BTS(防弾少年団)リーダーRM(キム・ナムジュン)の爆発的なSNSの影響力 続々とK-POPファンが美術館へ
K-POPのスーパースター、BTSが5月にホワイトハウスを訪れ、最近急増しているアジア系住民に対するヘイトクライムについて話した。その際、通常は1万6000人ほどいる視聴者数を大幅に上回り、30万人以上がライブを視聴したことが大きな話題になった。BTSは6月14日に活動休止を発表。もちろんその影響は甚大で、“the BTS bump”(日本語で「BTSロス」の意味に近い)というワードがトレンドになったほどだ。
数日前のことだ。BTSリーダーのRMはインスタグラムで、(メトロポリタン美術館やMoMAに比べれば知名度が低い)ボストン美術館で開催中のカナダ系米国人の画家、フィリップ・ガストンの展覧会に言及した。
現在27歳のRMは、これまで数えきれないほどの博物館や美術館を訪れてきた。その度にインスタグラムを通じて3560万人のフォロワーに発信。投稿を見た熱心なファンたちが、展覧会を訪れ、作家や作品について学び、それぞれのSNSに投稿するというわけだ。世界的なポップスターが新たな趣味に熱中したときの影響力と拡散力は絶大だということがわかる。
「アートを愛するコレクターとして、洞察力と鑑識眼を養いたいと思っています。そのために多くの本を読み、勉強しています……」。2018年から定期的に美術館を訪れるようになったというRMは、EメールでARTnewsにこう教えてくれた。
「僕は、いろいろなタスクを同時にこなすのが苦手。でも、興味を持ったらとことん掘り下げるタイプです。今はアートに夢中ですね」
RMのアートに対する深い造詣は、彼の母国・韓国でもよく知られ、韓国のアートシーンにおいてその影響力は計り知れない。今年初め、彼は、所有するクォン・ジンギュというアーティストの彫刻をソウル市立美術館に貸し出した。同館の学芸員によると、同館で最も来場者の多い展覧会の一つになったという。また、昨年の夏、RMは、韓国のアーティストに関する本を読んでいるところを写真に撮られた。すると、何十年も絶版になっていたその書籍が突然、ベストセラーになったのだ。
昨年12月、韓国芸術総合学校で西洋美術史を教えるヤン・ジョンム教授は、韓国のラジオ局SBSパワーFMに、「最近、多くの美術展が開催されているが、大きく2つに分けられる」と話した。「RMが行ったものと、RMが行かなかったものだ」
BTS(とりわけRM)は今や世界に名を知られるアーティストだ。だが一方で、RMが現代アート通であることを米国で知る人は、K-POPの熱狂的なファンに限られているのが実情だ。
しかし、米国アート界のアンテナをあなどるなかれ。その動きは速い。
昨年12月初旬、米国を旅したRMは、その様子をインスタグラムに記録している。コンサートの写真、好きな本、自撮り、日常生活などを投稿していたが、最も多いのはアート、特に、彼が訪れたさまざまな展覧会だった。
RMは、インスタグラムについて、「人々が共感できるような、自分の趣味やオフステージでの生活を気軽にシェアできる場所」だと話す。さらに、アートに傾倒するにつれて、「好きな作品やアーティストの幅もどんどん広がってきた」という。つまり、足を運びたい展覧会が増えるということだろう。
12月の米国の旅を通じて彼は、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー、ヒューストンのメニル・コレクションとロスコ・チャペル、テキサス州マーファのチナティ財団、ニューヨークのスカルシュテット・ギャラリーなど、多くの美術館やギャラリーから発信している。RMがテキサス州にいることを知ると、地元のキンベル美術館やブラントン美術館は、ツイッターで公に彼に会いに来るよう呼びかけた。ちなみにその数カ月前、メトロポリタン美術館が韓国政府から現代漆器の寄贈を受けた際には、RMは同館でスピーチを行っている。
いつもRMは予告なしに展覧会を訪問するが、BTSメンバーが投稿すると“バズる”ことを芸術機関も感じているようだ。チナティ財団は、RMの訪問に感謝する投稿で9万2000件の「いいね!」を獲得(他の投稿は通常200〜1500)。また、RMが訪問する1カ月前に、韓国人アーティストのユン・ヒョンクンの作品を紹介した投稿には6000件以上の「いいね!」が。RMとBTSに言及するコメントが殺到した。
一方、RMの訪問を伝えたナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)のツイートには、約1万2000件のリツイートと4万件の「いいね!」がつき、同館のアカウントで最も多くのエンゲージメントを獲得。コミュニケーション主任のアナベス・ガスリーによると、RMの投稿後24時間で、ナショナル・ギャラリーは通常の日の3倍近くフォロワーが増えたのだという。ガスリーはARTnewsに次のように話す。「多くの人が、行ってみようと思ったとシェアしてくれたことに胸を打たれました」
ただ、RMの投稿が、BTSファン(ARMYとも呼ばれる)であろうとなかろうと、より多くの訪問者をもたらしたかどうかを定量化するのは難しい。多くの美術館やギャラリーは、そのような詳細なデータを収集していないため、RMによって入場者が増加したことを立証する方法はないと述べている。
