ユートピアでもディストピアでもない──音を通じて自然と人間の距離を問う、梅沢英樹の試み

2023年の第15回恵比寿映像祭でダムや水の循環に着目したビデオ・インスタレーション作品《Echoes from Clouds》(2021-2023)を発表した梅沢英樹。4月22日のアース・デーに寄せて、環境問題を音で可聴化する梅沢に、芸術作品が地球に対してどのように作用し得るかを聞いた。

梅沢英樹 + 佐藤浩一《Echoes from Clouds》(2021-2023)

電子音楽からフィールドレコーディングへ

──梅沢さんのこれまでのキャリアについて簡単にお聞かせください。

大学で経済学を専攻しながら、独学で音楽を制作していました。当時は、テクノやエレクトロニカといったジャンルの音楽を中心につくっていたのですが、次第に、自分がつくる音楽や、関心が美術の領域にも重なっていくようになり、東京藝術大学の大学院に進学しました。

── フィールド・レコーディングをはじめたきっかけは?

高校生や大学生の頃、DAWの普及やハンディ・レコーダーなどの機材が手に入りやすくなってきて、その当時は身の回りの音を日常的に録音していました。そのときに「ミュージック・コンクレート(*1)」という概念を知り、録音したものを素材として扱い、加工する手法をとるようになっていきました。


*1 具体的に音を録音し、それを電子音響機器などで加工・変形し作曲する手法、またはその音楽。フランスの作曲家ピエール・シェフェールらが1940年代ごろに提唱した。


「感覚的なズレ」から気づくこと

──今年の恵比寿映像祭でも発表された《Echoes from Clouds》(2021)は、ダムの環境問題をテーマに扱った作品です。ダムや水に着目されたきっかけを教えてください。

この作品を制作するきっかけは、金沢21世紀美術館館長の長谷川祐子さんがキュレーターを務めたタイランド・ビエンナーレ2021のコミッションでした。この展覧会は、経済学者である宇沢弘文さんの「社会的共通資本/コモンズ」という概念に触発された、 「新しい資本」がテーマに掲げられていました。


恵比寿映像祭での展示風景。3画面での映像、マルチ音響、香りが組み合わさったインスタレーションとして展示された。Photo: 梅沢英樹 + 佐藤浩一《Echoes from Clouds》(2021-2023)

新型コロナウイルスによるパンデミックがなければ、タイ現地でリサーチを行う予定でしたが、国内での制作に切り替えざるを得なくなったこともあり、共同制作をしている佐藤浩一くんと共通の関心であった、日本の水資源を巡る社会状況に着目しました。

その過程で、佐藤くんが「それまで自然だと思っていたものが、実はそうではなく、荒廃した人間の土地だった」という話をしていて、強く印象に残りました。ぼくたちは、ともに北関東出身で、そういった荒廃を水源地や森林の近くで見て育ったこともあります。近年も河川の氾濫などがあり、コントロールし得ない自然と人との関係性の参照点として、2000年前に沈んだ埋没林を作中にも登場させています。

この作品で描きたかったのは、都市と地方の間にあるエネルギーを巡る不均衡や、人口減少によるインフラ維持の難しさなど、社会が潜在的に抱えている 非・持続可能性に対する不安や予感のようなものだったのかもしれません。

── 梅沢さんの映像作品に使用されている音は、映像の内容と必ずしも一致しているわけではありませんね。

可能であれば、リサーチの段階で撮影と録音は同時に行うのですが、映像に音をつけるときは、既存の録音を編集して新しい音を作る、という映画的なアプローチを取ることもあります。表現をするときは、録音を行った土地の歴史や文脈など、文化的な側面を丁寧に紐解いて扱うことを心がけています。


Photo: 梅沢英樹 + 佐藤浩一《Echoes from Clouds》(2021-2023) CGI - 山形一生

作品によっても構造は変わりますが、《Echoes from Clouds》(2021)はキュレーターの長谷川さんと打ち合わせをする中で、「映像と音楽におけるシニフィエとシニフィアン(*2)が巧妙にずれていく構造が必要」という助言を受け、視覚と聴覚における「感覚的なズレ」を引き起こすことができないだろうか、と考えました。


