美術展の空間はどうつくられる? 東京スタデオ制作ディレクターに聞く【アートなキャリアストーリー #1】
アート業界は、実に多様な専門家に支えられている。「アートなキャリアストーリー」は、業界に携わる様々な人々のキャリアを辿る新連載。第一回は、話題の美術展や展覧会で、空間や会場づくりを手がける東京スタデオの制作ディレクター・玉村大樹に、展覧会を作る仕事の醍醐味を聞いた。
──まず、玉村さんのお仕事の内容を教えてください。
私たち「東京スタデオ」は、展覧会のデザイン、設計と、施工を担当する会社です。部署は展示の設計をする「デザイン室」と、実際に空間・会場づくりをする「制作部」に分かれていて、私は制作部に所属しています。
──「東京スタデオ」はここ数年でも「クリムト展」「クリスチャン・ボルタンスキー展」、「ハマスホイとデンマーク絵画展」といった話題の展覧会を数多く手掛けています。会場を作る制作チーフの具体的な仕事の流れは?
まず学芸員さんや展覧会の主催者の方から、予定されている展覧会についての相談をいただいて、話し合うことから始まります。早いものであれば展覧会の2年前に依頼いただくこともありますが、多くは6か月ぐらい前でしょうか。国公立の美術館で行われる展覧会の場合は入札を経て、決定するとスタートします。ほかにも、過去にご一緒した建築家や作家さんから直接指名されるケースもあります。
多くの場合、作家さんや展覧会の規模、ベースになる作品などは、わたしたちに発注される前に決まっているため、それらの作品をどう展示するかを話し合い、予算やスケジュールを管理しながら会場を作るというのがメインの仕事です。作品の内容にもよりますが、打ち合わせには作家や学芸員のほかに、建築家や照明デザイナー、特定の作品専門の技術スタッフなど、いろんな方が参加します。
──作家さんとのコミュニケーションで玉村さんが大切にしていることは?
現場では、作家の方にのびのびやっていただくことを重視しています。作家の方が緊張してしまうような環境では、良いアイディアも生まれませんから。わたしたちは、作家の方の「安全基地」みたいなものを提供したいと考えていますし、要求はなるべく多く出してもらった方がゴールが明快になり、わたしたちも仕事がしやすくなります。
もちろん、消防法などのレギュレーション上、作家さんの希望を実現してあげられない場合もあります。とはいえ作家の負担はなるべく減らしてあげたいので、いくつか代替プランを提案して、なるべくやりたいことに近づけられるよう努めています。会場の都合上、制約が多い場合など状況によっては作家とのメールでのやり取りが600回に上る場合もありますし、対面の会議で3、4回で決まっていくこともあります。
──物故の作家の場合はどのように進めていくのでしょう?
現代アートや映像などの作品に限られますが、物故作家の場合は、作品に付属する「インストラクション(指示書)」をもとに設計していきます(*1)。インストラクションには、作品を展示するときに必要なスペースや照明の明るさなど、細かく記載されているので、それを学芸員の方が咀嚼した上で一緒にプランを練っていきます。
*1 インストラクション(指示書)が付属していない作品も存在する。
刺激的な人々との出会いと、印象的な展覧会
──現場では何人の方とチームを組むのでしょうか。
規模にもよりますが、協力会社も含めるとだいたい50人ぐらいの体制です。チームの中には、大工や塗装屋さん、照明家もいれば、アートの展示を専門にするテクニカルスタッフもいますので、現場ごとに適材適所でチームを作ります。ときには一人がマルチタスクで動くこともあり、わたしも映像から設置まで担当することもあります。
──締切に追われることも多そうです。
方針がなかなか決まらないと作業の開始も遅れるので、締切には常に苦しめられています。どんなに製作が押しても展覧会を遅らせることはできませんから。
──これまで手がけた仕事で、印象的な展覧会をお教えください。
どんなプロジェクトでも、作家や主催者、キュレーターの人たちとの新しい出会いがあり、それがこの仕事の魅力の一つです。そんな中でも最近印象に残ったのは、箱根のポーラ美術館で開催された「部屋のある夢―ボナールからティルマンス、現代の作家まで」展でしょうか。
この企画展に出品された高田安規子・政子さんという双子の作家のインスタレーションのために、会場に電飾が入った窓や鍵穴をたくさん作りました。どの鍵もしっかり固定する必要があり、難しいことも出てくるのですが、どうすれば問題をクリアできるか考えていると何かしらアイデアが浮かんできて楽しかったですね。
あと、2019年に森美術館で開催された塩田千春さんの「魂がふるえる」展はかなり規模が大きく、何もない会場に糸を張り巡らせる作業からスタートしました。塩田さん自身はドイツ在住ですが、彼女の作品展示に精通している7人のテクニシャンが来日し、国内のメンバーと合わせて8人ほどの専門チームと協働作業ができため、スムーズに設営ができました。
実は、会期終了後、会場の隅々に張り巡らされた糸は、テクニカルスタッフの方々が、全部切って、梱包して持っていったんですよ。巡回する他の会場にそのまま持って行くと言っていました。「一から張り巡らせるよりも簡単だから、また広げて設置する」と言っていたのは面白かったです(笑)。
実際の展示の様子。ポーラ美術館公式インスタグラムより
お客さんが作品に没入できる会場をめざして
──玉村さんはどのように現在の仕事のノウハウを学びましたか?
わたしは美術大学の出身で、卒業後、友人の作家の展覧会を手伝っていたとき、その会場の施工を担当していた「東京スタデオ」に出会いました。そのうち、彼らの「手元」をやるようになりました。「手元」とは施工する職人さんの補助をする仕事で、上手な人に質問して教えてもらったりして技術を習得していきました。フリーの時代から数えると今年で21年目。「東京スタデオ」に入社後は、現場管理・監督業の仕事が増えましたね。
──この仕事の醍醐味は?
美術館には、作品を収蔵して未来に残すという役割がありますが、わたしたちは裏方の仕事ですから、キュレーターや作家さんに、仕事がやりやすかったと言われると嬉しいですね。また、会場づくりに関しては、制作側の仕事の跡があまり残っていないのが理想です。展覧会を観にくる方々には、わたしたちの存在を感じさせることなく作品に没入していただきたいですから。