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  • 2023.04.12

時代錯誤な駄作。実在アーティストがモデルの映画『Paint』をレビュー

アメリカで80年代前半から10年あまり続いた人気テレビ番組「ボブの絵画教室(The Joy of Painting)」(日本でも、1990年代にNHK-BSで放映されていた)。そのプロデューサー兼ホストを務めたボブ・ロスそっくりな画家が登場する新作映画が全米公開となった。その惨憺たる出来の問題点を洗い出していこう。

映画『Paint』のワンシーン。Photo: Courtesy of IFC Films

ブリット・マクアダムス監督の新作『Paint』では、俳優オーウェン・ウィルソンが、画家の故ボブ・ロスを想起させる架空の人物、カール・ナーグルを演じている。アフロヘアも、ささやくような柔和な話し方も同じなら、公共放送サービスでテレビ番組を持つ画家が田園風景の描き方を教える、という設定も、ロスにそっくりだ。

ただし、この人物をボブ・ロスと呼んではいけない。というのも、映画のナーグルはあくまでも架空の人物であり、演出的には80年代風の気取った雰囲気を纏ってはいるが、あくまで現在の話として設定されている。

ロスは1983年1月から1994年5月まで続いた「ボブの絵画教室」で一躍有名になり、センセーションを巻き起こした。その人気は死後も衰えず、ライブ配信サービス、Twitchのプラットフォームで行われた同番組の全エピソード放映は、500万人を超える視聴者を集めた。しかし、映画『Paint』のナーグルは、これほどの成功者にはならない。

ナーグルはバーモント州の田舎町、バーリントンで、地元の人気者として地味な暮らしに甘んじている。仕事関係の女性たちは、ナーグルの紋切り型アートにすっかり魅了されるのだが、ただ1人、キャサリン(ミカエラ・ワトキンス)だけは一貫して冷淡な態度を取る。2人は元恋人同士で、数年前に別れている。田舎町で中途半端な名声を得たことが、ナーグルを悪い方向に変えてしまったらしい。

どこまでも中途半端な筋書き

『Paint』は欠点だらけの映画だが、その1つがここに表れている。確かにロス本人は女性ファンの心を鷲掴みにしたが、劇中のナーグルは、女性の心に漠然とした影響を与える人物でありながら、その影響は意図的にあいまいに描かれているのだ。

映画の中でナーグルは、自分に恋心を寄せる女性たちとデートはするものの、多くの場合、結ばれることはない。ナーグルが女性を追いかけることはなく、あくまで追いかけるのは女性たちで、ナーグルは無関心なままなのだ。

地元の新聞はナーグルを疑う余地のない「性差別主義者」と断じ、ナーグルとは対照的な新進画家のアンブロシア(シアラ・レネー)は、「あなたは絵筆を使って女性を誘惑し、愛してくれた人たちを破壊した」と非難する。

映画は無難な筋書きに徹しているが、これはロスの遺作などを管理するボブ・ロス社(Bob Ross Inc.)との法的トラブルを避けるためとしか思えない。見た目はロスそっくりな主人公が、本物のロスが犯していない悪事を働く映画を制作するわけにはいかなかったのだろう。

『Paint』は、今年の映画賞レースで数多くの作品賞にノミネートされ、日本では今年5月に全国公開となるケイト・ブランシェット主演の『TAR/ター』を思い起こさせるかもしれない。というのも、『TAR/ター』でも、芸術家が周囲の人物に性的魅力による心理操作をしていることが暗示されていたからだ。しかしナーグルの罪は、トランシーバーで恋人に別れを告げたことや、ヴィーガンの若者にチーズを食べさせたこと、そして恋人に浮気された後、浮気し返したことくらいだ。

それにこの仕返しも、ナーグルのおっちょこちょいで無邪気な性格と劣等感が入り混じったものとして描かれ、彼の人生に関わりを持つ女性たちの大げさな反応と比べれば、本人のやったことは取るに足らないと感じさせる。この映画にあと少し説得力があれば、ナーグルのほうが被害者だと思わせる狡猾な筋書きだ。

「白人男性 Vs. 非白人の女性」という安直な対比

そして、アンブロシアが公共放送サービスの地方テレビ局、PBSバーリントンに抜てきされ、絵画番組を任されることになったときからナーグルの転落が始まる。アンブロシアは若く、非白人のレズビアン女性という設定で、決められた時間内に2枚の絵を描くことができる。ナーグルが好む題材である針葉樹の森や山ではなく、UFOや『スター・ウォーズ』に登場するライトセーバー、恐竜など、別の意味で俗っぽい絵を描く才能を持っていて、映画の中ではそれが豊かなオリジナリティと真の芸術家精神の証として表現されている。

アンブロシアの存在に周囲の女性たちが心をかき乱され、ナーグルのためにしてきたことを忘れ去ってしまうのは時代の流れの反映なのかもしれない。そして、キャサリンまでもがアンブロシアの魔法にかかる。

これは、#MeToo運動をきっかけとして、フィクションに描かれる男女の力関係に起きた変化と言えるだろう。古くて時代遅れの白人男性を、非白人の女性という新鮮な競争相手と対峙させ、「偉大な後継者」というソフトな物語を作り上げるのだ。とはいえ、もちろん白人男性が特権的な地位を完全に譲り渡すことはない。

この映画の場合、ナーグルは自分を取り戻すことができる。より良い絵を描き、女性を手に入れ、ハッピーエンドで終わるのだ。(翻訳:清水玲奈)

from ARTnews

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