*2 19世紀にスイスで活動したフェルディナン・ド・ソシュールが提唱した概念。

例えば、PCを操作する手付きをピアノの演奏になぞらえることで、詩的な飛躍を与えることや、ダムを低空飛行するドローンで捉えたシーンでは、映像を制作している佐藤くんから「電気が滞留しているような音が欲しい」という要望を受け、不可視のモノをサウンドで表現しています。加えて、マルチチャンネルの音響作品なので、サイトスペシフィックな響きや、場に生起する音というものも意識しています。


自然と人工という二項対立を超える試み

──《Structures of Liquidity》(2021)では、なぜ都市化問題を扱おうと思ったのですか?

この作品は、東京2020オリンピックに合わせた文化庁のインバウンド向けプロジェクトとして、制作依頼を受けたものでした。オリンピック開催に向けて、多数の新たな開発が行われ、変化が起きましたし、展示会場となった東京国際ターミナルという場所自体、埋立地という人口の土地です。周辺のメタボリズム建築の中には、老朽化により取り壊しになったものもあります。こうした状況から、人工と自然のあり方や、都市の新陳代謝について考えるようになりました。

例えば、明治神宮は100年という時間をかけて、人工林から天然林相への形成を計画された場所であり、人のタイムスパンを超えて環境と向き合う必要性を体現している稀有な場所です。一方、葛西臨海公園や谷津干潟などは開発による公害が問題になりましたが、30年を経て、ラムサール条約(*3)に登録されました。こうした場所を実際に訪れてみたり、リサーチをする上で気づいたのは、決して自然との共生が実現したユートピア的なものではないということです。


*3 湿地の保護などに関する国際的な条約で、正式名称は、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」。日本は1980年に加盟した。

──人工物と自然という単純な二項対立では語れない音環境だったということですね。

それがまさに《Structures of Liquidity》(2021)という作品を通じて問いたかったテーマです。「自然と人工」という単純な二項対立や既存の境界を飛び越える新しい方法や態度を、絶えず流動し続ける環境のなかで模索していく必要があるのではないか。そんな問題意識もあり、「流動性の構造」というタイトルをつけました。《Echoes from Clouds》(2021)でもそうした視点を引き継ぎ、自然の音に電子的な変調を加えて、人の声のように聴こえるものを組み込んだりなど、そういった境界を曖昧にする新しい感覚性を表現したいという気持ちは、常にあります。

──《Structures of Liquidity》の最後に、建築家の磯崎新さんの言葉が出てきます。

作品制作の過程では、前述の通り都市の新陳代謝について考えていたのですが、磯崎新さんは今より半世紀以上も前に、それを示唆する言葉を残していました。磯崎さんの言葉を自分たちのアイデアに重ね、コンセプトを再考していきました。


Photo: 梅沢英樹 + 佐藤浩一《Structures of Liquidity》(2021) 

──作品の制作過程では、どのような発見がありましたか?

例えば、ラムサール条約の登録湿地と聞くと、水鳥などが集まる牧歌的な場所を思い描きがちですが、実際に録音をしてみると、数分ごとに鳴り響く飛行機の轟音の中で、鳥たちのものすごい大きな鳴き声が聴こえるんです。決してよい環境とは言えませんし、ある種ディストピアのようなサウンドスケープでもあります。

その他にも、さまざまな場所で収録をしました。東京湾では船に乗り込み、潜水スタッフに海中の映像を撮影してもらったのですが、同時に海中録音を行い、鳴り響く工業的な音などをミックスしました。


Photo: 梅沢英樹 + 佐藤浩一《Structures of Liquidity》(2021) CGI - 山形一生


環境問題を身近なスケールで伝える音

── 作品を通じて、水の音に興味を持たれているように感じました。

水中や氷の音は、確かによく録音します。上村洋一さんというアーティストと一緒に《0°C》というプロジェクトを運営しているのですが、それは世界中のアーティストと協働をして、氷や雪の溶ける音など集めるという企画で、過去には坂本龍一さんにも参加していただきました。水はものすごく長い時間をかけて、地球を循環していますが、水が持っている土地の記憶などが、音を通して伝わってくる気がするんです。


