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  • 2022.09.07

ソウルで拡大し続けるペース・ギャラリー、さらに洗練された展示空間に

サムソン・リアン美術館、リーマン・モーピンタデウス・ロパックなど、韓国の首都ソウルの最先端のギャラリーや美術館が集う漢南洞(ハンナムドン)。9月2日、世界的メガギャラリーであるペース・ギャラリーが同地区に敷地規模を拡大しリニューアルオープンした。それに先駆け、8月30日、ARTnews編集部が同ギャラリーを訪問。オーナーにリニューアルの経緯などを伺った。

ソウルのペース・ギャラリー外観(8月30日に訪れたときは雨模様だった)

30日の午後、ペースを率いるマーク・グリムシャーは、ソウルに進出した頃のことを話し始めた。私たちがいたのは3階建てのシックな建物の最上階だ。 

 「ソウルでオープンしたのは、通りの反対側、フォルクスワーゲンの販売店の上だった。狭いスペースで、絵を倒さないと中に入れられなかったくらい」と、自分の体を傾けながら説明してくれた。 

 わずか5年前のことだが、その間に何十年分もの変化が起きたと言えるかもしれない。ソウルは変化が激しく、アート業界は目を見張る速さで成長している。実際、この1年半で、グラッドストーン・ギャラリーケーニッヒ・ギャラリータデウス・ロパック、タン・コンテンポラリー・アートなど、多くの大手ディーラーがオープン。世界9カ所にギャラリーのあるペースも、ソウルの店舗を拡張し、より洗練された空間にアップグレードした。 

 ペースは20215月、現在入居しているビルの2階と3階に移転。設計を担当したのは、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で韓国館が金獅子賞を受賞したときのキュレーター、チョウ・ミンスク だ。今年に入り、1階にあったジョー マローン ロンドンの店が撤退すると、ペースはそこにもギャラリーを広げた。 

 「アートにはホワイトキューブ(白い展示空間)が不可欠だ。この展示室のようなね」とグリムシャーは言い、周囲の壁に展示されているルーマニア人アーティスト、エイドリアン・ゲニーのうねるような絵を指さした。「そして今は、デジタルやテクノロジー、ニューメディアのアーティストが、没入型や体験型の展示を行うためのブラックボックスも必要になった」 

 そのブラックボックスとは、新しく1階に設けられたスペースだ。現在、テクノロジーを駆使した作品を生み出す日本のアート集団、チームラボの個展が開催されている。 

チームラボ《永遠の今の中で連続する生と死 II》(2019) Courtesy the artist and Pace

チームラボのデジタル作品《永遠の今の中で連続する生と死 II》では、驚くほど鮮やかな花が開き、花びらを落とし、消えていく変化の様子がリアルタイムに表現されている。緻密で色彩豊かな静物画で知られる17世紀オランダの画家、ヤン・ダヴィス・デ・ヘームがこれを見たら、嫉妬のあまり悶絶したかもしれない。テクノロジーを用いたアートにどれだけ懐疑的であっても、きっと夢中で見入ってしまうだろう。

チームラボの代表、猪子寿之は、「私たちは世界の理解の仕方を広げようとしている。それがやがて、作品の見方を変えるかもしれない」と語った。ちなみに、猪子の言葉は、日本語から韓国語、韓国語から英語への通訳を通して私に伝えられた。今のソウルでは、アートの知識がある通訳は引っ張りだこだ。

1階に展示スペースを拡張した後も、まだ同じビル内に貸物件があり、「(借りないのは)惜しいと思った」とグリムシャーは言う。ペースはそこを、美術書のショップとカフェを組み合わせた空間に作り変えた。グリムシャーによると、ペースのソウル支社長、イ・ヨンジュとともに韓国の大手化粧品メーカー、アモーレパシフィック社の会長でアートコレクターの徐慶培(ソ・ギョンベ)を訪ねたとき、このアイデアが出たという。

ペースのカフェと書店スペース。奥は名和晃平作品。

アモーレパシフィック社は、韓国に数多くの店舗を持つ高級緑茶ブランド、オソロックを展開している。ペースはオソロックと提携してギャラリー内にカフェを設置。店内の壁には黒と青の細いストライプが描かれているが、これは日本人アーティスト、名和晃平によるもの。名和はオープニング当日に会場に姿を見せ、作品を完成させていた。このカフェでは、上質の緑茶や緑茶を使ったカクテルが味わえる。

建物の中庭は彫刻を展示するための空間で、現在はチームラボのインスタレーションを展示中。ブックショップでは、ペースの所属アーティストによる比較的手頃な価格の版画も販売されている。

ソウルのペース・ギャラリーで行われているエイドリアン・ゲニーの個展 Adrian Ghenie, photography courtesy Pace Gallery

カフェで一杯飲んだ後は、チームラボの新作《質量のない太陽と闇の球体》がより魅惑的に感じられそうだ。草間彌生の《無限の鏡の間》をアップデートしたようなこの作品では、鏡張りの小部屋に、天井からつるされた無数の小さな照明が神秘的な輝きを放っている。その光は完全な球体で、空中に浮かんでいるように見える。

猪子は「物理学的には、光を球体として維持することは不可能」と言う。しかし彼は、見る者が光の球体だと信じてしまう方法を見つけた。これは今のソウルを言い表しているかもしれない。今回フリーズが初めてソウルに進出したが、リスクを取るに値すると信じていたからに違いない。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月1日に掲載されました。元記事はこちら

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