「アートによる都市活性化 福岡市、スタートアップのノウハウを生かした独自施策」高島宗一郎・福岡市長 宮津大輔連載「アート×経営の時代」第5回

アートはビジネスに必須だと言われる。だが、CSR(企業の社会的責任)としてのアート支援でもなく、アート的思考でもなく、「経営戦略として」アートを採り入れる企業はどれほどあるだろう。アートコレクターで、多数の著書もある横浜美術大学教授の宮津大輔氏が、そうした経営トップを取り上げる本連載第5回は、民間企業ではなく地方自治体。人口約160万人を抱える福岡市だ。経営的な視点で、アートを市政運営に生かしている高島宗一郎市長(47)に聞いた。

高島宗一郎市長。後ろに掛かっている作品は、福岡県生まれ・在住の坪山小百合の油彩=2022年8月25日、福岡市庁舎内で 撮影:比田勝大直(以下、提供写真以外は同)

ケースに学ぶ「アート×経営の時代」・その3

世には近頃、「アート思考」なるものが流布している。それは、あたかもロジカルな戦略で解決できなかった経営課題が、アートから得る「ひらめき」により解決可能であるといった誤解を招きかねない。

優れた現代アート作品が有する真の魅力と、それを理解・消化し自らの経営戦略に生かすことは、そんな安易なことでも、それほど薄っぺらいものでもない。

本連載では、筆者が仕事などを通じ知遇を得たトップへのインタビューに基づき、アートが持つ唯一無二のパワーを企業経営や自治体運営へと生かしている実例について紹介する。

今回は「“Fukuoka Art Next” Week(以下、FaN Week)」を通じ、“彩りにあふれたまち”づくりを筆者も共に目指す※1福岡市長の高島宗一郎氏を取り上げたい。
(以下、文中は敬称略)


※1:筆者は、「FaN Week」のチーフディレクターを拝命している。
「街中がアートに溢れる “Fukuoka Art Next” Week -FaN Week- 開催決定!!」


高島市長=福岡市庁舎で

様々な評価ランキングでNo.1、最強都市・福岡

体にフィットしたダークスーツとソリッドタイに身を包んだ高島宗一郎が、涼しい笑顔と共に取材場所へ颯爽(さっそう)と現れた。後述する圧倒的な実績が醸し出す自信と、初当選以来今も変わらぬ若々しい印象が無理なく同居する姿は、日本の政治家というより、カナダのトルドー首相やフランスのマクロン大統領といった欧米の若きリーダーを思い起こさせる。

福岡市は、「人口増加数・増加率」が政令指定都市の中で共に第1位であり、「住みたい街自治体ランキング全国版」では3年連続で第1位(2020、2021、2022年)※2である。また、若者(10代・20代)の割合も大都市の中でトップである(2020年国勢調査を基に市が独自集計)。多くの自治体が人口流出に悩み、国は東京への一極集中に対する有効な手立てを探しあぐねている中、こうした福岡市の数値は刮目(かつもく)に値する。また、少子高齢化に伴い労働人口が減少する中で、福岡市の年齢別人口構成比における若年層のパーセンテージ(22.08%)は、他の自治体にとって羨望(せんぼう)の的であろう。

また、魅力溢(あふ)れる街は、不動産価値も上昇するため、「地価変動率」も21大都市中で1位※3となっている。しかも現在、福岡市では、アジアにおける拠点都市としての役割・機能を高めると共に、新たな空間と雇用の創出を目指した「天神ビッグバン」※4や、博多駅の持つ活力を周辺へ伝播(でんぱ)・拡張させていく「博多コネクティッド」(いずれも、福岡都心部における大規模再開発プロジェクト)※5が進行中である。天神エリアでは70棟のビルが建て替わる予定である。Google日本法人が天神ビジネスセンターへ事業拠点を開設するという報道からも、両プロジェクト完遂の暁には、日本のオフィス地図を塗り替えかねない勢いである。

福岡市を地方自治体のリーダー都市へと導いたのが、2010年に史上最年少の36歳で福岡市長に就任した高島宗一郎である。市政運営を、自ら「福岡市を経営する」と捉え、3期12年を走り続けてきた、彼の原動力は一体どこにあるのであろうか。


