アート・バーゼル香港のベストブース8選。目立つ弾圧、迫害、差別を表現した作品
アート・バーゼル香港が、3月21日から2日間のVIPプレビューを皮切りに、香港コンベンション&エキシビションセンターで開催された。今回のフェアを特徴づける作品の出展ブースを紹介しよう。
渡航者の隔離期間がなくなった2023年のアート・バーゼル香港には、32の国と地域から177の出展者が参加。コロナ禍発生以来最大規模となり、数多くの多様なアートが出品された。
今回のフェアで顕著だったのは、賛否が分かれる議論を意図せずして活性化させたことだ。1つは、ライバル都市が台頭する中、香港が今もアジアにおけるアートの中心地としての地位を維持しているのかという問題。もう1つは言うまでもなく、世界各地で強権的な政府がソフトパワーを行使するようになっていることだ。
だが、相反する状況が同時に成立し得ることを証明するかのように、この超大型アートフェアでは、これまでに見たことがないような作品、さらには今ある危機や対立を探求し、アートとして表現した作品を展示したブースが多数見られた。
以下、アート・バーゼル香港2023から、8つのベストブースを紹介する(フェアは3月25日に閉幕)。
1. neugerriemschneider(ノイゲリムシュナイダー)
著名アーティストを無名時代から支えてきたベルリンのギャラリー、neugerriemschneiderは、さまざまなアーティストを集めた豪華な展示を披露。トーマス・バイルレ、シルパ・グプタ、リクリット・ティラヴァーニャ、オラファー・エリアソン、ノア・エシュコランド、トマス・サラセーノの作品が、小ぶりなブース内にところ狭しと並ぶ様子は、窮屈さを感じさせる一歩手前で絶妙な没入感を醸し出していた。
このブースを典型的なアートフェアの展示と決定的に違うものにしているのは、トーマス・バイルレの作品だろう。壁紙状の大型プリント《Stadt》(1976/2013)を張った壁に《Chinese Motorways》(2004)を掛けたセクションは、来場者たちの目を捉える強烈なインパクトに溢れていた。
2. Blindspot Gallery(ブラインドスポット・ギャラリー)
香港のブラインドスポット・ギャラリーは、メインのギャラリーズ部門のほか、大型作品を展示するエンカウンターズ部門と、映像作品を扱うフィルム部門にも出品。だが、会場のあちこちに散らばっているからといって、多彩な作品を集めた1階のブースの印象が薄くなることはなく、一目置かれる地元ギャラリーとしての存在感を発揮していた。
ヤン・ドンロン(楊東龍)の大作、《Night Shift》(2022)には、ビクトリア・ハーバー沿いを走るトラム(路面電車)の駅近くの工事現場に、毅然とした様子で立つファッショナブルな香港人が描かれている。香港の人々の信念を端的に表した絵は、このブースのほかの作品同様、アートファンで賑わうこの会場も、ビクトリア・ハーバーに面していることをほろ苦く思い出させる。
3. STPI Creative Workshop & Gallery(STPIクリエイティブ・ワークショップ&ギャラリー)
シンガポールのSTPIクリエイティブ・ワークショップ&ギャラリーも、有名作家の作品を揃えた秀逸なキュレーションで目を引いた。リクリット・ティラヴァーニャ、ス・ドホ、チャールズ・リム・イー・ヨン、ピナリー・サンピタック、ヤン・ヘギュ、ヒーマン・チョンなどは、アートフェアの常連の間ではお馴染みの顔ぶれかもしれないが、作品のセレクションや、壁を巧みに配置して個室のような空間を作り出すブース設計がとても新鮮だった。
特に注目すべきはティラヴァーニャの新作「Extinction」シリーズで、絶滅した、あるいは絶滅の危機にある動物たちの姿を壁一面に浮かび上がらせていた。同ギャラリーは、ハンス・ウルリッヒ・オブリストのキュレーションによるティラヴァーニャの個展を4月から開催する予定だ。それに先駆けての新作公開は、大型アートフェアでの企画としては冒険的とも感じられた。
4. Rasheed Araeen/Rossi & Rossi(ラシード・アライーン/ロッシ&ロッシ)
香港の主要ギャラリーの1つ、ロッシ&ロッシも、いま最も象徴的で時代を反映するアーティストに特化したブースを出展した。ハイライトを当てた作家は、ロンドンを拠点に幅広い分野で活動するカラチ生まれのラシード・アライーン。彼は、人生を通してアートとアクティビズムを融合させてきた。
