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ドクメンタとヴェネチア・ビエンナーレ両方に出展の快挙! 新進映像作家が神秘的に描く中央アジアの女性の物語

  • 2022年8月31日
  • INTERNATIONAL

Text: Alex Greenberger

2022年は、イタリアのヴェネチア・ビエンナーレとドイツのカッセルで行われるドクメンタという2大芸術祭が重なるアートの当たり年になった。この2つの世界的イベントの参加者リストの両方に名前のあるアーティストが、たった1人いる。神秘的でありながら現実に深く根ざした表現で母国ウズベキスタンの人々を描き出す、女性映像作家のサオダット・イズマイロボだ。彼女は21年の恵比寿映像祭にも参加している。

サオダット・イズマイロボ Courtesy the artist and Aspan Gallery

ヴェネチア・ビエンナーレの開催は1年おき(今年はコロナ禍で21年から1年延期されての実施)、ドクメンタは5年に1度行われる。そして、今回の第59回ヴェネチア・ビエンナーレには200人以上、ドクメンタ15には1500人ものアーティストが参加している。では、2つの権威ある芸術祭に同時に出展するという快挙を成し遂げたイズマイロボは、どんな作品を制作しているのだろうか。

長回しが多用されるイズマイロボの映像作品の中では、古くから伝わるおとぎ話が生き生きとよみがえり、宗教的な儀式が執り行われる。山あいの寂寥とした風景をひたすら映すようなロングテイクが醸し出す、ゆるやかなペースが彼女の作品の特徴だ。それは、「スロー・シネマ」の代表的作家、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンや台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)といった監督の瞑想的な長編映画を思わせる。

ビエンナーレのような大規模展覧会だと、1つ1つの作品の前で来場者が費やす時間は短くならざるを得ない。じっくりと鑑賞するには展示作品が多すぎるのだ(これまでで最大の規模になった今年のドクメンタでは特にそうだ)。しかし、こうした不利な条件のもとでも、イズマイロボのゆったりとした映像は異彩を放っていた。

ソビエト連邦崩壊後の中央アジアに生きる人々に焦点を当てた彼女の作品は、欧米の展覧会ではなかなか見ることができない視点を提供してくれる。特筆すべきは、催眠効果とも言うべき映像の流れで、時に人生そのものと同じテンポで進んでいるように感じられる静かなリズムが、見る者を捉える。

「もしかしたら、呼吸と関係があるのかもしれません」。7月にワッツアップ通話で取材した時、イズマイロボは自らの編集スタイルについてこう言った。「呼吸に意識を向けると深い思索ができます。外部に意識を向け、そして内面に意識を向け、瞑想のような思索をすると、現実に対してより忠実でいられるのではないでしょうか」。そう語る彼女は、超多忙な夏を過ごしている自分自身に対し、深呼吸をするよう言い聞かせているようでもあった。


《Bibi Seshanbe(ビビ・セシャンベ)》(2022) Photo Nicolas Wefers

ウズベキスタンの首都タシケントとパリを行き来しているイズマイロボは、取材時にはカッセルに滞在しながら、彼女の呼びかけで結成されたアーティストグループがドクメンタで作品を発表するための調整を進めていた。DAVRAと名付けられたこのグループは、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンのアーティストで構成されている。今回ドクメンタ15の芸術監督を務めたインドネシアのアーティストコレクティブ(集団)ルアンルパが、アーティストグループの参加をコンセプトとして打ち出したことがきっかけで、DAVRAは誕生した。

取材当時、イズマイロボは《Precious Drops(貴重なしずく)》というパフォーマンス作品の公演を控え、準備に追われていた。これは、ウイグル語の歌を歌ってほしいとイズマイロボが招いたインティゾール・オタニヨゾワとの共作で、オタニヨゾワが詠唱しながら、40杯のお茶を1つのカップへと注ぎ込んだ後に、それを飲むという暗示に満ちたパフォーマンスだ。

