の展覧会5選
アメリカなどでは3月8日の国際女性デーを含む3月を女性史月間(Women’s History Month)として、歴史における女性の歩みや貢献に光を当てる期間としている。アートの世界でも、この趣旨に沿った企画が目白押しだ。女性を取り巻く多様な問題をテーマとする展覧会から、注目すべき5つを選んで紹介する。
国際女性デーは、世界中でジェンダー平等について考える日として定着しつつある。しかし、それぞれの国には異なる歴史的・文化的背景があるため、一朝一夕に諸問題を解決に導く「正解」は存在しない。各地で喜ぶべき進歩が見られる一方、状況が悪化して命に関わるような事態になっている地域もある。それでもこの日は、女性性(womanhood)を定義するさまざまな規範や基準を問い直し、地球上に数十億人いる女性たちを結びつけているのかを考える機会になっている。
その問いは永遠に続くものだが、権力システムが女性に強要する体験が、世界各国の女性をつなぐ一筋の糸になっているように見えることも確かだ。2022年、アメリカの連邦最高裁判所は人工妊娠中絶の権利を合憲と認めない判断を下し、イランでは女性たちが人間としての基本的な尊厳を手に入れるために勇気ある行動を展開している。
そして、こうした女性性がはらむ複雑さは、アートの世界では頻繁に取り上げられる題材だ。アーティストとキュレーターは、アートというプラットフォームを利用して、女性であることに起因する多様な体験について発信を続けてきた。以下、女性史月間の3月に開催されている女性をテーマとした展覧会から、特に優れた作品が見られる企画を紹介する(各見出しはアーティスト名/ギャラリー・美術館名の順に表記)。
1. アリーナ・ブリュミス/シチュエーションズ
ニューヨークのギャラリー、シチュエーションズでは、アリーナ・ブリュミスの同ギャラリーでの初個展「Plant Parenthood」を開催している。この展覧会でブリュミスが発表した水彩画は、世界のさまざまな伝統医学で妊娠中絶を誘発するために使われてきた植物を描いたものだ。その作品では、まるでジョージア・オキーフのなまめかしく瑞々しい花の絵にオマージュを捧げるかのように、生殖器を連想させる赤やピンクの花が官能的に花弁を開いている。
この展覧会は、タイトルにある「Parenthood」(親になること)」が示すように、2021年6月に米最高裁がロー対ウェイド判決(*1)を覆したことに異議を申し立てるものだ。最高裁の決定は、出産可能な年齢のアメリカ人女性に甚大な影響を及ぼしている。たおやかな姿の花は、過去何世紀にもわたり行われてきた医療行為である妊娠中絶の正当性を示している(4月2日まで)。
*1 1973年に米国の最高裁判所が出した、人工妊娠中絶の禁止を違憲とした判決。
2. ワンゲチ・ムトゥ/ニューミュージアム
ケニア生まれのワンゲチ・ムトゥの作品には、女性や動物、ファンタジーを融合させた神秘的なフォルムが登場する。ムトゥは、手の込んだコラージュや絵画、ビデオ、彫刻を通して、ジェンダーや人種と個人的・政治的な歴史との関係を探求している作家だ。
ニューヨークのニューミュージアムで開催中の回顧展「Intertwined」では、過去数十年に制作された作品が集められている。その中には、ワニと女性が一体となったような彫刻《Crocodylus》(2020)や、ナイロビで採取した粘土を素材に作られた抽象的な人型の彫刻などがある。深い思索を呼び起こす展示内容は、意識的あるいは無意識的な影響によって、女性が本来の姿が分からなくなるほど変えられてしまうことを物語っている(6月4日まで)。
3. ナンシー・スペロ/ギャルリー・ルロン & Co.
ニューヨークのギャルリー・ルロンでは、故ナンシー・スペロの回顧展「Woman as Protagonist」が行われている。スペロは1950年代後半から数十年にわたる活動の中で、性差別、人種差別、階級差別という相互に関連し合う問題に取り組み、絵画、彫刻、インスタレーションを通して、女性が歴史的に受けてきた扱いへの収まることのない怒りを表現してきた。大衆文化、美術史、象徴的な女性のリーダーといった要素が交錯する作品は、さまざまな形態で表現されているが、どれも不公平さへの意識に基づいている。
今回展示されているのは、最晩年の1990年代半ばから2000年代初頭にかけて制作されたものだ。歴史上の残虐行為に言及することも多く、重いテーマを扱っているにもかかわらず、彼女は明るい色調と自由な筆致を好んだ。作品を見ていると、抑圧に直面しても虚無主義に陥らないよう、やさしく励まされているように思える。ギャラリーのプレス資料には、スペロのこんな言葉が引用されている。「手刷りした人物のコラージュを速いリズムで重ね合わせているのは、物語/歴史における女性の行動のテンポを加速させるためです」(3月25日まで)
4. ルマナ・フセイン/アラブ・イスラム美術研究所(IAIA)
ニューヨークのアラブ・イスラム美術研究所(IAIA)は、マンハッタンのウェスト・ヴィレッジにある新しいスペースのこけら落としとして、インドにおけるコンセプチュアル・パフォーマンスの草分けであるルマナ・フセイン(1952-1999)の展覧会を開催している。アメリカでは初めてとなる待望の個展だ。
フセインは情熱的な政治活動家だった。その背景にあるのは、激しいナショナリズムに揺れ動くインドの家父長制社会で女性として生き、かつ、ヒンドゥー教徒が多いインドで少数派のイスラム教徒であるという複雑なアイデンティティだ。彼女の作品は、複合的なインスタレーションやアサンブラージュ(*2)の多くの素材の1つとして自分の身体を用い、個人的な歴史と政治的な歴史が身体の中でどう収束していくかを探求するものだった。
*2 金属、布、ひもなど、日用品や廃品などの物体を寄せ集めて作品化する方法、およびその作品。
IAIAでは、1997年に公開されたインスタレーション《The Tomb of Begum Hazrat Mahal》が再現された。この作品の主人公、ベグム・ハズラット・マハルは、アワド王国の最後の支配者だったワジド・アリー・シャーの第二夫人で、摂政でもあった歴史的人物だ。1857年、彼女は夫とともにイギリスの東インド会社に対する武装反乱を起こしている。展示室はフセインが忠義を誓うための祭壇のように構成され、枯れたバラ、重い鉄の道具、紐で縛られた細い棒の束、色褪せて半分に割られたパパイヤが吊るされている。そこには神話と記憶が境界なく混ざり合っているのだ(4月30日まで)。
5. サーニャ・イヴェコヴィッチ/クンストハレ・ウィーン
ウィーンのクンストハレ・ウィーンでは、クロアチアのマルチメディア・アーティスト、サーニャ・イヴェコヴィッチの回顧展「Works of Heart (1974-2022)」が開かれている。イヴェコヴィッチはクロアチアでフェミニズムのテーマに取り組んだ先駆的アーティストで、写真、インスタレーション、パフォーマンス、彫刻など幅広く活動している。その作品は、歴史が構築されて武器としての役割を担うようになる過程を政治的に考察し、特にマスメディアとイデオロギーの関係を探るものだ。
女性のアイデンティティは、どのように、そしてどこで形成されるのだろうか? どんな動機で流布されたか分からないようなイメージから形成されるのか、あるいは生まれつきのアイデンティティが他者には触れることのできない場所に存在しているのか? 後者だとしたら、それを積極的に探究する価値があるとイヴェコヴィッチは主張しているのかもしれない(3月12日終了)。(翻訳:清水玲奈)
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