ロッシ&ロッシは彼のキャリアの軌跡を捉えようと、1966年に考案されたものの資金不足でかなり後まで完全に実現しなかったメタリックなインスタレーション《Cube as Sculpture(1966/2020)》を展示し、来場者の注目を集めていた。このほか、2022年に完成した《Izmetullah (Green 2)》も見られる。カラフルなこの絵は、抹殺の時代におけるアイデンティティを探求した心を揺さぶる作品だ。
5. Amir H. Fallah/Denny Gallery(アミール・H・ファラー/デニー・ギャラリー)
ニューヨークと香港に拠点を置くデニー・ギャラリーは、アミール・H・ファラーのホームラン級の展示で来場者を唸らせた。テヘラン生まれでロサンゼルス在住のファラーは、挑発的なテーマを生き生きと表現した絵画や彫刻、パブリックアートで知られる。空間を視覚的に支配する彼の力量は、アートフェアの定型的なブースでも遺憾なく発揮されていた。
たとえば、《To Kill A Sunrise》(2023)は、昨年イランで広がった「女性、生命、自由」のデモに触発された絵で、黒と緑の細かいプリントの布を被った人物が、黒髪の束を持ちながらピースサインを掲げている。鑑賞者を落ち着かない気分にさせつつ心を奪い、さらにこの問題を深く考えさせる作品だ。
6. Joydeb Roaja/Jhaveri Contemporary(ジョイデブ・ロアジャ/ジャヴェリ・コンテンポラリー)
ムンバイのジャヴェリ・コンテンポラリーは、バングラデシュ人アーティスト、ジョイデブ・ロアジャのソロブースを出展。ロアジャが今年2月のダッカ・アート・サミット2023のために制作した《Submerged Dreams》の一部が紹介された。
没入感があり、幻想的でありながら現実的かつ探求的なこのインスタレーションは、1962年に建設されたカプタイ・ダムをテーマにしている。ダムの建設過程で、バングラデシュの先住民、チャクマ族の広大な土地が王宮を含めて水没し、大勢の住民が移住させられた。紙を支持体にした5点の大きな作品には、この土地の人々が湖の底から王宮を持ち上げている姿が描かれている。その悲痛な様子は、気候変動による危機が広がる今の時代に、極めて重要な意味を持つものだ。
7. Jakkai Siributr/Flowers Gallery(ジャッカイ・シリブット/フラワーズ・ギャラリー)
香港とロンドンに拠点を置くフラワーズ・ギャラリーは、東南アジアで最もインパクトのある作品を作るアーティストの1人で、主にテキスタイル作品で知られるジャッカイ・シリブットに焦点を当てた。最大の目玉は、鮮やかな21枚の架空の国旗を天井から吊るしたインスタレーション《The Outlaw's Flag》(2017)だ。
ミャンマー西部の都市シットウェで集められた漁網とビーズで作られたこの旗は、故郷を追われたイスラム系少数民族ロヒンギャの置かれた過酷な状況を暗示している。旗のインスタレーションの隣に展示されていたのは、タイ軍の軍服に真鍮の弾丸やガラスビーズ、儀礼用具をあしらった《Blind Faith I, II, III》(2011/2019)。アートフェアの会場を慌ただしく行き来する人々も、このブースの前では思わず足を止めていた。
8. Layo Bright/Monique Meloche(ラヨ・ブライト/モニーク・メロシュ)
個展形式のブースで興味深かったのが、シカゴの有名ギャラリー、モニーク・メロシュ。出展されたのは、ナイジェリア人アーティスト、ラヨ・ブライトの作品だ。彼女は、個人的な記録や集団的な体験の中にある物が、文化や政治に与える影響のリサーチを続けている。その成果を反映した彫刻からは、古代と直結した現代性が感じられた。
この感覚は、ブライトの母方の祖母と曾祖母の顔に植物のモチーフを組み合わせたレリーフに最もよく表れている。ギリシャ建築のカリアテッド(女性の姿を掘り込んだ石柱)を暗示しながら、世代を超えて社会を支えてきた女性たちの力を表現するこの作品も、ブースに並ぶ他のさまざまな作品も、今の時代に特に必要とされている挑発だと言える。(翻訳:野澤朋代)
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