Photo: 梅沢英樹 + 佐藤浩一《Echoes from Clouds》(2021-2023)

例えば、南極の氷があと何年で溶けてしまう、と言われても、自分から遠い世界のようにも感じますし、規模感が大きすぎて、日常の中で想像をすることがむずかしくもあります。気候変動などの問題をもう少し日常に近いスケールで感じられるように、という思いから企画したプロジェクトです。


アートの力は「問いを投げかける」こと

──梅沢さんは現在、フランスに滞在して制作や展示を行っています。

3月末からポーラ美術振興財団の在外研修員として、フランスに滞在しています。到着してすぐに展示に参加したり、出発前に日本でお会いしたKADIST(パリにある非営利の現代アート関連組織)のキュレーターに作品を紹介していただける機会を得ました。

電子音楽はフランスが発祥地の1つでもあり、代表的な人物としてミュージック・コンクレートの創始者でもあるピエール・シェフェールや、サウンドスケープという概念を提唱したリュック・フェラーリといった作曲家たちが挙げられます。彼は録音という行為を通じて、その場所の音、それ自体が作品である、といった考え方を提唱した人です。そうした歴的な背景もあり、聴取に対する文化が他の国と違うように感じています。

滞在中は、そうした聴取文化のリサーチを行いながら、フェスティバルへの参加やINA-GRMのスタジオ訪問、国内でも行っていたフランソワ・バシェの音響彫刻の録音などを行う予定です。

──「サウンドスケープ」という文脈では、カナダの作曲家マリー・シェーファーが提唱してる理論も有名です。国によっても少し違いがあるのでしょうか?

そうですね。例えば、マリー・シェーファーが1973年に発表した《Vancouver Soundscape》という作品では、カナダの湖範で船が優雅に遊覧していて、そこで鳥たちが鳴いていて......というような、素敵な絵が浮かぶようなフィールドレコーディングの作品で、調和のとれたユートピア的なものとしてサウンドスケープを提示していたように思います。

フィールドレコーディングで音をとらえるという行為自体に、時代的な変化が起きていると思います。現代的な姿勢としては、環境問題とどう向き合っていくか、エコロジー的な観点で録音を行うアーティストが増えてきていて、ディストピア的なコンテクストを帯びるものも増えているように感じています。


Photo: 梅沢英樹 + 佐藤浩一《Echoes from Clouds》(2021-2023)

──今年は6月にイタリア、7月には国際芸術センター青森ACACなど、様々なプロジェクトが予定されていますね。

イタリアと青森は連動したプログラムで、青森では、日本がエネルギー資源として活用しきれていない地熱資源についてなどのリサーチを行なっています。イタリアではストロンボリ島で活火山のリサーチなどを行う予定です。日本とイタリアは緯度的には同じような場所に位置しているので、共通点や差異を見出せればと考えています。

── 録音をする場所は、いつもどのようにして選ばれてるのでしょうか?

例えば、日常的に録音を行なったり、なんとなく音が面白そうな場所に赴いて録音をするというアプローチもあるのですが、最近はコンセプトが先にあって、それに合った場所を探すということが増えました。

作品にもよりますが、コミッションワークの場合は要件があるので、それに自分の関心が重なる問題などを接続して制作に取り掛かることもあります。継続的に個人で行なっているものとしては、ここ7、8年ほど、冬になると氷湖で録音と撮影をしています。福島の原発事故によって飛来した放射性物質が湖底に沈着してしまっている湖で、その湖底にある放射性物質は、なくなるまで30~40年もかかると言われています。そうした場所で氷にドリルで穴を開けて、水中マイクやカメラを落として収録をしたり、周りの環境も一緒に記録しています。

──最後に、なぜアートという文脈で音の作品を制作しているのか教えていただけますか?

アートや音楽には、社会的な問題などに対して、直接的なアプローチでは出来ないような、その他の様々な分野や領域と交錯しながら、変化をもたらす可能性があると考えています。作品を通じて答えを出すのではなく、鑑賞者と一緒にどのように考えていくことが出来るのか、という問いを投げかけられたらと考えています。

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