高島市長=市庁舎で

民放アナウンサーから、市長への転身

高島の経歴は、異色である。父は、大分放送のアナウンサー高島晋一郎であり、母方の祖父は豊後高田市長を務めた倉田安雄であった。大学在学中からアナウンサーを目指し、ストイックに就職活動に取り組み続けた彼は、卒業後、見事KBC九州朝日放送に入社する。朝の情報番組を担当していたが、子供の頃から大ファンであったプロレス番組の実況中継を担当したいと長らく考えていた。常にいつ声が掛かっても良いように準備し続け、資料を整理し持ち歩くなど不断の努力が周囲に認められ、ピンチヒッターとして「ワールドプロレスリング」(テレビ朝日)の実況を担当する機会を得た。そして、その後はレギュラー実況陣の一角を占めるようになった。系列地方局のアナウンサーとしては、異例の抜擢(ばってき)といえよう。

高島は「破壊王」こと故・橋本真也選手との親交が深く、人気絶頂時の2005年に急逝した彼の葬儀では司会を務めた。出棺時の「破壊なくして創造なし! ありがとう! 破壊王! ありがとう! 橋本真也! 183cm、135kg、破壊王・橋本ー真也ー!」という絶叫は、今もプロレスファンの間で語り草となっている。

2010年の福岡市長選挙では、キャスターとして抜群の知名度を誇りつつも、金なし、コネなし、地盤なし、そして行政経験もないといった圧倒的に不利な状況下で当選している。勝因は争点に対する明確な姿勢に加え、アナウンサーとして培ってきた「誰にでも、わかりやすく伝える力」を発揮した点が大きかったといえよう。しかし当選後は、若く行政経験がない市長に対する周囲からの風当たりは厳しく、逆風からのスタートであった。

そんな中で、行政の素人だからこそ生まれる、前例にとらわれない発想を武器に、彼は福岡市をNo.1都市へと成長させ、幸せな市民生活を実現するために日夜奮闘し続けてきたのである。


高島市長=市庁舎で

高島市政を語る上で、また、後述するアートによる都市活性化においても欠かせないキーワードが「スタートアップ」である。2012年の「スタートアップ都市ふくおか宣言」以来、矢継ぎ早に施策を実行に移した。2014年に、地域限定で規制や制度の改革提案が可能な「グローバル創業・雇用創出特区」に指定されると、創業支援拠点「スタートアップカフェ」をオープンしている。2016年にスタートアップビザの受け付けを開始すると、国内はもとより海外からも、福岡での起業を目指すアントレプレナーたちが続々と集結したのである。また、2017年には廃校となった小学校の校舎を活用した、創業支援施設「Fukuoka Growth Next(FGN)」をオープンさせている。スタートアップカフェからは、累計681社が起業し、FGNへの入居企業は累計で75社にも上り、約281億円を超える投資が集まっている(2022年7月末時点)。

開業率も3年連続で日本一※3となり、今やFUKUOKAは名実共に“スタートアップ都市”として世界で認知されるまでに至っている。こうしたスタートアップ・ムーブメントは、失われた20年やデフレスパイラル、更には空前のスタグフレーションといった日本経済不振脱却における、一筋の光明といえるのではなかろうか。


インタビューに答える高島市長(奥)=市庁舎で

福岡市が目指すアートによる都市活性化

アートによる都市の活性化といえば、大量の税金を投入したビエンナーレやトリエンナーレ形式の芸術祭が想起される。今や日本全国で多くの芸術祭が開催され、似たようなアーティストのラインアップが類似したプログラムを生み、結果的に、地域特性を感じにくくさせているケースが少なくない。しかし、高島が考えるビジョンや施策は、それらの一過性かつ凡庸な事案とは一線を画するものであった。

2022年度、福岡市は「彩~多様な魅力が輝くまち~」を施策の柱に掲げ、「Fukuoka Art Next(フクオカアートネクスト)」、通称「FaN」を立ち上げた。FaNは市民のWell-being(筆者注:心身が健康で、社会的に安心、幸福な状態)向上を目指した「アートのある暮らし」と、福岡発のアーティストが世界で活躍する「アートスタートアップ」という2つの事業コンセプトに基づいたプロジェクトである。

きっかけとなったのが、「Fukuoka Wall Art Project」(以下、FWAP)である。天神や博多における工事中の仮囲いをキャンバスに見立て、福岡市にゆかりのあるアーティストから応募を募る。その後、選定された作品を街中に展示するというプロジェクトである。しかも、原画作品をアートフェアアジア福岡(以下、AFAF)2021の会場で販売するという、非常に先進的な取り組みでもあった。

アートスタートアップについて、「スタートアップは、これまでの福岡市政における一丁目一番地のような取り組みなので、アートや文化の領域でも力を入れていきたい」と、高島自身も強い決意をもって述べている。なお、具体的な実施事業・施策は以下の通りとなっている。