J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)やヒューストン美術館(テキサス州)のような大規模な美術館では、顕著な違いは見られないと報告されているし、RMがKAWSを見るためにスカルシュテット・ギャラリー(ニューヨーク)を展覧会の最終日に訪れたときのように、その時点で作品が既に完売していたケースもある。
ARMYが訪れるとき ── #Namjooning
ARMY(BTSファン)に共通するのは、RMの本名キム・ナムジュンにちなんだ「Namjooning(ナムジュニング)」と呼ばれる現象。つまり、ハイキングやサイクリング、植物の世話、空を眺めるなど、RMの趣味に関係した写真をファンがハッシュタグ「#Namjooning」を使って投稿することだ。
なかでもアート鑑賞は、#Namjooningの投稿を大きく占める。抽象画家マーク・ロスコ(1903-70)の絵画が飾られている礼拝堂で、観光スポットとしても人気のロスコ・チャペル(テキサス州)は、多くの来訪者が「RMに触発されて訪れた」とスタッフに語ったと、ARTnewsに話す。ザ・ブロード(ロサンゼルス)とメニル・コレクション(テキサス州)は、RMがポーズを取って撮影したスポットに訪問者が集まっているのを見たという。同様にナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)では、美術館の6番街入り口の外でRMの投稿写真を真似するファンの姿も。前述の同館コミュニケーション主任アナベス・ガスリーは、RMのお気に入り作品を写メするファンを見かけたと話す。
とりわけJ・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)は、ARMYのいわば人気巡礼地となっている。ARTnewsが取材したファンたちのほとんどが、他のARMYを目撃したと語り、アトランタで看護師として働くヴァージー・フェリックス(44歳)は、ロサンゼルスを訪れた際、RMの投稿を見て同館とザ・ブロードを訪れたとARTnewsに話してくれた。「見に行こうとは思わなかったようなアートを見て、体験することができた」と、アート好きのRMがもたらす効果について話し、こう付け加えた。「どちらの美術館にもARMYがたくさんいました!」
ファンの中には、自分の地元の美術館に行く気になったと言う人も。また、RMが訪れた美術館のなかでも特に、アクセスしにくい場所に行く計画を立てる人もいる。RMに触発されたブルックリン在住のUXデザイナー、アンバー・マック(30歳)は、この秋にロスコ・チャペルを訪れる予定だ。「人生は短いんだから、好きなアートを見ないなんてもったいない」と、彼女は言った。
また、ニューヨークで暮らす移民弁護士アビャン・グラーゼ(28歳)のように、メトロポリタン美術館のようにRMが足しげく通った場所だけでなく、RMのお気に入りのアーティストを応援するため、可能な限りそのアーティストの展覧会を追う人もいる。例えば彼女は最近、ブルックリン美術館を訪れ、RMがファンだというKAWSの展覧会を見たという。
熱烈なアートファン、RMの高まる評価
事実、RMが米国の美術館で過ごす時間が増えるにつれ、芸術関係者たちが、彼を芸術に深い理解を持つ人物として認識し始めていることがわかる。
RMがチナティ財団(テキサス州)を訪問した後、ディレクターのジェニー・ムーアはARTnewsに、このK-POPスターを素晴らしいアートコレクターであり、韓国の画家ユン・ヒョンクンと、米国のミニマルアートを代表するアーティスト、ドナルド・ジャッドに特に情熱的だと評した。ジャッドによって設立され、彼の作品の多くを常設展示しているチナティは、最近、特別展示で両作家を紹介したばかり。「私たちは数時間かけて常設展と特別展を見学しました。特に(RMが)作品に対する認識やジャッドとユン両氏に関する深い知識を教えてくれたことに感謝しています」と、ムーアは話す。
ロスコ・チャペルのコミュニケーション・アンド・ビジター・エンゲージメント・マネージャーであるウィル・デイヴィソンも、RMを案内した一人だ。そして彼もまた同じように感銘を受けたという。
「彼の、マーク・ロスコの芸術性に対する優れた洞察に魅了されました」とデイヴィソンはARTnewsに語り、RMが世界中のロスコ作品を訪れていることに触れた。「彼の隣に立ち、作品の見解に接することができたのは、とても光栄なことでした」
さらにナショナル・ギャラリーのアナベス・ガスリーは、RMが好きな作品をいくつか紹介してくれたことを喜ぶ。「ジョルジュ・スーラの油彩スケッチなど、隠れた名品を選んでくれたんです」
RMがアートへの特別な情熱を語るとき、芸術をときおり“隠れ家”のように話すのも印象的だ。「ビジュアルアートは僕の仕事とは違う分野なので、何のしがらみもなく純粋に楽しめる。だからアートに触れているときは、感覚が研ぎ澄まされるんです」
さらに、「視覚的な体験が満たされていくように感じます。作品を通してアーティストが生きていた時代に思いを馳せ、リアルな質感や物理的な存在を実際に見たり感じたりすることは本当に感動しますね」と言う。
今、RMは、アートに興味のない人々にもアートを身近に感じてもらえる方法を探している。「いつか、ギャラリーや美術館という形態ではない、アートに関連したパブリックな空間を作りたいと考えています」(翻訳:編集部)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月28日に掲載されました。元記事はこちら。