DAVRAの作品には、40という数字が繰り返し登場する。この数字は、敬虔なイスラム教徒が40日間1人きりで過ごしながら宗教的な思索にふける、チッラという瞑想法に関係している。また、中央アジアでは、女性の40代は繁栄の時期だと信じられていることにもちなんでいる。さらに、お茶にも意味が込められており、中央アジアの若い女性が嫁入り修行として習うお茶の儀式や、現在この地域が直面する水不足を暗示している。

7月下旬には、やはり彼女が招待したトクジャン・カラタイが《Patterns from the Past(いにしえの文様)》というパフォーマンスを演じた。カザフの伝統的な文様を楽譜に変換し、その曲を構成する音のパターンを表す木像のそばで演奏する作品だ。カラタイとオタニヨゾワは、いずれもチルタン(*1)を扱ったイズマイロボの新作に絡んで登場している。


*1 チルタン(Chilltan)とは、中央アジアの伝承に出てくる40の霊や聖なる存在で、少女や老婆、動物、風、雲などさまざまな姿で現れ、困難に直面した人を導いてくれると言われる。

こうしたアーティストたちは、国籍も違えばアプローチも大きく異なるが、そのこと自体がイズマイロボの狙いの1つでもある。中央アジアの国々のアートシーンを互いに「再接続」したかったと語る彼女は、それを実現するのは中央アジアの人々自身であってほしいと願っている。

彼女はこう語る。「ソビエト連邦崩壊後、中央アジアのアートや映画の関係者は、自分の出身地域以外の場所でつながってきました。たいていは、欧米やロシアで開催されるフェスティバルやイベント、展覧会などの場です。私たちは互いに語り合っています。それは私たちの将来のために、とても重要なことだと思います」

イズマイロボの映画の中では、登場人物同士の会話は最小限に抑えられている。しかし、上述のような対話の精神は、彼女の仕事の指針となり、その人生を導くものでもある。


《Zukhra(ズクラ)》(2013) Courtesy the Artist

1981年にタシケントで生まれたイズマイロボは、父親がウズベキスタンの映画界で撮影監督として働いていたこともあり、早くから映画に親しんできた。そんな彼女に最も大きな影響を与えたのは、21年間同じ部屋で一緒に住んでいた祖母だった。カザフスタンの聖職者の家に生まれた祖母は、「女性の世界で伝承された物語」を語り聞かせてくれた。「それが私にインスピレーションを与えてくれます」とイズマイロボは語る。現在でも、彼女の作品には男性がまったく登場しないものが多いが、意図的にそうしているわけではないという。

イズマイロボは父親と同じ分野に進み、タシケントの国立芸術大学で映画とテレビについて学んでいる。大学で受けた教育は、主にソビエト式の映画制作に基づくものだった。ソ連映画は60年代から70年代にかけて、セルゲイ・パラジャーノフやアンドレイ・タルコフスキーといった、イズマイロボが敬愛する映画監督たちによって大きな変革を遂げていた。旧来の社会主義リアリズムを脱し、宗教的、実存的な問題に踏み込んだ、より思索的な作品が作られるようになったのだ。

彼らは、人間の心理を直接的に描かない。その代わりに風景や、私たちの世界に似た想像上の世界を長回しで捉え、わずかな編集を加える。そうすることで、より豊かな表現が生みだされるのだ。こうした映画作家の影響について、イズマイロボは笑いながら次のように話している。「ここ数年、仕事の中でより強く影響を感じるようになったんですよ。今では自分でもそれを受け入れています」

イズマイロボに創作上のブレイクスルーが訪れたのは2004年、ベネトン・グループが運営するコミュニケーション・リサーチ・センター「ファブリカ」のレジデンス・プログラムでイタリアに滞在していた時のことだった。彼女はカルロス・カサスとともに、《Aral: Fishing in an Invisible Sea(アラル:見えない海で漁をする)》を制作。この作品は、カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海沿岸の漁師たちを追ったドキュメンタリーだが、アラル海はその後、ほとんど干上がってしまっている。