高島市長=市庁舎で

ちなみに、「FaN」は「(多様なアート活動に対して支援の)風を送る『ファン』」と、「アートの『ファン』になる」というダブルミーニングである。また、ロゴの中心にあるアートの「a」は、赤・青・黄の三原色を用いて、アーティストやクリエイターが持つ個性や無限の可能性を表している。

1.「アートのある暮らし」推進
 (1)「おうちにアートを、職場にアートを、街にアートを!」をコンセプトとした啓発・情報発信活動
 (2)多種多様なイベントにより、街中が現代アートで賑わう「FaN Week」の開催
 (3)市民が気軽にアートと触れる場である「アートカフェ」設置の検討

2.「アートスタートアップ」の推進
 (1)保税地区を活用した「アートフェアアジア福岡」の官民共同開催
 (2)アーティストの創造活動やスタートアップを支援する「アーティストカフェ」の開設・運営
 (3)アジア美術館による「アーティスト・イン・レジデンス」事業の拡充
 (4)福岡市美術館が選ぶ、若手アーティスト育成を目的とした「福岡アートアワード」の創設
 (5)工事中の仮囲いを活用した作品展示と販売機会を提供する「Fukuoka Wall Art Project」

以上のように、「FaN」は、まちに『彩り』を加えながら、アートを愛する風土を醸成し、アートに関わる人材を育むことを目的としている。各施策の内容からも、拙速に効果を求めるものではなく、中長期的に取り組む姿勢が窺(うかが)える。また、公的助成をできる限り抑制し、アーティストや市民の主体的活動を生み出す仕組み作りに主眼が置かれている。

「『博多どんたく』という、この街を代表する伝統的な祭りがあります。どんたくは、我々が舞台を用意するだけです。そこで様々なパフォーマンスを披露するのは、市民、そして世界中から、この祭りのために集まってくれた皆さんです。『FaN』も同じコンセプトだと思っています。福岡市はチャレンジャーが集まれる舞台を用意し、長期的に多くの方に関わってもらえるような環境づくりを目指していきます」と、高島はその意図するところを明確に語った。


高島市長=市庁舎で

アートにも、スタートアップ支援ノウハウを活用

「規制緩和などに対しては、強い向かい風もありました。しかし、私と共に、市の職員が一丸となって懸命に取り組んでくれたおかげで、福岡は(経済的に)元気になりました。しかし、まだまだ手を抜くわけにはいきません。ですから、『天神ビッグバン』や『博多コネクティッド』といった大型プロジェクトも進めています。しかし、経済合理性の追求だけでは、真に豊かな街には成り得ないと思っています。そこには、人間らしさや『ぬくもり』といった肌触り感、そして『彩り』も必要でしょう。街中にアートがあることで、人はひととき日常を忘れ、様々なことに思いを馳せ、想像の世界に遊ぶことが可能です」と、高島はアートが有する唯一無二の効用についても持論を述べている。

一方で、アートが有する経済的側面についても重視していることは、以下の発言からも見てとれる。「今、福岡市は国際金融都市を目指し、様々な取り組みに力を入れています。人、金、情報が集まる国際金融機能の集積と、アート市場とは非常に親和性が高いと考えています。しかし、残念ながら日本のマーケットは、諸外国と比較すれば非常に小さいのが現状です。一方、逆説的ではありますが、それだけ大きな可能性を秘めているともいえるわけです。それを、福岡から変えていきたい」と、長年にわたり日本のアート関係者や、文化行政機関が抱えていた問題の核心をも鋭く突いている。

ダリ(Salvador Dali, 1904~1989年)の《ポルト・リガトの聖母》(1950年)や、ウォーホル(Andy Warhol, 1928~1987年)の《エルヴィス》(1963年)といった名品を所蔵する福岡市美術館や、世界で唯一の豊富なアジア近・現代アートコレクションによって“アジアの宝”と称される福岡アジア美術館の2館についての話題も、いつの間にかスタートアップの重要性へと話が展開していく。「先人たちのおかげで、市民も誇りに思える美術館、コレクションを福岡市は持っています。これらの既存アセットについては、今後も十分に活用していきたい。一方で、スタートアップ支援を通じては、様々な情報が集まり、夢を語り合えるコミュニティが形成されると共に、ライバルの存在がいかに大切であるかを実感しました。こういったノウハウを、アーティストの成長や成功へのサポートにも役立てていきたいと考えています」と説明する。


高島市長=市庁舎で

それを体現するのが、9月1日にオープンした「Artist Cafe Fukuoka」である。福岡発アーティストの発掘・成長サポート、更には市民とアートの懸け橋といった機能を担う、高島肝いりの新しいアート拠点である。9月1日にオープンしたばかりだが、既に起業家とアーティストによるトークセッションをはじめ、アーティストやクリエイター向けに特化した創業支援プログラムが次々と開催されている。早晩「FGN」のように、様々な人々が集い、多様な化学反応が生まれる場所になるであろう。

