• CULTURE
  • NEWS
  • 2022.05.25

マリリン・モンローの“ヌード”ドレスを着たキム・カーダシアン。美術館・博物館関係者が大批判する理由

ニューヨークのメトロポリタン美術館コスチュームインスティテュート(服飾研究所)が、運営資金を集めるため毎年開催し、各界のセレブが勢揃いするメットガラ。5月2日、このイベントにマリリン・モンローの歴史的なドレスを着て登場し、注目を集めたキム・カーダシアンだが、美術館・博物館関係者からは批判の大合唱が起きている。

5月2日、ニューヨークのメトロポリタン美術館コスチュームインスティテュート(服飾研究所)のチャリティーイベント、メットガラ(2022)に登場したキム・カーダシアン John Nacion/Star Max/IPx

特注品のこのドレスは、1962年5月19日にマディソン・スクエア・ガーデンで、マリリン・モンローがジョン・F・ケネディ大統領に「ハッピーバースデー」を歌った時に着ていたことで知られる。モンローは、同じ年に薬物過剰摂取で亡くなった。

モンローのドレスを着用したことについて、キム・カーダシアンとドレスの所有者であるリプリー・エンターテインメントは、直後からキュレーターや歴史学者の批判を浴びている。さらに、国際博物館会議(ICOM)が批判者の列に加わることになった。

「歴史的価値のある衣装は、公人であれ私人であれ、誰も着用すべきではない」と、ICOMは5月12日の声明で指摘。同団体が定める博物館のための倫理規定と保存ガイドラインを引用し、保存の観点から歴史的な衣服にはできるだけ手を触れないようにすべきだとした。

ICOMは、保存の対象となっている衣服の状態を悪化させる可能性があるものとして、香水、化粧、宝石、舞台照明、湿度、写真用フラッシュなどを例に挙げている。メットガラでモンローのドレスは、これら全てに晒されたと考えられる。

「予防は治療に勝る。間違った処置は、品物に取り返しのつかない損傷を与えてしまう」というのがICOMの主張だ。

また、コスチュームインスティテュート保存修復部門の元責任者で、現在はクリーブランド美術館の保存修復部門を率いるサラ・スカトゥーロが懸念しているのは、今回の一件が同じような行為を誘発するかもしれないというということだ。

スカトゥーロは、ロサンゼルス・タイムズ紙に次のように語っている。「80年代に服飾専門家の協議で、歴史的な衣服は着用されるべきではないという取り決めが表明された。だが、今後、保存や管理に関わる専門家たちが、有力者から歴史的な衣服の着用を認めるよう圧力をかけられるようになるのではないかと心配している」

オランダのファッションキュレーター、マドリーフ・ホーエも、「歴史的な衣服の着用は倫理に反する」と、率直な意見をインスタグラムに投稿。たとえアナ・ウィンター(アメリカ版ヴォーグの元編集長)のような影響力のある人物の要請であっても、保存されている衣服の貸し出しは認めないことが業界の標準的な対応だとし、今回の行動を「我々の職業に対する信じがたい攻撃」だと書いている。

こうした怒りは、保存の観点からのみ来ているわけではない。問題のドレスは、モンローの身体のラインにぴったりと合うよう細部まで調整されている上に、それが初めて着用された時の文化的な背景を象徴するものでもあるため、決して着用されるべきではなかったという声もある。

マリリン・モンローがケネディ大統領に「ハッピー・バースデー」を歌った時、身に着けていたドレス。2016年11月17日、ロサンゼルスにて撮影 Star Max/IPx

モンローがケネディ大統領を祝福するステージに立つ前、フランス人デザイナーのジャン・ルイは、ドレスを肌着なしに着せて身体のラインにぴったりと合うよう調整していた。モンローの肌の色に合わせて染めた生地で縫ったドレスが意図していた効果は、あたかも何も身にまとっていないかのような錯覚を起こさせること。つまり、映画やテレビの検閲が厳しかった時代に、限りなくヌードに近づけることだった。ドレスに使われているスフレシルクは、現在は生産されていないので、一度傷んでしまえば修復不可能になる。

「ファッションが成し得る最高のことを、モンローはした。つまり、歴史との対話の中でファッションの価値を高めていったということ」。キュレーターのシェイドリア・ラブービエは、メットガラの後にインスタグラムに長文の投稿をし、カーダシアンの行為をセレブカルチャーや中絶の権利の問題と結び付けて語っている。

「無関心が私たちのイマジネーションを抑え込んでしまうことを、メットガラは反映している」と、ラブービエはメトロポリタン美術館を批判。検閲、個人が自分自身の身体に対して持つ権利、人種をめぐる政治など、さまざまな問題を提起する文化・芸術作品の毀損に同美術館が加担したと考えているのだ。

ラブービエはまた、「かけがえのない衣服を保護するという倫理的責任を美術館が果たしていない」と言う。そして、この服が象徴しているのはモンローのセックスアピールだけではなく、「(白人による)アメリカの理想の形成と観念化」の意味合いのほうが強いとも述べている。

このドレスは、2016年に民間の営利団体、リプリー・エンターテインメントがジュリアンズ・オークションで430万ドルで落札したものだ。当時は、売却後に歴史的価値のあるドレスが危険にさらされるという懸念は聞こえてこなかった。

リプリー・エンターテインメントに、博物館に課せられている管理基準を守る義務はない。だが、ICOMの見解は「どの機関が保有するかにかかわらず、人類の共有財産だと認識されるべき」というものだ。

モンローのドレスについて、ジュリアンズ・オークションとリプリー・エンターテインメント、カーダシアンの間でどのような交渉が行われたのかは、ハリウッド・リポーター誌が詳しく報じている。

今回、「Gilded Glamour(金色に彩られた魅力)」をテーマにしたメットガラで起きた不協和音と時を同じくして、社会的に大きな影響を与えかねない問題が明らかになっている。カーダシアンがレッドカーペットでカメラの前に立ったのは、最高裁の保守派判事による意見書草案のリークが報道された直後のこと。その意見書草案は、人工妊娠中絶の権利を合憲とした1973年のロー対ウェイド判決を覆す意図を示すものだった。

一方、レッドカーペットのインタビューでカーダシアンは、ドレスが着られるよう、数週間で7キロ以上も痩せたと語っている。モンロー以外の人物が着用することでドレスが痛んでしまうのではないかという懸念を裏付けるかのような発言だ。

ICOMはモンローのドレスやそれに類するものについて、「その時代の物質文化を映し出すものであり、後世のために保存されなければならない」としている。(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月13日に掲載されました。元記事はこちら

  • ARTnews
  • CULTURE
  • マリリン・モンローの“ヌード”ドレスを着たキム・カーダシアン。美術館・博物館関係者が大批判する理由