気候変動による危機も暗示されてはいるものの、カサスとイズマイロボがこの映画の中心に据えているのは人間だ。彼らが書いた映画の解説文では、「《Aral》は政治やエコロジーについては語らず、ただ人間が持つ生き抜く力について描いた」と説明されている。このドキュメンタリーや、イズマイロボがこれまでに発表した唯一の長編映画《40 Days of Silence(40日間の沈黙)》(2014)など一連の作品は、世界的な映画祭で度々上映されてきた。そして現在、彼女は新しい長編映画を制作中で、撮影のため8月からキルギス南部に入っている。

アート界が彼女に注目するようになったのは2013年、作品がその年のヴェネチア・ビエンナーレの中央アジア館で展示された。《Zukhra(ズフラ)》(2013)という映像インスタレーションで、ベッドに横たわりながら自国の過去と現在を回想するウズベキスタンの女性を描いている。夢のような映像をさらに幻想的なものにしたのが、その見せ方だ。スクリーンの代わりにつり下げられた布に投影された映像は、風で布が前後するたびに揺らめいていた。

2022年にイズマイロボは、アムステルダムのアイ・フィルム・ミュージアム(Eye Filmmuseum)が毎年有望な映像作家に与える賞を受賞し、約3万ドルの賞金を得た。同美術館のディレクター、サンドラ・デン・ハマーは、独立した映像作品としても、インスタレーションとしても、見る者を魅了する《Zukhra》のような作品を生み出せる彼女の才能を評価したと語っている。

デン・ハマーはまた、こう述べている。「彼女の作品の中の物語には、はっきりとした起承転結がありません。もっと流動的な形で、歴史から記憶、儀式、霊的な力へと、焦点が移り変わっていくのです」


《Chillahona(チッラホナ)》(2022) Courtesy the Artist and Aspan Gallery

デン・ハマーの言葉は、現在ヴェネチア・ビエンナーレで展示されている3チャンネルビデオ作品《Chillahona(チッラホナ)》(2022)にも当てはまる。この作品が撮影されたのは、タシケントにある聖人たちの墓に近い地下室で、地元の人々が瞑想の修行のために訪れ、籠る場所だ。

一方、ドクメンタ15で展示されている《Bibi Seshanbe(ビビ・セシャンベ)》(2022)は、シンデレラに似た中央アジアの民話に基づく映像作品だ。作品中で物語はかなり抽象化されており、説明するのは難しいとイズマイロボは言う。「物語の主な要素は作品に含まれていますが、もう少し注意深く見てもらうと、もっと本能的なものになっているのが分かると思います」

イズマイロボの解釈では、女主人公は結婚によってではなく、自らの選択によって解放される。「今も行われている儀式の中でこの物語が朗読されるのは、とても興味深いことです。この物語は、私たちにとっては単なるおとぎ話ではありません」

つまり、彼女の世界では、文化的記憶は今も生き続けているのだ。これは、シンガポールの非営利団体、アジア・フィルム・アーカイブのために制作された映画《Her Five Lives(彼女の5つの人生)》(2020)にも表れている。13分の作品の中では、母国の女性たちの過去1世紀にわたる歩みが描かれている。複数のウズベキスタン映画から抜き出した素材をつなぎ合わせながら、家父長制による抑圧から共産主義下の解放、ペレストロイカの時代における性的自己実現などを追っていくこの作品は、階段から女性が突き落とされるサイレント映画風の粒子の粗い映像から始まり、イズマイロボの《40 Days of Silence》からの引用で締め括られる。

これは、歴史を語り継ごうと奮闘するイズマイロボの表現手法の一例だ。鑑賞者のために、彼女は独自の方法で歴史を収集する。昔のウズベキスタン映画の古いポスターやチラシなどを集めている彼女は、文字通りの意味で歴史の収集家でもあるのだが、さまざまな時代の映像をつなぎ合わせることで、比喩的な意味でも歴史を集め、伝えている。

「私が大切にしているのは、伝統や知識が過去のものではないと示すこと。今の時代に置き換えて考えることもできるし、それを使って未来を構築することもできる。つまり、時を超越するものなんです」(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年8月22日に掲載されました。元記事はこちら

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