ちなみに、「Artist Cafe Fukuoka」は、移転した中学校(福岡市立舞鶴中学校)の旧校舎を利用している。また、必要な什器(じゅうき)、備品類も、九州大学のキャンパス移転に伴い、廃棄される予定だった家具類を使用しながら保全を目指す、「九大什器保全活用プロジェクト」によって賄われている。

以上のようなアイデアとスピード感に溢れた高島の取り組みは、メディア発信にも活(い)かされている。毎月の市長会見では、「今月のアート」として福岡にゆかりのあるアーティストによる作品を掲出している。更に、従来は市の歴史を宿した扁額(へんがく)や、福岡の景色を描いた近代絵画などが飾られていた応接室には、FWAP入賞アーティストの作品が掛けられている。8月の会見では、坪山小百合による《Between You and Me #5》(2021年)が、今月のアートとして取り上げられていた。また、応接室にも、坪山の《Between You and Me》シリーズ3点(制作年)が展示されていたのである。


高島市長=市庁舎で

アートとの出会いから、最初の作品購入へ

さて、ここまでは、福岡市長・高島宗一郎としての「FaN」にかける思いを紹介したが、そもそも高島個人にとってアートとは、一体いかなる存在なのであろうか。高島がアートの可能性や面白さに目覚めた切っ掛けは、美術館スタッフから作品説明を受けた時に、漫然と眺めていたアートに解釈が加わることで、今までとは全く異なった理解を得られた経験によるという。「私は、美術の成績が10段階中の2でした。それ以来、自信を喪失していましたが、アートこそ大人になってから学び直すべきものだと感じました」と語る。

更には、市政運営を行う上で、データや計数分析を重視した、エビデンスベース(筆者注:裏付けとなる数値に基づく)の論理的な思考が常になっていた。加えて、組織のトップとして最適解を求められる厳しい毎日を送っているからであろうか、「好き嫌いだけで判断して良いという、アート作品が有するシンプルな魅力に惹(ひ)かれました」と語っている。

そんな高島が、AFAF2021会場で生まれて初めて購入した作品が、福岡を拠点に活躍するアーティスト銀ソーダによる《鏡》(2021年)であった。「いきなり抽象絵画作品とは、玄人好みの選択ですね」という私の問いに、「逆に具象作品は、(あの時には)重く感じられました。自由に眺められ、味わい、解釈することが可能な抽象表現の持つ懐の深さに惹かれたからです。まぁ、部屋に掛けたら気持ちが良い、ブルーの作品を単純に欲しかったというのが一番の理由です」と、一目惚(ぼ)れの理由を明かした。

一点の作品購入によって、高島のアートに対する考え方、姿勢は劇的に変わったという。「作品と暮らしていると、その日の気分や体調で(変わるはずのない作品が、昨日とは)違って見えます。そのことに、最初はとても驚きました。背景や景色の一部であると思い込んでいたアート作品と、ある時から対話ができるようになったのです」と語る。ビギナーとは思えない彼の鋭い感受性と、コレクター気質には脱帽するのみである。


高島市長が初めて購入したアート作品、銀ソーダ《鏡》(2021年)

高島宗一郎にとってアートとは?

高島宗一郎にとってアートとは何か?という最後の問いに対して、「まさに、自分を映し出す鏡ではないかと思っています。アートが毎日違って見えるのは、それを見ている私自身の(気持ちの)揺らぎだということに気づいたのです。だからこそ、『今、感じたこの気持ちを、忘れないようにしよう』と考え、自分の心の在りようを見つめ直す良い切っ掛けになっています。そういう意味では、最初に購入した作品タイトルが『鏡』だったことに、何か運命的なものを感じますね」と答えた。

穏やかに語った後、市長の顔に戻った高島は最後にこう述べた。「スタートアップやアーティストへの支援は、あくまでも手段に過ぎません。目的は『リスクをとってチャレンジする人が尊敬される社会を創ること』です。それこそが、福岡市の成長エンジンであると確信しています」。


タブレットでコレクションについて説明する高島市長(右)

インタビューを終えて

取材後、高島は持参のタブレットで、自らのコレクションを披露・説明してくれた。その一部を、彼の説明コメントと共に紹介したい。


 ■磯崎新 《OFFICE-I(BANK)》 1983年

「大分出身で世界的建築家である磯崎新(1931年~)さんが設計した西日本シティ銀行本店ビル(旧・福岡相互銀行本店ビル、1971年)を描いた作品です。自らの建築観を紙上に表現することにも意欲を燃やした方で、これもその内の一点になります。残念ながら博多コネクティッドによって(同ビルは)姿を消しましたが、この版画の中には生き続けています。その文化的価値や美しさをいつも思い出せるように、玄関に飾っています」

 ■角田純 《Amber And The Amberines 8》 2013~16年

「英国出身のロックミュージシャンであるロバート・ワイアット(Robert Wyatt, 1945年~)の同名曲に、インスパイアされて描かれた美しい小品です。角田さんは、今や多くの若手アーティストからも敬愛される存在ですが、その価格は未だに以前のままに据え置かれています。『作品価格が高額になれば、その価格に相応(ふさわ)しい作品を創ろうとする気持ちが働いて、失敗できないと力んで守りに入るから』といった彼の言葉を聞いた時に、就任当初の気持ちを思い出して、“初心忘るべからず”の戒めとして、大切にしています」

 ■木村舜 《逢魔》 2021年

「逢魔時(おうまがとき)は、昼から夜に移り変わる黄昏どきを指しますが、この世のものではない魔に逢いやすい時間帯であるといわれています。人間には誰でも二面性があり、これは陰の部分を写す鏡のような作品であると思っています。見た瞬間に気味が悪いけれども、私を描いた肖像画だと直感し、購入を即決しました。自分自身の中に棲(す)む“魔”の存在に自覚的でありたいと考え、一緒に暮らしています」

 ■岡崎実央 《垂直落下式DDT》 2021年

「私が敬愛して止まないプロレスの橋本真也選手の必殺技『垂直落下式DDT』を、描いた作品です。プロレス中継では同時に見ることが不可能な、技を掛けるレスラーと掛けられるレスラーの表情や、見えるはずのない足の裏などが描かれています。それは、多視点で捉えた要素を、一画面に統合するキュビスムの考え方に則っているからでしょう。正に、アートでしか表現し得ないプロレスです」

短い期間で、以上のような作品をコレクションしてきた高島だが、意外にも「最初は若手アーティストの作品価格でも、高いと感じていた」と語る。しかし、コレクションを重ねていく内に、「毎日作品と対話できて、そこから様々な影響を受けていることを考えれば、アート作品は非常にコストパフォーマンスが高いと、今では実感しています」と心境の変化を述べている。

高島が敬愛する故・橋本選手は、新団体設立時に「破壊なくして創造はなし、悪しき古きが滅せねば誕生もなし、時代を開く勇者たれ!」と旗揚げ挨拶(あいさつ)をしている。アナウンサー時代に橋本の葬儀・出棺で彼が絶叫したメッセージも、この挨拶をなぞったものであろう。そして、それはピカソ(Pablo Ruiz Picasso、1881~1973年)の名言「いかなる創造活動も、はじめは破壊活動だ」にも通底している。

逆風からスタートした高島の市政運営も、既得権益と闘う規制緩和や前例のないスタートアップの推進など、自らリスクをとって挑戦し続ける毎日であった。それは正に、「破壊なくして創造はなし!」であろう。自らを映す「鏡」と語る彼のコレクションたちは、そんな高島の“自叙伝”なのかもしれない。

取材後に雑談をする宮津大輔氏(左)と高島宗一郎市長=福岡市役所で


参考情報:FaN Weekについて
【開催期間】9月23日(金・祝)~10月10日(月・祝) 

【主なイベント】
(1)「アートコレクターの所蔵品によるコレクター展」「アートマルシェ」「まるごとミュージアム」など多彩なイベントから成る「FaN Week
 「アート×経営の時代」にも登場したGMOインターネットグループ熊谷代表のジュリアン・オピー作品も展示予定(コレクター展・福岡市美術館)。

(2)福岡国際会議場+ホテルオークラ福岡で開催される「アートフェアアジア福岡2022」 9月30日(金)~10月3日(月)
 日本のフェア初登場のギャラリーを含め、世界中から75軒が集結

(3)特別展「エモーショナル・アジア宮津大輔コレクション×福岡アジア美術館」 9月15日(木)~12月25日(日) @福岡アジア美術館(リバレインセンタービル7・8階)
 アジアの現代アートに焦点を当て、45人のアーティストによる作品を一堂に展示

(4)工事中の仮囲いを活用した作品展示「Fukuoka Wall Art Project
 街中で見て、気に入った作品があれば「アートフェアアジア福岡2022」で購入が可能


高島宗一郎市長(左)と宮津大輔氏=市庁舎で

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